竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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陳情受付

 昼食を終えて、陳情の受付。

 広間の奥の方に豪華な椅子があって、そこに俺が座る。

 前の領主が置いた椅子はもっと豪華だったけど、知り合いの商人に頼んで交換してもらった。前の領主のは俺の趣味じゃない装飾が多かったし。その……全裸の女性の彫刻とか。やめてほしい。そういうのは。

 俺の左手側にはクレールが、右手側にはステラさんが立つ。二人を立たせて俺が座っているというのは心苦しいけど、領主はそういうものだとクレールに言われて、仕方なく。

 本当は、侯爵位を持ってるクレールの方が地位は上なんだけど。

 クレールはそのことを秘密にしている。みんなとの間に壁ができたら嫌だからと言っていた。なんとなく、わからないでもない。

 というようなことを思い出してしまうのは、暇だから。

「……誰も来ないね」

 クレールがあくびを噛み殺しながら、呟く。

 俺もちょうどあくびが出そうだったから、苦笑。

「一回休んだから今日は多いんじゃないかと思ってたけど。そろそろ急ぎの陳情はなくなったのかもね。椅子、座ったら?」

「そうするー。ステラも座ろう?」

 クレールに勧められて、ステラさんも着席。

「暇だから僕から陳情しようか」

 行儀悪く足をぶらぶらさせながら、クレールが言う。

「何かある?」

「僕はねぇー、川にちゃんとした堤防を整備した方がいいと思うなー」

「……検討に値する」

 ステラさんは頷いているけど、俺にはなんだか、クレールの私怨のように聞こえる。

「ステラは、何かある?」

 クレールが水を向けると、ステラさんは少しの間考えてから、ぽつり。

「ねこ喫茶……必要……」

 どうやら猫が放し飼いになっている飲食店のことをそういうらしい。俺は見たことがないけど、ステラさんはどこかの町で立ち寄って、ひどく感銘を受けたらしい。

「それは……面白いとは思うけど、領主の権限で進めるものではないような……」

 俺が言うと、クレールも頷いた。

「……そう……」

 ステラさんは残念そうに顔を伏せた。

「親方に相談してみたら、村の誰か、そういう店を始めたい人がいるかも」

「これからこの村も発展して人が増えると思うしね」

 そんな他愛ない話をしばらく続けても、陳情に来る人はいない。

「誰も来ないなら今日はもうおしまいかなー」

「特に不満がないってことなら、悪いことじゃないね」

「そう思う」

 と、今日の受付を終了しようとしたその時。

 

 ばたばたと、複数の足音が近付いてきた。

 かと思った次の瞬間。

 バーン! と、勢いよく扉が開け放たれた。

 何事かと視線を向けると……。

「陳情したいことがあるです!」

 ナタリーだった。その後ろには、ミリアちゃんとニーナも一緒だ。表情を見るにどうやら、ニーナは巻き込まれた様子。

「一体どうしたの。陳情って?」

 俺が訊ねると、ナタリーが元気よく手を挙げて発言。

「おにくが食べたいです!」

「にく」

 意表を突かれて、ついその単語を繰り返してしまった。

「大・賛・成っ! 普段のお魚も燻製肉もおいしいけど、ずっと続くと飽きちゃうよ! たまにはおにくにしようよー!」

 ナタリーとミリアちゃん、共同での陳情というわけだ。

 ただ料理に関しては、俺たちではなくニーナが責任者……っと、だから連れてこられたのか。

「……ということらしいけど、ニーナの意見はどうかな」

「やっぱりお魚が安いから……」

 なるほど。地理的な理由だ。元々この村は漁村だし、肉といえばまずは魚肉。

「他のお肉は、ニワトリと、ウサギかイノシシならたぶん、この村でも買えるけど」

 と、ニーナの妥協案。ニワトリはこの村でも飼育されているし、ウサギとイノシシは近くの森に生息しているから、それを狩っている人もいる。

「うし!」

「うしに決定です!」

「牛かあ……」

 ミリアちゃんとナタリーの希望は牛肉。

「隣町まで買い出しに行かないと無理かな。このあたりだと牛はあんまり手に入らないし」

「貴重な労働力だもんねー、牛」

 ニーナの指摘に、クレールが相槌を打つ。

 確かにこのあたりでは、燻製肉ならともかく、新鮮な牛肉はあまり食べる機会がない。

 牛は大きくて力強いから、畑を耕したり、荷を運んだりするのに利用されてる。育てるのも時間や餌がたくさん必要で大変だから、そう簡単に食肉にはできない。

 牛乳なら、このあたりでも牛を飼育してる人から分けてもらえるけど。

「僕は鶏肉が好きだなー。えっとねー、若鶏のお肉を使った焼き鳥がいいよ! 串に刺してさー」

 流れに逆らってクレールがそう主張したけど、みんな聞いていない。流れは完全に牛肉。

「まあ、隣町まで行けば買えるんだったら、行ってこようか。お金は大丈夫かな」

 ステラさんに意見を求めると、渋い顔をされた。

「財政的には軽微なため問題ない。しかし、私的な楽しみのためなら、自分の資産を使うのが適切」

 なるほど、確かにそうだ。そこを踏み越えると本当に悪徳領主になってしまう。

 自分の財産としては、魔獣討伐で稼いだのの他に、剣鬼を討伐した時に雷王都市から出た報奨金もかなりあるから、身の丈に合った暮らしをするのに困ることはない。牛肉を買うくらいは平気だ。丸々一頭分買っても余裕。買って食べきれるかはまた別の話になるけど。

「じゃあ俺の財布から出しておくよ」

「それが良い」

 さて、じゃあ、買う事自体は決まった。

「今から出ると遅いから、買いに行くのは明日にしよう。ニーナ、明日の朝から出られるように準備しておいてもらえる? 俺とニーナの分」

「あ、うん。わかった」

 どんなのでもいいなら適当に買ってこられるけど、そこはやっぱり、料理に使う本人が直接見たほうがいいと思う。

「他に何か買ってきて欲しいものは?」

「僕は特にないかな」

 隣町の市場ならクレールは昨日も見たから、まあそうなるか。

「特にない」

 クレールだけでなくステラさんもそう言うのは、日常で必要なもののうち保存が効くものなら、だいたい馴染みの商人が届けてくれるからでもある。

「おいしいものなら何でもお願いします!」

 ナタリーの明快かつ曖昧な要望に、俺は「ふむ」と苦笑。

 まあ、みんなにそれぞれ何かひとつずつくらい、お土産を買って帰ることにしておこう。

「それじゃー、今日の陳情受付はこれにてしゅーりょー!」

 クレールがガランガランとベルを鳴らして、陳情の時間は終わった。

 

       *

 

 今日の夕食にはマリアさんも間に合った。

 これで、今この館に住んでいる全員。俺も含めて七人だ。

 マリアさんはミリアちゃんと隣り合って、笑顔で食事を楽しんでいる。

 本当に仲のいい姉妹で、見ているこっちまで嬉しくなる。俺は兄弟がいなかったから、なおさらそう思うのかもしれない。

「なんだか、久しぶりに帰ってきた気がします」

 ふと、マリアさんがそう言った。

 それにうんうんと頷いたのはクレール。

「ここに住んでるって人がみんなそろったのは久しぶりだから、余計にそう感じるのかもね」

 確かに、俺とクレールはしばらく留守にしていたし、昨日はマリアさんがいなかった。七人での夕食は五日ぶりかな。……懐かしむほどの長い間ではないような。

 まあ、マリアさんが言いたいのは、やっと休める、という気持ちのことかもしれない。

 俺たちもまだここに来て長いわけではないけど、そうだなあ。

 帰ってきた、か。

 ここが自分の家、くつろげる場所だっていう気持ちが、そういえばちゃんとある。

 いいことだと思う。

「明日は俺とニーナで隣町に出かけるけど、夕食の準備には間に合うように戻るよ」

 俺がそう言うと、みんなそれぞれに了承の意を示した。

「ついにおにくが……あたしのおなかに入る日が……!」

 ナタリーが歓喜のためかふるふる震えていた。

「そんな、大袈裟な」

 と言いつつも、俺も久しぶりの牛肉は楽しみにしている。しかもそれをニーナが調理するのだから、美味しくないはずがない。期待が高まるのもわかる。

「一応、手をかけなくても食べられるものは用意していくつもり。朝とお昼はそれを、えっとー……ステラ、私がいない時は代わりに準備をお願いできる? 棚から出して並べるだけで済むようにしておくから」

 ニーナがステラさんにそう言うと、すぐに「わかった」との返事があった。

「そこはなんで僕じゃないのかなー?」

 不満げに言ったのはクレール。

「え……」

 と、ニーナもさすがに言葉に詰まる。

 なんでもなにも……ね。本人もわかってないはずはないと思うんだけど、汚名返上の機会を伺ってるのかな……?

「じゃあクレールはステラを手伝って食器の用意……は、だめだから……」

「だめってなに!?」

「えと……人には向き不向きがあると思うの。だから、あまり悩まないでね。みんなを食堂に呼び集める役がいいかな。それがいいよ」

 精一杯の笑顔で、ニーナがクレールに役目を割り振る。まあ、そのくらいならクレールも転んだりせずにこなすはず。

 クレールはやる気満々といった様子で、両手に握りこぶしを作ってみせた。

「わかった。僕、食器の用意をがんばる! やりとげてみせる!」

「やめてね?」

 即座にニーナから冷たい声が発せられて、

「……ハイ……」

 クレールは握りこぶしをそっと下ろした。

 

「あ、私からひとついいですか?」

 食事の終わりがけに、小さく手を挙げたのはマリアさん。

「村の人から聞いた噂なんですが、最近、街道の方にサーベルタイガーが出るということで、気を付けて欲しいそうです」

 サーベルタイガー。剣歯虎とも呼ばれる魔獣だ。このあたりの森の奥なんかに生息していて、人間の生活圏には滅多に出てこないんだけど、まれに街道付近まで出てくることがある。隊商を襲って積荷の食料を食い荒らす被害を時々聞く。刺激すると人にも襲いかかってくるので、注意が必要。

 俺にとっては、少し思い出深い相手でもある。

「号令をかけて、討伐隊を組織したほうがいいかな?」

「まだそこまでは言われていませんね」

「正式な要請もない。あれば陳情の時間に来たはず」

 俺の問いに、マリアさんとステラさんが続けて答えた。

 まだ様子見、ってところか。

「わかった。村に被害が及びそうなら俺たちで退治することになるかもしれないから、みんな気持ちの準備はしておいて」

 念のためそう注意喚起をして、今日の夕食は終わり。

 

       *

 

 翌朝は予定通り、早朝からの出発。

 見送りは、たまたま起きていたらでいいと言っておいたから、ちょうど来ていたのはステラさんだけ。

 今朝はかなり寒いから、俺も起きるのに少し気合が必要だったけど……。

 ステラさんは氷の魔術を得意にしているから、冷たいのやら寒いのやらには慣れているのかもしれない。

「気を付けて行ってくると良い」

 そういえば、わりと寒いのに、ステラさんの吐く息は白くないな……。

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