予定通り、俺の他にはステラさんとユリアという、合計三人。出発は日の出前で、ユリアは少し眠そう……と思っていたら案の定、出発してすぐにはもう馬車の荷台で眠りこけていた。
旅程は、前にクレールと一緒に行った時と同じ。
まずは自前の馬車で北にある荒水の町に向かった。そこは大陸の東西を結ぶ天駆の街道が通っているから、ここでなら駅馬車が探せる。自前の馬車と馬は預けて駅に向かうと、雷王都市方面に行く馬車にちょうど「あと三人」と叫んでるのがあった。幌付きの八人乗りだ。牽く馬も大きくて元気そうだし、これに決めた。
「どうしてそのまま自前の馬車で行かないんですか?」
馬車が出発してすぐの頃、ユリアが御者に聞こえないくらいの小声で不思議そうに訊ねてきた。でも、そんなに難しい理由はない。
「駅馬車の方が楽だから。乗ったら後は寝てても着くし」
「そのくらいの理由なんですか」
「御者台に半日いたら、俺がそう言いたくなる気持ちをわかってもらえると思うな……」
硬い座席で腰と尻が痛いってのもあるけど、これは駅馬車の旅客座席も大差ない。
理由の一番は、とにかく常に外気にさらされ続けるから大変だってことだ。春ならともかく、夏は暑いし冬は寒い。当たり前のことだけど。でもその当たり前の単純なことが一番の問題。
駅馬車ならそこは専門の人に任せて、俺は座っているだけでいい。楽だ。もちろん、大変なことを駅馬車の御者が代わりに引き受けてくれているからだ。ありがたい。
「その分、俺は景色や会話を楽しむ余裕ができる」
以前はどこへ行くにも基本的には徒歩だったことを考えると、領主になって少し贅沢になったかな、と思ったりもする。
「冒険の旅っていうより、旅行ですね」
ユリアが言ったのは、まさにその通りで、俺はこれを冒険の旅だとは思っていない。ちょっと散歩に行く感じ。
……行先は、竜の営巣地として有名なところだけど。
ちなみに、ステラさんの口数が少ないのは、乗り込んだら早速、持ってきた本を読んでいたからだ。
乗り合わせた他の乗客もいい人ばかりで、街道は穏やか。空はよく晴れていて爽やかな風も吹く……。終始そんな感じで、内も外も大したトラブルなく、夕方には宿場町にたどり着いた。
宿をどうするかと悩む間もなく、乗客全員が馬車ごと同じ宿に案内された。この宿には馬車にあるのと同じ屋号の看板があって、商売上手というかなんというか。その乗客全員が同じ大部屋に入れられたのはちょっと閉口したけど、衝立くらいはある。
全体的にはまあ、文句を言うほど酷い宿でもない。特別に良いわけでもないけど、値段なり、と言える程度はあった。食事は、さすがにニーナの料理と比べるのは宿が気の毒だろう。
翌朝、昨日の馬車は東にある雷王都市に向けて出発したけど、俺たちは別の馬車を探すことになる。神託の霊峰に行くには北に向かう馬車に乗らないといけないからだ。
そっちの方へ向かうという馬車はすぐに見付かったけど、なかなか席が埋まらない。仕方なく、空席分の料金も俺が払うことにして出発してもらった。
そうして街道を進む間も、神託の霊峰の偉容は目に入る。よく目を凝らせば、竜の姿も見える。あれは飛竜で、厳密にはドラゴンとは違う……ってのはステラさんの解説。ステラさんは何でも知ってるな。
道中、馬車が魔獣に襲われそうになるトラブルがあったけど、俺が出るまでもなく、ステラさんが氷の術法の一撃で倒していた。
毒蛇の、大きめのやつだった。ビッグバイパーと呼ばれている魔獣で、確かに普通のヘビと比べると十分大きいのは確かだけど、この近くに限っても他にもっと大きい蛇はいる。モンストラススネークとか。この前のシードラゴンもそうか。だいたい、近くに竜がいる土地なんだから、ビッグバイパーくらいならかわいげがあるとさえ思ってしまう。
それでも馬車の御者や乗客には感謝された。もちろん俺じゃなく、一撃で倒したステラさんがだ。年若い、幼いとさえ言える少女が、大人の腕くらいの太さがあるヘビを一撃で倒したら、物珍しさもあるだろう。
「別に、大したことではない」
無愛想とも言える態度でそう返したステラさんは席に戻って読書を再開したけど、俺の目には、ちょっと得意げな様子も見えた。……一応言っておくと、視覚が竜に近付いてるからじゃ、ない。
霊峰の最寄りの宿場町につく頃にはちょうど夕方。街道沿いの宿場町同士を駅馬車で移動すれば、そうなるのは必然ってやつだ。
宿は前にクレールと着たときにも泊まったところにした。
「あれ?」
俺の顔を見て、宿の受付にいた女性が首を傾げた。
「以前にもいらした方ですよね」
「はい。半年くらい前、年が明けてすぐくらいの頃に」
別に隠すこともないから正直にそう言ったけど、どうしたんだろう。再訪する人がいないってほど酷い宿とは思わないけど……
「いや、すみません。お部屋はご一緒で?」
「二部屋、お願いします」
「別に、一緒でいいですよ?」
「構わない」
ユリアとステラさんがそう言うと、二対一になって押し切られてしまった。一部屋で済む方が安いのは確かだけど……うーん。とりあえず寝台がふたつに長椅子がひとつはあるから、俺が長椅子で寝るのは確定だ。
「さっきの人……」
部屋に入って荷物を下ろすと、ユリアが呟いた。
「あれ絶対、こう思ってましたよ。『前の時と連れの女が違う。しかも今度は二人も。いったい何があったんだろう』って」
……そうか。そういう顔だったのか、あれは。
「あはは。でもクレールさんを置いて出てきたのは事実なんですし、新しいカノジョとの仲を深める旅ってのも事実にしていいんじゃないでしょうか」
よくないけどね。
「私もいる」
と、それはステラさんの訴え。
そうだ。ステラさんがユリアの見張り役をクレールから依頼されてる以上、ユリアもあまり露骨な手出しは出来ないはずだ。
「私は半分ずつでもいいですよ? 二人で食べちゃいましょう。クレールさんには内緒にしとけば大丈夫ですって」
ユリアが物騒なことを言ってステラさんを懐柔にかかった。ステラさんもすぐには拒否せず、頭の中でリスクとリターンを計算している様子……。
「…………成功させるには綿密な計画と準備が必要。そのはず」
それは遠回しの拒否だけど、実際にそういう計画をステラさんが作ると俺は罠にかかってしまうかもしれない、という意味では安心できる言葉ではない。
「時には勢いも大事ですよ?」
そう言って俺に視線を送ってくるユリアは、並みの魔獣よりよほど手強そうに見えた。
ともかく、明日はもう神託の霊峰。ふもとのほこらまで行けば、上の方で気付いて、飛竜を迎えに寄越してくれるはずだ。
霊峰の聖竜が、今度は何と言うのか。
期待と不安でなら不安の方が多い、そんな夜を過ごすことになった。
*
神託の霊峰は決して観光地なんかじゃない。
竜の営巣地として知られる場所で、数多くの竜がそこら中を飛び回っている。当然、おとなしい竜ばかりではなくて、悪竜も多い。不用意に近付いてきた人間は、やつらにとっては餌でしかない。
それで、ふもと近くには監視所がある。竜の動向を監視すると同時に、霊峰に近付く人をも見張っているというわけだ。
ここには主に雷王都市から派遣されてきた騎士たちが詰めているらしい。ただ、毎日竜の叫び声を聞いていると気が休まらないそうで、若手が送り込まれてきてはすぐに交代するってのを繰り返している。……と、この話をしていたのは雷王都市の将軍であるヴォルフさんだったから、たぶん本当のことだろう。
そんな監視所の人に軽く事情を話して、通してもらった。普通はよほどの理由がないと通さないそうだけど、俺が名乗ると後はあっさりしたものだった。俺がこの霊峰で聖竜と戦って勝ったのは、雷王都市ではそこそこ有名な話だ。
夏の旺盛な草木でほとんど見えなくなっていた山道を進んでいくと、目印になるほこらがあった。そこにある鐘を鳴らすと、迎えが来てくれるはずだけど……
「待っていましたよ、リオン」
そこにはすでに二頭の飛竜と、それから、ティータさんがいた。