そんなやりとりをしていると、ジョアンさんの部下のひとりがこっちへやってきた。
「ああ、ちょうどいいところに来たな、クリストバル。あの桟橋に〈赤鯱〉を泊められるかちょっと見てこい。人選は任せる。水深もよく確認しろよ」
ジョアンさんの指示を受けて「へい」と頷いたこの男――クリストバルさん。浅黒い肌で筋骨隆々、大柄で、右目には眼帯をしていて、残る左目も目つき鋭く、気の弱い人なら前に立たれただけでも腰を抜かしそうな、怖い顔の人だ。
俺の前に立つと、俺より頭二つ分くらいは大きい。ヴォルフさんと同じくらいかな。眼帯をしてるのも、ひげをはやしているのも似ている。眼帯は、ヴォルフさんとは逆の目だけど。
その大男が……
「お久しぶりです、リオンの旦那」
にっこりと笑顔でそう挨拶した。
「お久しぶりです、クリストバルさん」
この人はジョアンさんの昔からの部下で、今もジョアンさんの副官をしている。顔は怖いけど、曲がったことが嫌いな、優しくて勇敢な人だ。なんでも、ジョアンさんが仇敵に捕らわれた時には敵の船に単身乗り込んでまで救出したそうで、ジョアンさんも全幅の信頼を置いている。
ジョアンさんが俺を手伝ってくれるようになってからは、俺のこともジョアンさんの友人として丁重に扱ってくれている。
「おかしらは船の上でも旦那のことをずっと気にしていましたぜ」
クリストバルさんが笑顔でそう話してくれた。
「今回の取引だって雷王都市で済ますこともできたんですがね。せっかくだからってこの村に寄港を……」
「おい、クリストバル。そういうことはいちいち言わなくていいんだよ」
少し照れくさそうに頭を掻きながら、ジョアンさんがクリストバルさんの言葉を遮った。
「あと、おかしらはやめろって何度言えば覚える?」
「へい、すみませんおかしら……じゃなかった、提督!」
ジョアンさんは部下に自分のことを『提督』と呼ばせようとしているけど、副官がこうだから、これがなかなか徹底されないらしい。
指摘を受けたクリストバルさんは、その場では言い直すけど、結局すぐに『おかしら』に戻っている。あの有能なクリストバルさんの物覚えが悪いはずはないから、たぶん、わざとやっているんだろう。
まあ、今は船が一隻しかないから、艦隊の長の称号である提督を自称するのは早いんじゃないかという気はする。ジョアンさんに言わせると「昔は五隻を率いてたから、今はたまたま一隻でも提督は提督」ということらしいけど。
クリストバルさんたちが船を桟橋に入れる間、俺とジョアンさんは工事の後も置きっ放しになっていた木材に腰掛ける。
「今回はゆっくり滞在できるんですか?」
訊ねると、ジョアンさんは「そうもいかない」と、首を振った。
「予定では二、三日だ。俺も忙しくてな。ここでの用事が済んだらすぐ出港だ」
「それは残念です。でも、用事って? こんな田舎に?」
そういえばさっきクリストバルさんが、何かの取引のためにここに来た風に言っていたような。そのことなんだろうか。
ジョアンさんは「ああ、まあな」と頷く。
そして、にやりと笑った。
「ここにはな、身代金を受け取りに来たんだ」
「えぇ?」
*
身代金……なんて言われて、まさかジョアンさんは悪事に手を染めてしまったのか、と一瞬疑ったけど。
「樽にしがみついて漂流してたのを偶然見付けて拾ったんだ。で、そいつの雇い主に連絡して、謝礼金をいただくことに決まった」
悪事どころか、人助けだった。そのまま漂流してたら死んでいたかもしれないし、謝礼金……よほど法外な額でなければ、要求しても構わないだろう。
「身代金っていうから、誘拐でもしたのかと」
「ま、人質とは言えなくもないな。雷王都市では賞金首だから、身代金が払われないなら警備兵に突き出すところさ。俺は金がどっちから出ても構わねえしよ」
……なるほど。それは、雇い主という人も見捨てるわけにはいかないし、人質に身代金というのも間違いじゃない。
「賞金首って。危険な人なんですか」
海にいる危険人物というと、やっぱり一番に思い浮かぶのは海賊だ。荷物を運んでいる船を襲って積荷や船自体を横取りしてしまう海の盗賊。それで悪名が知られるほどになれば、当然、賞金首になるだろう。
ジョアンさんは「まあな」と頷いた。
「南西にある『嘆涯の海都』に所属する私掠船の乗員なんだ。私掠船って知ってるか? 所属する都市の領主から敵都市の船を攻撃する免状をもらってる船だ。それで他の都市の航路と積荷を横取りするのさ。海の利権を巡っての、緩い戦争状態ってとこだな」
「それって、海賊じゃないんですか」
「共通のルールもあって、厳密には海賊とは少し違う。海の傭兵だな。今は、所属都市からもらった私掠船旗を船首に掲揚するとか、降伏する船の乗員は殺さないとか、そんな感じの取り決めがある。一応な。襲われる側からすりゃ海賊と似たようなもんだろうが、非道の度合いで言えば海賊よりはいくらかマシだ」
うーん。何となくわかった……気がする。私掠船ってのは要するに、海賊だな。うん。
「もしかして、ジョアンさんも?」
妙に事情に詳しいし、眼帯をした大男から『おかしら』なんて呼ばれてる人だ。俺がそう疑っても仕方ないだろう。
ジョアンさん自身も、苦笑しつつ頷いた。
「まあ、じじいが生きてた頃はな。ただ、いろいろ思うところがあって、独立してからはまっとうな商売だけにしてる。武装はしてるがあくまで自衛のためだ。海にも魔獣はいるし、もちろん海賊もいるからな」
足を洗った、というやつかな……。まあ、俺の倍近くも生きてればそういうことのひとつやふたつ、あるのかもしれない。
「それで、どうしてこの村に?」
「他の都市の私掠船に『雷王都市まで来い』と言ってのこのこ来るはずないだろ? かといって陸路で取引するのも面倒くさい。その点、ここはどっちの都市にも所属してないから、取引にちょうどよかったんだ」
「なるほど」
でもその、嘆涯の海都というのがどこにあるのか俺はよく知らないし、つい先日はここに雷王都市の王女がおしのびで来ていたし、気持ちの上では雷王都市に近いと思ってるけど。
「それにこんな機会でもなけりゃ、俺もなかなかここに寄る時間が取れなくてよ」
ジョアンさんが後から付け足したその言葉の方が、本心に近いのかもしれない。
*
ジョアンさんの船は無事に入港できた。乗組員は三十人弱ってところ。最低限の見張りは交代制だそうで、休憩時間の船乗りたちの多くは酒場へ向かっていった。
俺は船の中に案内された。前に乗せてもらった時とほとんど変わっていない。
船乗りの生活は不衛生だって話はよく聞くけど、ジョアンさんは内海である調和の海をその活動の中心にしていて、いつもさほど長期間の航海はしないそうで、その分、船内は清潔さを保ってる。
「この村には、何か外に売れるくらい量がある品はあるか?」
世間話に訊ねられて思い返すも、そこはやっぱり小さな漁村。
「特産品というと、牡蠣と魚ですね。ユウリィさんは生ものを扱いたがらないので、まだ輸出というほどの規模は整えてないですけど」
ユウリィさんは陸路で旅をする商人で、そのわりに移動距離が長いから、そうなってしまうんだとか。魚なんかはせいぜいここから隣町まで運ぶくらいだ。
村の人たちは他の町まで自分で売りに行く余裕がまだなくて、だからそもそも、自分たちが食べて余らない程度にしか獲ってない。余所に売るとなれば、漁獲量自体はいくらか拡大可能のはずだ。
「ふーむ。そいつは味を確かめてみなくちゃならないな」
そんな話をしているうちに、船倉の一角にたどり着いた。
そこにはすでにクリストバルさんが待っていて、俺たちの姿を認めると扉についた錠前を外した。
中は暗く、狭かった。壁に据え付けられているのはベンチとベッドを兼ねたもの。揺れる船内でこれはさぞ寝苦しいだろう。他には調度と呼べるほどのものは何もなく、明かりですら廊下から差し込んでくるものに頼るのみ。この船では牢として使われてる部屋だと推測できた。
その牢に、ひとりの男がいた。