この村も夏至を迎えた。暑い日が続いてるのも当たり前か。
村で行われた夏至祭は、春祭りの時よりはずっとささやかだったけど、それでも多くの人たちが夜遅くまで盛り上がっていたらしい。
新桟橋の完成祝いも兼ねているから、俺も行って挨拶した。作業のためにこの村に滞在していた人たちは、これで故郷へ、あるいは次の仕事場へ旅立っていくことになる。縁があればまた次の工事の時にも来てくれるかもしれないな。
でまあ、そのあたりは今回の祭りの一部ではあるけど、本題じゃない。
親方から事前に聞いていた話によると、一番は『男女の縁結び』らしい。
それで俺としては、用意されていた食事をその場でいただいたくらいで館に戻った。退出する時に「あとはどうぞ若い人たちで楽しんでください」なんて言ったら「リオンさんも若いだろ!」と指摘を受けてしまった。確かにそうだけどね……。でも俺は誰かから誘いを受けても断るから、そのままいても邪魔になってしまう。
そのあたりの理由で、館のみんなもほとんど参加していない。マリアさんだけは魔女の店の手伝いで来ているけど、あくまで手伝いだけ、という条件で親方からも了承されてるそうだ。
今回は親方も無理には勧めてこなかった。というのも「館の子がいるとなー、その気がなくても誘わないと失礼かも、ってなっちゃうだろ? それにクレールちゃんが本気でめかし込んだら村娘集団が束になっても勝てるわけがない」ということらしい。親方はなぜだかクレールのことをとても気に入ってる。
ともかくそういうわけだから、せっかくのお祭りだけど、クレールたちの『スターリー・シュガー・シスターズ』も今回はお休みなんだそうだ。
で、その帰り際、親方からちょっと迷惑な『お土産』を持たされた。
「帰るならこれ預かっといてくれよ。あたしはまだ抜けられないから」
これ、というのは、酔い潰れたネスケさん。ほんと、この人は自分の酒量を知らないな。どこに寝かせるかはみんなと相談して、ペトラが使っている使用人部屋に決まった。あそこならもともと寝台が四つあって、三つは空いてる。
ペトラからは「変態領主は犬猫じゃなく女を拾ってくる……」とか言われたけど。人聞きの悪い言い方はやめていただきたい。
*
朝食を終えてネスケさんを見送った後、執務室で古王国語の勉強をしていると、ひどく慌てた様子のペトラが、ドアを蹴破るようにして入ってきた。
「おい変態! 沖に海賊がいるぞ! どうするんだ!」
そう報告されて、屋上の見張り台から確認してみると……
確かに、いる。
大型の船だ。このあたりを航行する他の船と比べて、一回りは大きい。三本の
ペトラが海賊だと言った理由は、よくわからないな。砲窓は閉じてるし、船員たちも武装はしてない。
……旗かな? 白地に、サーベルを持った目つきの悪い赤い魚が描かれている。いや、魚じゃないな。何と言ってたかな……聞いた気がするんだけど。
ともかく、見覚えがある旗だ。慌てることはない。
「あれはジョアンさんの船だ。俺の仲間だよ」
そう言うと、ペトラは「なーんだ。変態仲間か」と安堵の息をついた。
……変態仲間って。むしろ安心できない単語のような気がするけど。
ジョアンさんは冒険商人で、船乗りだ。海賊かもしれないと思っていたこともあったけど、本人は否定していた。厳密には違う、とかなんとか。
歳は俺の倍はない、と強調して言っていたから、二十代後半だけど三十代ではない、というところかな。アゼルさんや親方と同年代というあたりだろう。アゼルさんと比べると、日差しや潮風をよく浴びるからかな、野性味というか円熟味というか、そういうのを感じる風貌だ。
俺が孤島の探索をした時に、その島まで船を出してくれたのがジョアンさんだった。当時の俺にしては高額な料金を支払ったけどね……。そのおかげか、孤島の探索が終わっても「面白そうだから」と何かと協力してくれた。
特にユウリィさんとの値段交渉は激しかったな。同じ商人同士、負けられない気持ちがあったんだと思う。
戦いでは
邪神との戦いの後は、報奨金やみんなからの出資金を元手に大きな商いをやると言っていた。出資金は三倍にして返すぜ、なんて言ってたけど、正直なところあんまり期待はしてない。
俺が村の方まで降りていくと、村の人たちも浜に集まっている。銛や投網で武装しているのは、あれが海賊だった時のためか。親方もいて、陣形を整えるよう指示を出していた。なかなか、さまになってる。
たぶん俺の仲間のジョアンさんだ、と説明したらみんな納得していたけど、ちゃんと確認できるまでは、いざという時のための訓練と思って対応することになった。
そこに小舟が上がってきた。乗っていたのはほんの四人くらい。
そのうちのひとり……ゆるく波打つ灰色髪の男性が、俺の顔を見て手を振った。
「リオン! 久しぶりだな」
ジョアンさんで、間違いない。一瞬、印象が以前と違って見えたのは、日焼けのせいだ。
「だいぶ焼けましたね」
「ははは。船に乗ってたらこんなもんさ。お前との冒険も楽しかったが、やっぱり迷宮よりは船の方が気持ちがいいぜ」
そういうわけで、警備訓練は解散になった。
「ありがとうございました、親方」
去り際の背中にそう声を掛けると、親方は片手だけ挙げてそれに応えた。
臨時の場合は領主である俺の代理として指揮をとってもらうことになってるけど、そこの力量に関しては、俺より親方の方が上だと思うんだよな。俺はせいぜい自分を含めた四、五人くらいの小規模集団での活動が主だったし、それも指揮をするとかじゃなくて真っ先に突っ込んでいく役目だった。
ひとそれぞれに才能は違うとはいえ、領主になったからにはもう少し指揮能力も欲しいところではあるな……。
そこへ行くと、ジョアンさんはそのあたりの感覚は持ってる。あの大きな船を動かすにはチームワークが欠かせない。それをちゃんと指揮できてる人だ。
「やっぱりあの船、ジョアンさんのだったんですね」
旗を見ただけでそうだとはわかっていたけど、途中で海賊に乗っ取られた、なんてこともないとは言えなかった。杞憂だったけど。
「他の船とは見るからに違うだろ? あんなに優美な船は他にないぜ」
「はは……」
船の優美さというのは、俺もそれなりには感じる。なんというか、道具や建築が機能性を追求していくとその姿も綺麗になる、っていうあの感じ。ただ、他の船と比べてどうかというところまではまだ理解が及ばないな……。
「名前は〈赤鯱〉ってんだ。今の流行からするとちと古い型の船だが、長く使ってるから愛着はあるな。それに、左右合計五十門の大砲は今でも現役。この船の旗を見たら海賊も逃げ出すくらいさ」
そうだ、魚じゃなくてシャチだ。内陸生まれの俺はまだ見たことがないけど、なんでも船より大きいくらいの巨体で、海の王者と呼ばれている生き物らしい。その強さにあやかろうと、名前を使ったんだろう。
「それで、新しい設備ができてるならそっちに入れようと思うんだが……」
ジョアンさんが周囲を見回した。その目にも、新しい桟橋が見えたはずだ。
「ちょうど出来上がったところで、まだ正式に使った船はないので、一番乗りですよ。事前に言われたとおり以上の水深は確保できてると思います。工事の人以外に、親方や村の漁師さんにも見てもらいましたけど、干潮時でも問題ないって」
そういう説明は受けてる。
これが想定ほど深くなかった場合、ジョアンさんの船が入ってくると船底をガツンとぶつけてしまう。すると悪い場合はそこで沈没することになる。
「そこは念のためうちのやつにも確認させる。使い慣れてる港ならいいが、一番乗りとなるとな……」
ジョアンさんがそう言うのも当然。港内で船が沈んだらこっちも困るけど、一番困るのはやっぱり船の持ち主だろう。
「で、大丈夫そうなら使っていいんだな? あの桟橋」
「そのために整備したんですから、もちろん」
そもそもジョアンさんが言い出したことだ。俺がここに移ってすぐの頃、当面必要な資材を届けてくれた時に、沖に停泊して小舟で行き来するのは面倒くさいからこの船が入れる港を造ってくれ、って。
それから半年くらいかけて、木造の桟橋ができた。これが使えるうちに石造りのものも造る計画だけど、港があっても船が来ないんじゃ意味がない。まずはジョアンさんの船だけでも有効活用して欲しいところだ。
「桟橋の使用料についてはひとまず親方に……」
俺がそう言うと、ジョアンさんが眉をひそめた。
「おいおい。金を取るのか?」
その口調は不満げで、その気持ちは俺にもわかるけど。
「俺は無料でもいいと思ってたんですが、そうすると近くの港町から苦情が出かねないって。工事と今後の維持にお金がかかるのも事実ですし」
事情があるのはわかってもらいたい。酒場での貸し借り程度の話じゃないし。
「そこをなんとか。なあ、俺とお前の仲だろ?」
ジョアンさんが食い下がる。実際、俺もずいぶん助けてもらったし、今後もあの大きな船での貿易にこの港を使ってくれるなら助かる。
少し考えるそぶりの後で……
「わかりました。ジョアンさんにはお世話になっていますし、まずは冬至までの半年の間、半額で使えるように伝えておきます。そのかわり、実際使ってみての感想や改善点の報告と、あと、他の船への宣伝もしてください」
「おお、それで済むなら安いもんだぜ」
ジョアンさんも納得してくれた。
実のところ、ジョアンさんがそう言い出すのは予想してたから、最初から織り込み済み。割引にした分は館の財布から肩代わりすることで話は通っている。クレールとステラさんも了承済み。
「大きい船も使える桟橋ができたよって宣伝はどうせやらないといけないしね。ジョアンさんにやってもらえばいいよ」
とはクレールの意見。そのくらいは割引の恩を着せなくてもやってくれたと思うけどね。