竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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村はずれの遺跡

 桟橋の工事はもうほぼ終わり、というところまで来たらしい。村の事情に詳しいマリアさんを通じてそう聞いていたから、書類整理を一区切りした後の気晴らしに、村まで降りてきた。

 桟橋は確かに、思っていた以上に立派なものが出来上がっていた。

 雷王都市にいた頃に俺の冒険の仲間でもあるジョアンさんの船に乗せてもらったことがあるけど、あの大きな船だって十分に停泊できる。……というか、まさにそのジョアンさんからあらかじめ『絶対に必要な条件』を受け取っていて、それを満たすように計画したんだから当たり前だけど。

 そんな感じに新桟橋の視察――というのもはばかられる程度の見物をした後、次に向かったのは村の西側にある遺跡。

 最低限の修繕が終わったというこの場所は、石畳の隙間から伸びていた雑草も取り除いてもらって、ずいぶん見晴らしが良くなった。

 今後の使い道についてはまだ決まっていないけど、元は砦だったというから、足下は頑丈だ。まずは自警団の訓練なんかに使うことになるだろう。

 古王国時代の遺跡……というと、俺としては迷宮がつきもののように思ってしまうけど、もちろん、必ずしもそうじゃない。むしろ迷宮じゃない遺跡の方が圧倒的に多い。そりゃそうだよな。建物の全部が迷宮だったら、普段の暮らしに不便すぎる。

 ……でも、一応探してみようかな、迷宮の入口。

「あ、リオンさーん」

 不意に声を掛けられたのはその時。

 視線を向けると、ユリアがいた。普段着……じゃ、ない。大きな荷物こそ持っていないけど、旅や冒険の服装だ。

「こんなところでどうしたの」

 まさかこの前みたいによからぬ集団に追われてるんじゃないかと心配したけど、どうもそういうことじゃないらしい。

「ステラさんに言われてこの遺跡を調べてたんです。大昔はここに何かの社があったみたいだから、散歩がてら探してみてくれって。この土地の歴史を調べる上で重要な手がかりになるそうです。この古地図がヒントらしいんですけど、私が見てもよくわからないですね」

 そう言って、ユリアは古地図とやらを広げて見せてくれたけど、せいぜい海岸線に見覚えがある程度で、他の目印は心当たりがない。……いや、この印は温泉の湯けむりか。その位置関係を探ると、確かにこの遺跡のあたりだろう、とは予想できる。

 そして、探しているのは古い社、か。

「社っていうと……何かを奉っていた?」

「ステラさんは、古い精霊か竜への信仰だろうって言ってましたけど」

 俺の呟きにはすぐに答えが返った。

「……竜への信仰か」

 確かに、都会から離れた田舎の方には今でも残っているという竜や精霊への信仰は、古い時代にはもっと一般的なものだったらしい。比較的新しい時代の信仰を掲げる大教会も、古い信仰を守っている人たちに対してことさらに改宗を勧めたりはしていないそうだ。

「リオンさんは、竜のことは嫌いですか?」

 ユリアがちょっと非難がましくそう言うのは、自分の右手に竜の紋章があるからかもしれない。

 でも、それは普通の竜のしるしじゃない。

「話の通じる竜もいるのは知ってるけど、そうじゃないのと相当戦ったからね……」

 ユリアの持つ紋章は骸竜……邪神〈歪みをもたらすもの〉のしるしだ。あんなのと戦うことになったら、竜を嫌いになっても仕方ないと思う。もっとも、アレの本性は竜じゃないんだろうけど。

 そして、今の俺が竜というものを忌避しがちなのもあの邪神のせいばかりじゃない。

 竜を倒しすぎたせいで俺の身体は強い竜気(オーラ)を帯びていて、このまま戦い続ければいずれ竜になってしまうと言われた、ってことの方が主な理由だ。諦めて竜になってしまえば気が楽になるのかもしれないけど。……それもなんだかな。

「普通の人は竜とそんなに戦わないし、戦えないし、戦っても勝てないと思うんです」

 ユリアのそんな意見ももっともではある。

 俺が竜と戦えていたのは、魔剣〈真竜の牙(ドラゴンファング)〉があったことも大きいな。俺自身も強くなった今となっては必ずしもないと勝てないわけではないけど、あの威力が心強いのは確かだ。

 ただ、あれも俺の闘気(フォース)を、ひいては竜気(オーラ)を活性化している一因だから、最近はあまり触れないように壁に飾っている、という状態だ。

 俺がそんな風に黙考していると、ユリアは話を続けた。

「竜と戦えない人にとっては、竜っていうのは災害と同じで、通り過ぎてくれるのを祈るしかない存在だったわけです。だから、竜への信仰っていうのは、大元は恐怖心とか……畏怖、ですね。それで竜への信仰は大陸のあちこちにあったんですけど、竜の数が減ったせいか今は廃れてしまった所が多くて、社や祭壇は木々に隠されたり、土に埋もれたりしてるんですね。そういうのが、このあたりにもあるんじゃないか、っていうことなんですよ」

「なるほど」

 少し意外な気がしたのは、ユリアが歴史や考古に詳しいところだ。俺よりよほど学がある。それをちゃんと学んだとすれば、あの〈歪みの民〉のところにいた頃か。話題にしていいのかな……

 なんて思っていると。

「って、ステラさんが言ってました」

 ……なんだ。さっき聞いたばかり、ということだ。知識の出所がステラさんってことなら、別に驚くこともない。

「ステラさんは何でも知ってるな」

 俺が呟くとユリアも笑って頷いた。

「少し観察してましたけど、本を読む速度が私と全然違ってて……古王国語の本もすらすら読んでて、すごいなあって。それで、自分は本を読んでるから、現地での調査は私たちに任せるって」

 元々館にあった本に加えて、教会に残されていたものも目録を作ると言っていたから、本を読んでいるのはその作業なんだろうけど……結局、書庫の片付けはあんまり進んでいないみたいだな。

 それにしても……

「私たちって? 他にも誰か来てる?」

 ユリアの言ったことが気になって訊ねてみる。

「あ、ナタリーさんも来てるんですよ。このあたりを調べてくれてるはずですけど……はぐれてしまって」

 もしかして俺が数に入ってるのかと思ったけど、そういうわけではなかった。

 ナタリーなら確かに、探索にはこれ以上ない人材だ。ステラさんもそれがわかってて、ユリアの案内につけたんだろうけど。

 これ、どっちがはぐれたんだろう。ユリアは自分がはぐれたと思っているみたいだけど、ナタリーも行動が自由な方だからな……。

「まあ、お腹が空いたら館に戻ってくると思うよ」

 この土地に来たばかりのユリアと違って、ナタリーはもうこのあたりで迷うはずがないし、何かトラブルがあってもかなりの部分まで一人で解決できるから、その程度の話になる。

「ナタリーさんはそれでいいですけど、私は一人じゃ心細いです。なので、リオンさんがエスコートしてくださいね?」

 仕方ないな。一人で放っておけないのは事実だし。

 そうしてユリアに付き添うことにしたけど……

「あっ、ユリアー! こっちですよ! こっちー!」

 ほどなくナタリーの方から声を掛けてきてくれたので、俺は一度引き受けた案内役をあっさり引退することになった。

 ただ、真の案内役であるナタリーが、俺の顔を見た途端に、

「ああっ! リオン、来てたですか!」

 と言って……物陰に隠れてしまった。何でだ?

 本気で隠れているわけではなくて、単にちょっと顔を合わせたくない、という程度の隠れ方だけど、……何かあったかな。

「どうしたんです?」

 ナタリーが隠れている石壁の残骸のあたりにユリアが声を掛けると、その残骸の向こう側から声が返った。

「いえーそのー……リオンって男性ですよね?」

「そうだけど」

 不思議なことを言うな……と思いつつも、俺は頷いて返した。

 でも、そういえば、以前にナタリーは俺のことを「男というか、リオンという生き物」なんて言っていたな。ナタリーの認識が変わるようなことが何かあったかな、と思い返すけど、記憶にない。

 そう思っていると、ナタリーが続けた。

「男性の前では身だしなみをきちんとしなくちゃいけないって、マリアさんが……」

 ああ、マリアさんか。

「指導を受けているんだったね、マリアさんから」

 少し前に……そう、ミリアちゃんの学費の心配がほぼなくなったからだ。大学への進学がいっそう現実的になったから、外に出て恥ずかしくない程度に礼儀作法を学ばせたい、ということになった。

 ナタリーはそれに巻き込まれたというか……自分から「特級面白そうです! あたしもやるです!」と言って突っ込んでいったんだ。

 その件を言うと、ナタリーは頭を抱えた。

「指導が特級厳しいのです! 一緒に始めたミリアちゃんはもう脱落したですよ!」

 脱落したのか。厳しすぎて。それは、なかなか大変だな。

「マリアさんはミリアちゃんには甘いと思ってたけど……」

 さすがに礼儀作法については甘やかせないのか、と思いきや。

「あたしは脱落を許されなかったのです!」

「……そうなのか」

 ミリアちゃんは降参したら逃がしてもらえたけど、ナタリーはそうもいかなかった、と。

 やっぱりミリアちゃんに甘いってことになるのかな、これは。

「それで、何を見付けたんです?」

 ユリアが声を掛けると、壊れている石壁の上のところに、ナタリーの顔がひょこっと現れた。

「そうでした! 古い社です!」

「案内してくれます?」

「もちろんですよ! あっちです! 行くですよ!」

 姿を現したナタリーは、見慣れないロングスカート姿。……それで恥ずかしがっていたのか。

 でも動きはいつもと変わらない。瓦礫が放置されたままで足場の悪い場所でもすいすいと進んでいく。俺とユリアはそれをなんとか追いかけている、という具合だ。

 淑女の礼儀作法はまだ身に付いていないかもしれないけど、これはこれで、ナタリーの魅力だと思うな。

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