星読みにはまずステラさんが呼ばれていった。俺とユリアは星見の間の外のテーブルで待つ。
「やっぱり不安なので、しばらく手を握っててくれませんか?」
ユリアがそう懇願してきたから、言う通りにした。握った手は確かに少し震えていた気がしたし、普段と比べると口数も減ってる感じはする。不安だっていうのは嘘じゃなさそうだ。
日が落ちて、この場を通り抜ける風も冷たさを増した。冬に来たときよりはマシなはずでも、薄着になっているから、やはり肌寒さは感じる。ユリアの震えはそのせいでもあるかもしれない。
「正直に言うと、私の
「うん、わかるよ」
俺も
「まあ、悪いようにはしないと思うよ。俺の仲間だって紹介してあるし……」
「もしも」
俺の言葉を遮って、ユリアが口を開いた。
「……もしも、聖なる竜が私を邪悪なものと決めつけて殺してしまおうとしたら、リオンさんは、どうします?」
「その時は聖竜と戦うよ」
そのことには迷いはないから、即答した。
「いいんですか? そんな軽々しく」
自分で訊いたくせに、ユリアは呆れた様子で苦笑した。
「ユリアは俺の仲間だから、傷付けようとするやつがいたら、その相手が聖竜でも戦うよ。もちろん、そうはならないとも思ってるけど」
だからまあ、口約束に過ぎないってことでもある。
ただ、あの聖竜とは前に一度戦ってる。それを考えれば、もう一度戦うことになったとしても、そういう流れなら仕方ない。あの聖竜とまた思いっきり戦ってみたいっていうのも、まあ、理由のひとつではある。……ユリアには秘密にしておくけど。
「やっぱり、リオンさんといると安心します」
自分の指を俺の指に絡ませて、ユリアが言った。
そして、ため息。
「あーあ。リオンさんのこと、独り占めできたらなー」
その願いはちょっと簡単に叶えてあげるわけにはいかないから、俺は苦笑を返すしかない。
しばらくそんな風に他愛もない話をしていると、ステラさんが星見の間から戻ってきた。
「どうでした?」
俺より早くユリアがそう訊ねると、ステラさんはあまり表情を変えずにただ一言。
「……普通」
とだけ言った。
それだけじゃよくわからない……と俺は思ったけど、ユリアの方は少しほっとした顔になった。
「悪いことばかり言われるわけじゃないんですね」
「……うん」
「ちょっと安心しました」
そう言うユリアとは対照的に、ステラさんはどうも落ち着かない様子だ。付き合いの浅いユリアは気付いていないみたいだけど……声も何となく元気がない。
「次は私の番ですね。……よし、行ってきます!」
繋いでいた手を離してユリアは立ち上がり、星見の間へ歩いて行った。
大扉のところにはティータさんが立ってこちらに視線を向けていて、どうも……ステラさんを気に掛けているのか。そんな気がする。
やっぱり、星読みで何かあったのか。
ユリアとティータさんが星見の間へ入っていった後、ステラさんは俺と隣り合って座った。
表情を見ただけでは、何を言われたのかまではわからないけどきっと何か良くないことを言われたんだろう。心配だし、話を聞いておきたいけど、さて、どう切り出そうか。
そう悩んでいると、ステラさんがぽつりと口を開いた。
「……手」
手? 手について、何か言われたんだろうか?
視線を向けると、俺の前にステラさんは手を差し出した。手は、普段と特に違わないように見えるけど……
「ユリアと手を繋いでいた。私にも繋ぐ権利がある。そのはず。その権利を行使する。今」
……ステラさんの言い回しとしては素直な方か。
星読みで何を言われたのかはわからないけど、やっぱり不安なんだろう。
俺がステラさんの方へ手を差し出すと、ステラさんも手を伸ばしてくる。そうした手を一旦戻して少しためらってから、結局は握った。
「迷い、葛藤、逡巡……」
いくつかの単語を、ステラさんは並べた。すっきりしない心の様子を感じさせるものばかりだ。
「何かあったんですか」
「うん。……内容を貴方に話すべきかは検討中」
それ以上の言葉は続かなかった。握った手からも特に変化は感じない。いつも通りの、少し冷たい手だ。そして、俺の手よりずっと小さい。俺の手だってそんなに大きいわけじゃないのに。
体の大きさと心の強さは必ずしも一致しないものだし、ステラさんは見た目のか弱さと比べると心の方はずっと強い。普通の人なら目にしただけで足がすくむような魔獣と何度も戦ってきたし、その冷静な判断には俺も何度も助けられた。
自分の問題に自分ひとりで立ち向かってもきちんと処理できるかもしれないけど……
前に来た時にクレールが言っていた。他人に話すと星が変わるかもしれない、って。クレールは自分の幸運を逃さないために秘密にするとも言っていたけど。
逆に言えば、何か悪い話だったなら、いい方に変えられる可能性があるってことだ。
「もし俺が役に立つなら、遠慮なく頼ってください」
俺がそう言うと、ステラさんは「うん」と頷いて、手を握るちからをほんの少しだけ強くした。
ユリアが戻ってくるのには少し時間がかかった。
抱えている事情が事情だから少し心配していたけど、特に怪我をしたとかではなさそうだ。
ただ、その表情は暗い。
「ごめんなさい。私、ひとりで試練の門っていうのに挑戦することになっちゃいました。それやらないと死ぬんだそうです、私」
死! と驚いたけど、隣にいたティータさんが冷静に補足するには、
「試練をこなせばより安定するというもので、やらなかったからといってそれが原因で死ぬというわけではありません」
ということだった。そう言われれば、だいぶ意味合いが違う。まあ、やった方がいいってのは確かか。
「でも、ひとりでというのは?」
「彼女自身のちからを高めるのが目的なので、他人の手助けを受けると適切な効果が得られません」
それは、そういうものと言われれば納得するしかない。俺も魔剣技を得るために一人で試練に挑んだことはあった。細部は違っても理屈は同じか。
「それで、やるつもりなんだね?」
「はい。一応、やれるだけやってみます。帰るのが少し遅くなっちゃいますけど、リオンさんたちはどうします?」
ティータさんによれば、この星読みの宮にも休める場所はあるから、数日泊まる程度は大丈夫らしい。それ以上に延びると、下界の人間だと暇すぎて耐えられないそうだけど……。
俺には幸い、ステラさんという話し相手がいるから、困ることはないだろう。
その、ステラさんだ。
「私も行くべきところができた」
背筋を真っ直ぐにして顔を上げ、ステラさんはそう切り出した。
「この霊峰から遠くはない。飛竜で行けばさほど時間はかからない。そのはず。……リオンが一緒だと助かる」
飛竜。確かにステラさんは乗り慣れていないしティータさんはここを軽々しく離れるわけにはいかないから、俺がついていくのが一番いいだろう。
「じゃあ別行動ですね。済んだらここに集合ってことで」
ユリアがそう提案して、誰からも異論はなかった。
ティータさんから竜笛を渡された。比較的小さめの角笛に見えるけど、竜の牙を加工したものらしい。これを思いっきり吹けば、人を乗せる訓練を受けた飛竜を呼ぶことができるそうだ。もちろん笛の音の届く範囲ということで、実質、この霊峰の周囲でしか使えないわけだけど。
「ステラさんの行きたいところって、どこですか?」
行きの飛竜を貸してもらい、空の寒さへの十分な備えをしてその背にまたがった。ステラさんは俺の後ろに乗って、俺の胴に腕を回している。
あとは行先だ。おおまかに『北西の方角』とは言われてるけど、雷王都市とは反対側になるから、どんな土地なのか俺はよく知らない。
「訂正を求める」
背中の方から、ステラさんの声が聞こえた。
「行きたいところではない。行くべきところ」
つまり、行きたくはないのか。ユリアの方も試練とか言ってたし、ステラさんのもそんな感じなのかな。
「魔獣の被害が確認されているそう。放っておけないので行く」
なるほど、人助け。それも緊急に、という感じだ。
ただ、疑問は残る。
魔獣はどこにだっている。どうして今回の魔獣だけを、ステラさんがそうまで気にする必要があるのか。
「星読みで言われた。私の心の弱さ。私一人ではそこへたどり着くことはできない。貴方のちからが必要」
さっき、話すべきか悩んでいると言っていた、ステラさんの星読みのことか。
そこまで話してもまだためらっている様子が、背中の方から伝わってくるけど……
やがて、小さな小さな囁き声で、行先が告げられた。
「……故郷。私の」