竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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味覚の変化

 大昔の誰とかという人の分類によると、人間には五感というものが備わっているそうだ。

 すなわち、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。

 そのうちの二つ……聴覚と味覚に変化を感じている。

 この変化を単純に『一時的な異常』と片付けることはできない。

 俺の身体が人間から竜に変わろうとしている、その前兆だろうからだ。

 聴覚の変化に気付いたのは、冬の終わり頃だった。館の近くに現れた悪竜を追い払ったときだ。それまでも『人間の言葉を喋る竜』の話は理解できていたけど、『竜の言葉を喋る竜』の話がわかるようになったのはその時が最初だ。

 味覚に変化を感じたのは……つい昨日のことだ。

 

 酒場で、料理を食べた。その料理が何だったのかはさほど重要なことではないと思うけど、まあ、パエリアだ。一緒に食べたネスケさんは、酒飲みだから俺とは多少好みの差はあるにしろ、「美味しい」と言っていた。

 その料理の味を、感じなかった。

 理由には心当たりがある。

 俺の身体が竜に近付いていることのそもそもの理由は、俺が竜を倒しすぎたことだ。それで得た竜気(オーラ)が、身体を作り替えている、らしい。特に、竜の血を浴びたのが良くなかったみたいだ。

 その竜気(オーラ)が活性化しないように、なるべく気を付けてきたつもりだったけど……

 味覚に変化を感じた昨日、まさにその日に、シードラゴンと戦って、勝った。

 その敵の方も、これまで多くの竜を食ってきたと言っていた。元はウミヘビだったそいつは、すでに竜になっていた。

 そんな相手を倒したことで俺には大量の竜気(オーラ)が流れ込んできて、それで一気に変化が進んだ、というところだろう。

 不安はある。

 酒場でどの料理を食べても、味を感じなかった。右の料理と左の料理が『違う』ということは何となくわかるけど、今の俺にとってはそれが美味しいとか不味いとかには結びついていない。その程度の感じ方すらも、見た目からそう思い込んでいるだけかもしれなかった。

 俺にとって幸いだったのは、館で食べたニーナの料理は明確に『美味しい』と感じられたってことで、察するに、料理に含まれてる霊気(マナ)の量なんかが関係あるのかもしれない。

 そんなことを考えながら食べていたからか、食後のお茶の時間にニーナが声を掛けてきた。

「ねえリオン。もしかして、さっきの料理おいしくなかった?」

「いや、おいしかったよ」

 それは事実だから何をはばかることもない、という気持ちだったけど、

「そう? ……あんまり楽しめてないように思ったんだけど」

 指摘がそこまで及ぶと、正直なだけじゃ乗り切れないな。

 美味しいか美味しくないかで言えば、美味しかった。でもその美味しさが、今朝まで感じていたそれとは違う。

 ニーナが違和感を覚えたのは、俺がそういうことを確認しながらゆっくりと咀嚼してたからかもしれない。

「酒場でも結構食べちゃったからね。それに今日は疲れてるから、そう見えたんじゃないかな」

 俺が言ったのはどっちも本当の理由ではないけど、嘘ではないって程度の真実味は含んでる。

「そうだね。大変だったね」

 気遣う言葉に「うん」と頷いて、お茶をすする。……味はしないけど、熱いってことはわかる。もちろん、ニーナの入れ方が悪いわけじゃなく、俺の方の問題だ。

 こうなると、みんなにもちゃんと話した方がいいんじゃないかって気持ちも、ないではない。

 でもそうすると、きっと心配させてしまう。

 俺はみんながそれぞれ自分の目標に向かって頑張っているのを応援しているし、その歩みが俺の事情で遅れてしまうことを、他でもない、俺自身が望んでいない。

 ……まずは、霊峰の聖竜に相談してみよう。港の整備もひとまず済んだし、俺が数日程度ここを離れても大きな問題にはならないはずだ。

 本当は相談するのにもっと適した知り合いがいるんだけど、今どこにいるかわからない人をあてにはできないしな。

 そう思案していると、ニーナが手を打った。

「そうだ。そんなに疲れてるなら、お風呂の時に手伝おうか。背中とか洗ってあげられるし。濡れてもいい服で……」

 ……妙なことを言い出したな。普段だとそういうのはだいたいクレールやナタリーから出てくるんだけどな。ニーナがそんなことを言ってしまうくらい俺の様子がおかしいってことなのかもしれない。

「気持ちはありがたいけど、他のみんなが面白がって真似し始めると大変だから」

「そっか、そうだね……」

 ニーナなら節度を守ってやってくれると思うけど、他の子たちもそうだとは限らない。特に不安なのはユリアかな……。

 ともかく、ニーナの提案は実行には移されなかった。よかった、ということにしておこう。タオル一枚じゃ、身体の変化を隠しきれないかもしれないし。

 背中……自分じゃよく見えないな。

 まだ翼はないと思うけど。

 

 そんなやりとりを経て、今日。

 シードラゴンと戦って疲れがあったのは事実で、ベッドに入っても寝付けないなんてこともなく、ぐっすり眠った。

 朝の鍛錬のために起き出した頃には気力も体力も充実していて、昨日の違和感も単に疲れが原因だっただけなら今日は問題ないだろう、と楽観することもできた。

 ……朝食の時にはやっぱり味覚がおかしいことを実感したけど。

 こうなってしまったものは仕方がない。シードラゴン討伐は昨日やらなかったとしてもいずれ必要になりそうだったし、そうなれば他人に任せて見ているだけってのは俺自身が耐えられなかっただろう。何にしても俺が倒すことになったはずだ。

 だからそのことを悔やむより、今後どうするかを考えないと。

「近いうちに、神託の霊峰に行こうと思うんだけど、いつなら空いてるかな」

 みんなの今日の予定を確認する席で俺がそう訊ねると、ステラさんが小さく首を傾げた。

「特に急ぎの用事は無い。いつでも空けられる。そのはず。……しかし何故、神託の霊峰に?」

 理由を訊かれると、まだ正直には言えない。適当な理由が必要だ。もちろん、訊かれることはわかりきっていたから、あらかじめ考えておいた。

「シードラゴンを倒したから、一応、あそこの聖竜にも報告しておこうと思って」

「名前はシードラゴンでも、実態はウミヘビ」

 ……そういえば、ステラさんからはそう言われたきりで、そのウミヘビが竜気(オーラ)を溜めていた話はしてないな。そこを話すと、俺の身体のことも話さないといけなくなりそうで。

 用意していた回答が不発に終わって、どうしたものかと悩んでいると……

「いい。わかった。……私も行く」

 ステラさんがそう提案してきた。

 いや、提案というよりは「追求しないかわりに、連れて行け」ってことか。

「えっ、いいなー。僕も行きたい!」

「クレールは以前に行った」

 確かに、冬に行った時にはクレールが一緒だった。あの時もかなり駄々をこねてついてきたんだったな。そこを指摘されると、さすがのクレールも押し黙った。

「あ、私、行ってみたいです」

 続けて言ったのはユリア。

「神託の霊峰って、占いをしてくれるんですよね? 私も自分の身体のこととか、あと、運命の相手のこととか訊きたいです。昨日のシードラゴン討伐にも連れてってもらえませんでしたし、いいですよね?」

「確かに、冥気(アビス)を帯びている体質について、何か助言がもらえるかもしれないね」

 そういう事情もあるから、ユリアが一緒に行くことに明確な反対意見は出なかった。

 ただ、クレールがステラさんに「よく気を付けておいてよね」なんて言っていたのは聞こえた。ユリアは「やだなあ、大丈夫ですよ」と笑っていたけど、俺としても気を付けることにしよう。

「おみやげは、おにくがいいです!」

 ナタリーの要望はいつも通り。でももう夏だから、肉と言っても塩漬けや燻製になってしまうかな。生でも、その日の内に焼いて食べられる程度の量なら、大丈夫か。

 そんな感じで大まかな方針は決まった。とはいえ、霊峰まで往復すると順調にいっても四泊五日。それなりの準備が必要だ。今日すぐに出発というわけにはいかない。例えば、村の方に貸してる馬車と馬を使えるようにしてもらう必要がある。他にもいろいろ揃えないといけないな。

 久しぶりに旅をするってことには何となく開放感を覚える。と同時に、霊峰に行きたい理由のことを思うと、やっぱり少し気が重い。

 行けばきっと聖竜が何かいい助言をくれるはずだ。……そう信じたい。

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