竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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開戦

「見ろ、あいつだ」

 ようやくたどり着いた桟橋から、ジョアンさんが海の方を指差した。

 波間に、背びれのようなものが見えた。さっきペトラが見たっていうのもあれだったんだろうか。確かに大きい……と思う。海には比較できるものがないから、俺がひと目見た程度じゃ、正確なところはわからないけど。

 話によれば、ジョアンさんの船よりも大きいらしい。その船なら今、すぐ近くにある。村で使ってる漁船とは比べものにならない大きさだ。これよりもまだ大きいのか。

 ……大きさだけで言うと、霊峰の聖竜の方がちょっと大きいかも。

 そう思うと、何となくやれそうな気はする。

 海の中で戦った経験はないけど、頭突きだか竜の吐息(ドラゴンブレス)だか頭を近付けてくるタイミングはあるだろう。その時を狙えばいいんだ。……まあ、そんなに簡単とも思えないけど。

 いつ崩壊するかわからない浮き岩を足場に跳び回った異界での戦いよりは、少しマシかな……。

 そもそも剣の距離でどうにかしようと思うのが困難の原因のような気もするけど、それでもジョアンさんが俺を頼りにするのは、船の武装では勝てなかったっていう経験からだろう。

 俺の魔剣なら確かに、当たりさえすれば勝機はある。あとは、どうやって間合いに引きずり込むかだ。

「リオーン! お待たせーっ!」

 クレールが駆けつけたのはその時。ステラさんも一緒だ。二人とも息を切らせているから、かなり急いできたんだろう。

「自警団の人が知らせてくれたんだよ。それで、これ」

 背負っていた棒状の包みを、クレールは俺に手渡してきた。

 これは……包みを解くまでもなく、中身は想像がつく。というか、俺から見れば明らかにそれとわかる竜気(オーラ)を放っているし。

「相手がシードラゴンなら、必要でしょ?」

 魔剣〈真竜の牙(ドラゴンファング)〉だ。確かに、館まで取りに戻る手間は省けたけど……

 もし自分で取りに戻ったら「これを本当に使うのか」なんて葛藤しただろうに、何だかあまりにもあっさりと手元に来てしまったな……。そういうところも伝承武具(レジェンダリーアーム)っぽいと言えば、そうだ。

 包んでいた布を剥ぎ取ると、竜革の鞘に収まった魔剣がその姿を現した。

 思えば、まだ冬のうちに神託の霊峰に行って以来か。近くに悪竜が現れた時も、普通の剣で済ませたし。もう半年、なるべく触れないように過ごしてきたことになる。

 本当にこれが必要かどうかの判断は、相手を間近に見てからにするけど……

 それはそれとして、使いたいのに手元にないでは間抜けすぎる。いつでも抜けるように、俺は魔剣を腰に下げた。

「あとねえ。魔術なら届くかも! ってことになって、僕とステラが来たってわけ」

 そう言ったクレールがお気に入りの短杖を掲げて見せると、ステラさんも頷いた。

「魔術、得意」

 ステラさんもいつもの魔法の杖を手にしていた。よく見れば二人とも、杖以外にも魔法の品を身に付けている。ほとんど、邪神に挑んだ時の装備だ。

 二人がいてくれれば確かに心強い。

「あ、ユリアは置いてきたよ。まだ〈紫電(マッドサンダー)〉を使うのは危なそうだし」

 それは仕方ない。威力は期待できるけど、その分、反動も大きい。いずれ慣らしていく必要はあるかもしれないけど、いきなりシードラゴンにぶつけるのはさすがに荒行すぎるよな。

「そういえばペトラが『やっぱり合ってたじゃないか!』って怒ってたけど、何かあった?」

「それは後で謝っておくよ……」

 ペトラがシードラゴンを見たと訴えてきた時にすぐ対応を始めてればこんなに大慌てしなくて済んだわけで、こういうところはまだ領主として未熟だなあと痛感する。

 だけど、そこを反省するのは後の課題で、今は――

「やべえ! 撃ってくるぞ! 伏せろーっ!」

 ジョアンさんが叫んだ。

 海を見れば、シードラゴンがいたあたりに何か不穏な……

 あれは、泡か?

 そう思った瞬間に海が爆裂して、水柱が斜めに立った。

 ズンッ! ズンッ!

 腹に響く爆発音がここまで届いた。

 その一瞬後に俺たちのほんの数歩横を突き抜けていったのは、何かのかたまり。

 そのかたまりが何かを確認する前に、それは浜の近くに建っていた木造の小屋を一撃で粉砕した。

 巻き上げられた砂と、そして小屋の残骸が、少し遅れてばらばらと落ちてくる。

「今のは?」

「あの〈隻眼の海蛇〉の吐息(ブレス)攻撃ってとこだな……前に会った時もこいつを撃たれてな、俺じゃ防ぎようもねえが、撃ってくる前兆だけは見切ったんだ。役に立ったな」

 ジョアンさんが額の汗を拭う。

 ステラさんは髪や肩に落ちた砂をそのままに、シードラゴンの方へと目を向けている。

「おそらく、吐息の砲弾と言うべきもの。珍しい種類。属性は大気……もしくは単に打撃と推測される」

 確か、大気属性は魔法でなく精霊の領域だから魔法では防げないと聞いたな。

 特別な属性を持たない物理的な打撃の威力に関しては、防ぐ魔法もあるけど……あいにく、ここにいる四人は誰も使うことができない。

「んふ。実はねー、力盾(フォースバリア)の魔石を持ってきておいたんだよ」

 クレールは得意げな顔。なんとも用意がいい。

 〈力盾(フォースバリア)〉は敵からの攻撃をかなり軽減してくれる。俺たちは使えないと言ったけど、魔石さえあれば、その術法の適性がなくても一時的に扱うことが出来るようになる。

 ただ、〈力盾(フォースバリア)〉の法術自体が、あまり広範囲に展開できるものじゃない。それに許容量を超えた強い衝撃を受けると剥がれてしまうこともある。そのたびに張り直す必要があるから、維持し続けるにはかなりの手間と精神力が必要だ。

「それは俺に任せろ。正直、シードラゴンと殴り合える気はしねえからな。そっちは任せるぜ」

 ジョアンさんが名乗り出た。この四人の中でなら、そうなるか。シードラゴンが細剣の届く距離までぼんやり近付いてくるとも思えないし。それにジョアンさんは案外法術が得意な方だ。うまくやってくれるだろう。

「おかしら! 船の準備はできてますぜ! 手下どもにも、臆病風に吹かれた奴ァひとりもいません!」

 クリストバルさんが、船の甲板から大声でジョアンさんに報告した。その顔には恐怖の色はなく、むしろ活き活きとしている。

「でかした、クリストバル! リオン、お前らも乗りな! 海竜退治だ!」

 ジョアンさんの号令に俺たちは頷き合って、桟橋から船へと乗り移る。

「僕、こんな大きい船に乗るの初めてかも!」

 渡り板はあまり幅が広くないから、先に渡った俺がステラさんとクレールの手を引いた。……ここで転んだら本当に危ないし。

 二人が渡りきるのと、クリストバルさんとのごく短い打ち合わせを終えたジョアンさんが振り向いたのが、ほぼ同時。

「乗ったな? よぉーし、それじゃ――」

「ま、待ってください!」

 いよいよ、というところに制止の声がかかった。

 声のした方を見ると、桟橋を駆けてくる人影。

 あの、ひげ面の……。

 ジョアンさんの『取引』のために連れてこられていたラムーさんだ。

「敵は〈隻眼の海蛇〉だぞ! お前はどっか安全なとこに引っ込んでろ!」

 ジョアンさんが怒鳴った。

 シードラゴンと戦うにあたって、船からは降ろされていたらしい。それが、いったいどうしたんだろう。ジョアンさんの言う通り、おとなしくしているのがいいと思うけど……

「ちょうどそこでこいつを見付けたんで、準備は万端ってとこですよ!」

 そう言って振り上げたのは手斧。左右に合計二丁。桟橋の工事で使われたやつが、まだ置きっ放しだったのか。

「助けてもらった恩もあるし、あっしも行きますよ! 投石機で飛ばしてくれれば大丈夫なんで!」

「……えぇ?」

 何だか妙なことを言ってるな。

「投石機なら、この船にも一基はあるが……」

 ジョアンさんが唸った。

「投石機で生きた人間を飛ばした例は聞いたことがない。射出時、及び、落下時の衝撃は生存が困難なものになると推測される」

 そう言ったステラさんはいつもの無表情。

 不安げな一同に対して、ラムーさんは白い歯をむき出しにしてニカッと笑った。

「なーに、心配には及びません。あっしはすでに何度かやってみて、完全にコツを掴んでますからね! 嘆涯の海都にはこんなすごい奴がいるんだってことを見せてやりますよ!」

 すごい奴? ヤバい奴の間違いでは……。

「どうします、おかしら」

「本人がやりたいってんならやらせてやれ。〈力盾(フォースバリア)〉をかけときゃ、ちょっとは違うだろ」

 呆れ顔のクリストバルさんに、呆れ顔のジョアンさんが頬を引き攣らせながら応じた。

 確かに本人はものすごいやる気だけど、いいのかな……。

 ジョアンさんが魔石を握って念じると、ラムーさんの身体に燐光が灯った。これで一応、落下の衝撃もいくらかは防げるはずだ、けど。

 投石機の準備が整うのを待つラムーさんの眼は、闘志に満ちあふれている。

 どうやら本気らしい。

「何にせよ、投石はもう少し近付いてからだ。おい野郎ども! 錨を上げて帆を張れ! 出港だ!」

 すでに配置についていた船員たちが、ジョアンさんの合図で一斉に動いた。ラムーさんも自分が乗り込んだ後で渡り板を取り込んで片付けている。

「リオンの旦那。こっからはちょいと揺れますんで、十分気を付けてください。海に落ちたら助けに行く余裕ないかもしれませんので、なるべく端には寄らないようにお願いします」

 クリストバルさんからそう言われて、俺たちはそれに従う。そこにジョアンさんが「これ掴んでろ」と縄を投げてくれた。マストに結びつけられていて、ところどころに掴みやすいよう結び目もつけられている。なるほど、これがあるとだいぶ気が楽だ。

「真っ直ぐ近付くなよ! 左右に向きを変えながら近付くんだ! 敵に狙いを付けさせるな!」

 その指示通りに何度も帆の向きが変えられ、そのたびにぐらりぐらりと船が揺れた。クレールは「ちょっと気持ち悪くなってきたかも……」と呟いている。それは俺も少し感じる。

 一方、さすがに海の男たちにはそんな様子は見られない。船がぐいぐいと進んでいくにつれて、陸地が遠ざかっていく。

 そして近付いてくるのはシードラゴン。

 目を凝らさなくても、もうその姿は明らかだ。背びれのようなものを左右に振りながら、敵の方もこっちに近付いてきている。

「投石機、準備できましたぜ!」

 船員たちによる巻き上げ作業が終わったことをクリストバルさんが報告すると、ラムーさんは意気揚々と棹の先の石受けに収まった。

「ウオオオ! いくぞオオオ!」

 気合いの声が聞こえてくる。一方、クリストバルさんたちは投石機の横で時機を待っている。ジョアンさんがまだ遠いシードラゴンを睨んで「まだだ。まだだぞ」と片手を挙げている。

 ごくり……と一同が息を呑んだ。

 そして。

「今だ! 放て!」

 ジョアンさんの手が振り下ろされた。

「希望を胸に、すべてを終わらせる時……! 天帝戦斧術奥義ッ! てんて――……!」

 ラムーさんが何か言っていたけど、ものすごい勢いで飛ばされていったから最後まで聞こえなかった。

「ああっ! 惜しい! 飛距離が足りませんぜ!」

「いや、見ろ!」

 クリストバルさんの叫びに、ジョアンさんが投石の行方を指差した。

「浮いた! 両手の斧を羽ばたかせて、浮いたぞ!」

 わけがわからない……。

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