神託の霊峰の中腹には星読みの宮という石造りの建物があって、星読みと呼ばれる人たちが住んでいる。大天空に浮かぶ星々の姿から未来を視て助言をしてくれるという、そういうちからのある人たちだ。
その中でも特に能力が高く、若くしてその筆頭とされているのが、このティータさん。俺の冒険の仲間の一人でもある。
とはいえ、本人は一歩引いた形で俺と接していた気がするな。何でも、星読みが自ら未来を変えようとするのは〈歪み〉に属する行為だとかで、禁止とまではいかなくても、本来なら避けるべきとされていることらしい。それでも、随分たくさん協力してもらった。
一連の戦いの後は元の生活に戻って、星読みの宮で暮らしている。前にクレールと来たときにもここまで迎えに来てもらった。会うのはそれ以来だから、およそ半年ぶりか。
俺より少し年上で、仲間内だとクルシスと歳が近いのかな。夜の闇を溶かしたような長い黒髪には星のような光沢もあって、神秘的な雰囲気を添えている。
「お久しぶりです、リオン、ステラ。それと――」
「あ、ユリアです。初めまして」
ティータさんがステラさんと顔を合わせるのは邪神討伐の
「危ないところをリオンさんに助けてもらって、今はリオンさんのところでお世話になってます。いろいろと」
その内容はそんな風にあいまいなことだった。自分が〈歪みの御子〉だったことを一応隠しているみたいだけど……
実は、関わった事件のことは俺が前に来たときに話しちゃったんだよな。だから、ティータさんもユリアの事情はだいたい知っている。
聖竜やその巫女であるティータさんは、もしかしたら俺が〈歪みの御子〉であるユリアを助けたことを良く思わないかもしれない、とも考えたけど、実際に話してみたら、二人とも俺の決断を尊重してくれた。
「リオンの星のすぐ近くに、貴方の星も輝いていますよ」
ティータさんがそう言ってユリアに微笑みかけたから、ユリアも安心したみたいだ。
「それにしても、どうしてここに? 合図の鐘はまだ鳴らしてませんけど」
「貴方が来ることはわかっていましたので」
その言葉に、ユリアが驚く。
「えっ、星読みってそこまでわかるんですか。すごいですね」
星読みは未来を視る力だ。それは知ってたけど、ここまでの精度があるとは、俺も初めて知った。
なんて感心していると……
「監視所の人がのろしを上げてくださったので」
……なるほど。種明かしをされれば簡単なことだった。
「驚きましたか?」
ティータさんの表情から察すると、どうも、わざと勘違いさせるような言い方をしてからかっていたらしい。そういう冗談を言うようになったなんて、初めて会った時とは随分変わったな……という感じはする。
ともかく合流はできた。目指す星読みの宮はまだ上の方で、そこまでは飛竜で行くことになる。
歪みの影響が強かったときには山中の洞窟を使って登ったけど、そっちは元々は人の通る道じゃなく〈
飛竜での移動が復旧して本当によかった。
「リオンは飛竜に乗れますね?」
言われて、俺は頷く。得意というほどではないけど、何度か乗って扱いは覚えた。放すと巣のあるこの霊峰に戻ってしまうから、普段の移動には使えないけど。
「後のお二人は、リオンの方とこちらにひとりずつ分乗していただくことに」
飛竜は二頭しか来てないから、まあそうなるか。ティータさんがひとりずつ送り届けるよりは早い。
「あ、じゃあ私はリオンさんの方に」
ユリアがさっと手を挙げてそう宣言したけど、ティータさんが止めに入った。
「まだ不慣れなリオンの方には、おとなしい方が乗られるのがいいかと」
確かに俺の技量は、たびたび飛竜に乗っているティータさんほどではないだろう。同乗した人が「わー!」とか「ひゃー!」とか大騒ぎしたら気が散ってミスをしてしまうかもしれない……というのは、確かに。
「それって、私がおとなしくないって言ってるみたいに聞こえますよ?」
「ステラよりおとなしい自信がおありでしたら」
ユリアは少し不満げだったけど、ティータさんが残るもう一人であるステラさんに視線を向けながら反論すると「うーん」と唸った。
「……さすがに、それはないかもですね」
結局、俺の飛竜にはステラさんが同乗することになった。
飛竜に乗って空の旅、と言うと何やら優雅に聞こえるかもしれないけど、そう感じられるようになるのは俺よりもう少し経験を積んでからだと思う。俺にはまだゆっくり景色を楽しむ余裕はない。
ただ、前に乗った時より楽になった。
星読みの宮の建物が見えて、そこに飛竜が降りられる広場を見付けると、ティータさんはうまく手綱を操ってそこへ向かう。俺の乗っている飛竜はそれについていく感じだ。よく訓練された飛竜だと思う。
そしてそれだけでなく……
「さすがにティータさんは上手いな」
『私の方がもっとうまくできますよ。任せてください』
……誰かが俺の独り言に返事をした。ステラさんでは、ない。
『またのご用命をお待ちしております』
そう言って、飛竜は飛び去って行った。
……うん、礼儀正しい飛竜だったな……。
ステラさんにどう聞こえていたかはわからないけど、特に驚いている様子もないから、やっぱり竜への変化のせいで俺にだけ聞こえていたんだろう。
一方、ユリアの方は飛竜を降りたところでへたり込んでいた。
「死ぬかと思いました……もし落ちたら死んでましたよね?」
「そうですね」
ほんの短い間の飛行だったけど、相当怖い思いをしたらしい。初めてなら当然か。地面がみるみる遠ざかって、足下にはもう何もない、という中を風に煽られて左右に傾きながら飛ぶわけだから、それは怖くて当たり前だ。俺とステラさんは初めてじゃないから心の準備が出来ていたけど。
「毎年何人か死んでるんじゃないですか?」
ユリアがそう言いたくなる気持ちはわかる。ただ、ティータさんは首を左右に振った。
「不慣れな人が飛竜に乗ること自体が滅多にありませんし、どちらかと言えば、乗る前に死ぬ人の方が多いのではないかと」
……飛竜は狭義のドラゴンからははずれた種で強さも控えめとはいえ、豚や羊くらいなら両脚で軽々と掴み、巣に持ち帰ってから引き裂いて食べてしまうという程度のどう猛さはある。しかもそれが一頭ではなく、群れをなしている。軽い気持ちで飛竜に乗ろうとすればどうなるかは、想像できる。
神託の霊峰っていうのは本来、そういうところなんだよな。
*
星読みの宮はまだ中腹。ここから聖竜の寝所がある頂上までは、まだ険しい山道を登っていく必要がある……のは確かなんだけど、今回は聖竜の方が中腹まで降りてきてくれていた。
星読みは前回と同様、ひとりずつ聞くことになって、まずは俺が案内された。
「まだ明るいですけど、星読みはどうするんですか」
案内される道すがら、ティータさんにそう訊ねると……
「リオンの星は定期的に見ていますが、やはりよく見通せない状態のままなのです。周囲の……貴方の仲間たちの星を見て、貴方のこともおおよそは把握できているつもりですが、完全ではありません。今夜まで待ってもそこは同じことかと」
という返事をもらった。なるほど。
確かに前に来たときにも、俺の未来は見通せなくなっていると言っていた。その時から状況は変わっていないわけだ。
……俺の身体の異変については、星読みをあてにはできないな。