石造りの建物の最奥。大扉を越えた先の廊下を抜けると、ただ石畳が敷かれただけの、屋根もない広場がある。
頂上にある聖竜の寝所に見立てて造られた場所。
上のものと同様、ここも星見の間と呼ばれていて、夜になればここから満天の星空を見ることができるようになっている。もちろん、星読みのためだ。南側の空が少し見えにくいから、精度が必要なときにはやっぱり頂上まで行くらしいんだけど。
そのだだっ広い空間に、聖竜がいた。鳥に似た翼がなければ巨大な犬にも見えそうな、真っ白な毛に覆われた生き物だ。他の竜たちよりさらに一回り大きいくらいだから、顔が犬みたいでも迫力はある。
総じて他の竜とは違う雰囲気があって、これが聖竜ってものかと思う。犬みたいだけど。
その聖竜とティータさんに、数日前にシードラゴンを倒したことと、俺の身体に出始めた変化について話した。
聖竜はしばらく無言で、俺をじっと見つめてきた。
『……確かに、
聖竜ともなれば、そういうのは見てわかるのか。いや、竜だったら
まあ、竜に間違えられるくらいになってるのは、聖竜から見ても確からしい。
「以前に忠告を受けてなるべく戦いから離れていたんですが、どうしても戦わないといけなくなって」
言い訳がましいとは思いつつ、俺はそう付け加えた。
ただこの聖竜は、最初から俺が竜になるのを止めようとはしていない。だから返事もあっさりしたものになる。
『力あるもの同士はいずれ衝突する。それも世の道理であろうよ。そこから外れるというのならば、相応の努力と我慢は必要であろうな』
我慢が足りない、と言われているわけだけど、事実だから反論のしようもない。ただ、どうにも納得いかない部分もあって、そこは訊いておくことにする。
「戦いから離れていればいずれは
思えば、これも前回訊いておくべきだった。
我慢するのはとにかくがんばるにしても、いつまで続ければいいのかはっきりしないままなのは、どうも落ち着かない。
すると聖竜は『こふぅ』と息を吐いて肩を揺らした。……笑ってるのかな、これは。
『せっかちなあたりを見ると、その心はまだ人間のようだな』
「笑い事じゃないですよ」
心まで竜になってしまう前に、何とかしたいんだけど。
その気持ちを視線に込めると、聖竜は咳払いにも似た
『確かに、人の心こそはそなたのちからの源であったな。人同士の繋がりによって、そなたは竜をも越えるちからを発揮するのであった』
それはかつてこの聖竜自身が言ってくれたことで、俺も納得した話だ。ただ……
『そのちからを失いたくないと望むのも当然のことであろう』
聖竜のその理解は、ちょっと違う気もする。
自分が自分じゃなくなるかもしれないっていう不安、もしくは、恐怖。言葉にすれば、そんなところだ。
竜は、そういうこと考えないんだろうか?
『質問の答えだが、さて、このように時間を掛けて変化した例を知らぬので、そなたをその最初の例とするところよ。ゆえに、今は語る言葉を持たぬ』
……うーん。肝心なところであてにならない。
『いずれにせよ、そう努めても
この聖竜は確かにちからのある竜で俺も何度か助けられたけど、基本的に人間にあまり興味がないみたいだって気はする。俺が人間から竜になるとして、それの何が問題なのか、とまあそんな感じだ。
ただ、だからこそある意味では冷静な意見でもあって、俺としても真っ向からの反論はしづらい。
「じゃあ、もう少し、知っていたら教えてほしいことがあるんですが」
『ふむ。何を訊きたいのだ』
以前にここに来たときに聖竜自身も言っていた。竜になっても人化して暮らすことはできる、って。
そのことを相談するなら、この竜よりも信頼できる人がいる。
どこにいるのか知らないだけだ。
「ヴァレリーさん……〈蒼空を征くもの〉の居場所を」
ヴァレリーさんとは異界での冒険で知り合った。
クレールのお父さんである〈
その正体は〈蒼空を征くもの〉という名の古竜で、普段は人の姿で暮らしていると言っていた。
今の俺にとって、あの人以上の相談相手はいない。
ただ、その冒険の後で、ヴァレリーさんはルイさんを心配して街に残り、俺は邪神討伐に向かって……と、行動を別にすることになった。再会を約束はしたけど、それ以来、まだ会えていない。そもそもどこにいるかもわからない。
ルイさんが回復したのを見届けてから旅立った、というのが仲間内で目撃された最後だ。ルイさんもその後の行先は知らないらしい。
でもこの聖竜なら知っているかもしれない。
『あれは天突く槍の山にいる。あれの故郷だ。だが、人の身ではとてもあの山は登れまい』
聖竜の答えはそれだった。
ティータさんの補足によると、雷王都市よりももっと東にある山だということだ。飛竜で近くまでは行けるけど、その名前の通り槍のように鋭く切り立った山容は降った雪が積もらず滑り落ちるほどで、人が降りられる場所があるかどうかというと難しいという。
『会いたければあれをここに呼ぶ方が良いだろう。我が呼んでも来はせぬが、そなたの呼びかけになら応じるやもしれぬ。使いを送るとしよう。距離だけならば飛竜にとってはさほどでもない』
「その返事は、いつ頃に?」
距離以外のところで時間がかかりそうだ、という含みを感じた俺が具体的な数字を要求すると、聖竜は少し唸ってから、口を開いた。
『せっかちなそなたのために、明日のうちには何らかの報せを持ち帰らせよう』
言い方はともかく、そうしてくれるのはありがたい。
館に帰るのは予定より遅くなってしまうけど、旅にはそういうこともつきものだ。数日延びる程度なら、俺が留守の間はクレールやニーナがうまくやってくれるだろう。
*
聖竜が放った飛竜がヴァレリーさんの情報を持ち帰るのを、この星読みの宮で待つことになった。まあ、ステラさんとユリアの星読みのためにどうせ夜まで待つわけだから、一晩ここに泊まるのはもともと確定的ではあったけど。
「みなさんには、まだ話されていないのですね」
聖竜から離れて星見の間を出る直前、ティータさんが立ち止まって、口を開いた。
口調からすると、それは質問ではなくて確認だ。俺の星が読めなくても、仲間達の星を読めば俺のこともある程度はわかると言っていた。確かにこれほどの重大事を誰かに話せば、まったく影響がないってことはさすがにありえない。その程度にはみんなから気にされてると思っても自惚れではないだろう。
「話した方がいいと思いますよ」
「それは、星読みですか」
「いえ。私の個人的な意見です」
普段あまり自分の意見を出したがらないティータさんでさえそう口を挟みたくなるくらい、ということだろう。
「竜神も言っていましたが……貴方の強さ、その重要な部分を占めているのは、仲間の力を借りられるということです。そのことはどうか忘れないでください」
言われるまでもない、というところだけど……
ティータさんの先見の明は、俺からすればほとんど魔法みたいなもの。何しろ、故郷の村から雷王都市に出てきたばかりでまだ何も成し遂げていなかった頃の俺を見付けて、道を示してくれた人だ。クレールあたりが思い付きで言うのとはわけが違う。
そのティータさんが、俺に勧めてくれていることだ。
ヴァレリーさんに話を聞いても解決の糸口がなければ、いよいよみんなにも話すべき時なのかもしれない。