遺跡の端の方に、その社はあった。
あまり大きいものではないけど、周囲に散らばっているのと同様の石材が、明らかに何らかの意図によって尖塔状に組まれている。高さは、俺の背より少し高いくらい。
「確かに、探していた社みたいだね」
というのも、それらしいしるしが古地図にも描かれているから。
軽く叩いてみると、どうも中には空洞がありそうだ。何かが入っているかもしれないけど、それを確かめようとするとこれを壊すことになってしまうのかな。
詳しい調査はステラさんと話し合ってからになりそうだ。
「こっちには碑文もあります! 読んでみます! えーっと……古王国語だから読めないです」
古い時代のものには古王国語がつきものだ。ナタリーの古王国語の理解は俺より少しマシという程度で、難しい文章を辞書なしですらすら読めるというほどはない。
「書き写しておいたら、ステラさんが読んでくれるよ」
「いい考えです!」
自分で読むことができない文字でも、そういう絵として書き写すなら、ナタリーの得意分野だ。鞄から筆記用具を取り出して、ナタリーはその石碑に向き合った。俺もその作業を後ろから眺める。
「――っ!」
息を呑んだのは、俺だったか、それともユリアだったか。ふたりともかもしれない。
「……この紋章、覚えがあります」
ユリアがそう言って、俺たちが同じものを見たことが確信できた。
石碑の一番上に刻まれていたのは、見覚えのある紋章。
「きっとこれは……〈歪みをもたらすもの〉の……」
呟いたユリアが自分の右手をかざすと、その手の甲に同じしるしがある。
空を舞う骸竜の姿を模した紋章だ。
「祈りが通じる相手なのかな、あれは」
俺が見た限りでは、何らかの意志はありそうだった。あれを信奉する集団もいる。ただ、それでも、あれが人間の願いを聞き届けるだろうか、と考えると……
「どうでしょうね……」
一時はその邪教集団にいたユリアですら懐疑的。
まあ、世界の滅びを願ったら力を尽くしてくれるかもしれないけど……
それはあくまで邪神側の都合であって、人間の願いを聞いたからじゃないな。
この碑文は、あれにいったい何を祈っているんだろう?
「書き写したです!」
ナタリーがそう言ったので、写した紙を見せてもらった。あの紋章も寸分違わぬという精密さで写し取られている。
やっぱりナタリーはこういうのが上手いな。写本を作る仕事でもやったら一生食べるのに困らないと思う。
*
三人で館に戻って、その足で地下の書庫へ向かった。ステラさんはそこで一心不乱に本を読み進めている。特に急ぎの用事のない、余暇の時間はそうして過ごしているらしい。この書庫の整理もステラさんが引き受けた仕事の内だから、完全に余暇なのかというと違う気もするけど、楽しんでいる様子なのは確かだ。
ナタリーが碑文を写し取った紙を、ステラさんは本を読むために使っていた手元のランタンで照らすと、その内容を確認した。
おそらくあの邪神に関する内容だろうという推測を伝えると、ステラさんは頷いた。
「確かに〈歪みをもたらすもの〉の記述。過去の災害を引き起こした骸竜が鎮まるようにと建設された社だとのこと。尖塔は竜の牙を模したものであるらしい」
なるほど。この土地の過去にはそういう歴史があったのか。
そうすると、村の名前が寒寂の村から竜牙の村に変わったのも、歴史的にまったく由来のないことではないわけだ。
ただ、その相手がな……。
「そういう祈りや願いが効果あると思いますか? あいつに」
「まったく思わない」
ステラさんは即答。
「ですよね……」
そう言うだろうとは思ってた。「そういうのやめてほしい」「はい、わかりました」で済む相手なら俺もあんな苦労はしなかったし。
「しかし、戦う力のない者たちが、できる範囲で行った対応策。彼ら自身にとって効果がなかったとは思わない。つらい時には何かすがる物が必要」
ステラさんの指摘も、確かにそうだ。
俺は戦う力を得たから『邪神と戦う』って選択肢があったけど、故郷が剣鬼に襲われたときの力のない俺は隠れていることしかできなかった。
あの時は、雷王都市にいるはずの叔父さんを頼ることができたし、そして何より、剣鬼への復讐の心があったから、自ら死を選ぶことはしなかったけど。
叶わないかもしれなくても何らかの祈りを抱いている方が、絶望するよりは、いいのかもしれない。
「時代は、どうですか」
あの邪神について書かれているなら、いつだかの大災厄の時だろうとは思う。ただ、俺も災厄の歴史については詳しいわけじゃない。かろうじて、およそ二百五十年くらいごとに起きているらしい、ということくらいは知っているけど。
ステラさんは改めて書き写された碑文を読んで……
「天の火が降ったとの記述がある。およそ千年前のものと推測される。古王国が崩壊した時期と重なる。邪神の引き起こした大災厄によって、相当の被害が出た。替わって新王国が台頭した」
そう解説してくれた。
「千年前……想像できないな」
古王国は魔法の国で、竜をも従えて央州全土を支配した大国だった。今も残る
それほどの国ですら、あの邪神に滅ぼされてしまったのか。それとも、すでに対抗する力がなかったという点で、実質的には災厄の前に滅んでいたのか。
「時代の過渡期なので資料が少ない」
「そうなんですか」
答えを持っているかもしれなかったステラさんでさえそう言うんだから、俺が想像を巡らせたところで真実にたどり着くとは思えない。
「今回の発見は、この土地の歴史を調べる重要な手がかりになる。後で私も足を運んで確認する」
どのくらいのことが明らかになるかは、まだわからないけど。
この一見何もないというような田舎村にでも、人がいる以上は、何らかの歴史がある……と。まあ、そんな話。