竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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ヴァレリー

 星読みの宮の夜。星見の間にまで行かなくても、テラスからは満天の星が見える。

 その星空を、一瞬、飛竜の影が覆い隠した。そして、その影の一部がわかれて、テラスの石畳にふわりと降り立った。

 漆黒の姿。夜闇から染み出てきたかのようなその人影は、固い床に足音を響かせながら、真っ直ぐに俺へと近付いてくる。

 見た目には二十代くらいの男だ。姿が黒く見えるのは上下共に黒革をまとっているから。そして、その長い髪が闇色だからだ。

 俺はそれが何者なのか知っている。

「お久しぶりです、ヴァレリーさん」

 それを聞いた男は、少し首を傾げてみせた。

「久しぶりというほどだったか? まだ一年くらいだろう」

 最後に会ったのは確かにちょうど一年くらい前だから、人生をまだ十六年しか生きていない俺としては十分『久しぶり』と言えると思う。

 ただ、共通の知人から聞くところによると一千歳は軽く越えているっていうヴァレリーさんからすれば、たいした期間ではなかったかもしれない。

 ヴァレリーさんは、その本性は竜。しかも、古い時代から生きている竜だ。古竜としての名前は〈蒼空を征くもの〉というそうで、ここ央州の竜の中では最強格だと聞いてる。

 そして、普段は人の姿で暮らしている。

『竜になっても人化して暮らすことはできる』

 冬に聖竜と会った時にも言われたことで、ヴァレリーさんはその実例、いわば竜人、というわけだ。

 だから、今、話を聞きたかった。

 

 聖竜の守護があるこの星読みの宮に入ってこられるヴァレリーさんは、もちろん、悪竜じゃない。人の姿で暮らしていることからもわかるとおり、人間に協力的な竜だ。といっても、それは全ての人間に対してそうなのではなくて、個人的に付き合いのある範囲に限られているけど。それが逆に、竜であるはずのヴァレリーさんから『人間味』というものを感じさせる。

「身体が竜に近付いていると聞いたが、なるほど」

 目の前に立った俺を見下ろして、ヴァレリーさんが呟いた。

「わかるんですか」

竜気(オーラ)がお前の周りで渦巻いているからな。お前の目には見えないか」

 これが見えるようになったら、視覚も竜に近付いたことになるわけだ。後のために覚えておこう……。

 ヴァレリーさんを奥に案内する前に、まずは少し話を聞いてもらうことにした。奥に行くとステラさんやユリアにも話を聞かれてしまう。俺の竜気(オーラ)に関してはまだみんなには明かしていないから、それは少し困る。

 ヴァレリーさんは長い足を組んでベンチに座った。長身だからそういうのが様になるな。長い髪や切れ長の目もあって、座っているだけでも一幅の絵画のようだ。

「お前が竜になったとしても、仲間たちはこれまでと変わらず接してくれるだろうに」

 ヴァレリーさんのその意見は、きっと正しい。

 でも……

「みんなにはなるべく自分の目標に向かって頑張るようにして欲しいから、俺の事情で煩わせたくないんですよ」

 俺の仲間たちはみんな何かしら秀でたところがあるから、そのちからを広く世の中の役に立てて欲しいと、まあそれは俺の勝手な希望だけど、そう思ってる。みんなのちからを信頼しているからこそ、だ。

「その気持ちもわからんでもないが……」

 心配げな顔で、ヴァレリーさんがため息をついた。

「一人で背負い込んだルイがどうなったか、お前だって見ただろう」

 確かに、クレールのお父さんであるルイさんは、難問を解決するのに誰かを頼ることができず、代わりに〈魔杯〉のちからに頼って〈暗黒卿(ロードオブダークネス)〉になってしまった。今でこそ以前よりは穏やかに暮らしているようだけど、俺との勝負の後には、死ぬとか灰になるとかを通り越して、そのまま一気に消滅してもおかしくない状態だった。

 俺はまだそこまでにはなっていないはずだ。だからって決して安心はしていないけど。

「俺ひとりの手に余るようなら相談します。いまヴァレリーさんにしてるみたいに。でもまだもう少し、みんなには秘密のまま頑張ってみようかと」

 半分以上は俺のわがままのような気もするけど、俺の身体のことだし、まあいいだろう。

「それで、俺としては竜に変わらないように食い止めたいんですが、何かいい方法はないでしょうか」

 ヴァレリーさんみたいに『竜ではあるけど人化して生きる』というのは最終手段にして、まずはそうなる前に止めたい。

 その意志を伝えると、ヴァレリーさんは腕組みをして「ふむ」と唸った。

「竜石、というものがある。竜気(オーラ)を封じることができる石だ。……これは私の竜石だが、こういうものだ」

 ヴァレリーさんが腰のポーチから取り出した黒い石は、拳ふたつ分くらいの大きさで、黒曜石のような光沢があった。透けて見える中には、黒い炎のようなものがちらちらとうごめいている。

「お前の役に立つものなのは間違いない。竜気(オーラ)をこちらに移してしまえば竜への変化は止まるかもしれんし、竜になるまで行き着いた時には人化に必要だ。ちからのある竜はこれに竜気(オーラ)を封じることによって、より『小さな』生き物の姿をとれるようになる。その中には人間も含まれる」

 その説明に、俺の期待は高まった。

 竜気(オーラ)を封じておける石か。もしそれで俺の変化を止めることができなくても、その時は竜からの人化のために必要になる。いずれにしても手元にあった方がよさそうだ。

「これは、どこで手に入るんですか?」

 その質問に、ヴァレリーさんは渋い顔をした。

「そこが難題だな……」

 聞けば、まず最初の問題は、この竜石を造れる者が今の世にはいない、ということだ。ヴァレリーさんによると、古王国時代の技術と設備がなければおそらく製造できないだろう、とのことだ。

 さらに、材料の問題もある。材料は魔石と近いそうで、宝石ならサファイアで代用できる。とはいえ、この大きさのサファイアはそう簡単には用意できないし、そもそも材料があっても造れないんじゃ仕方がない。

 なので、結局、すでにあるものをどこかから見付けてくるのが一番簡単、というわけなんだけど……

「人間には価値がわからないものだからな。かつて造られた物も、いくつ現存していることか」

 そうなると、それを見付け出すのも簡単ではない。と、ヴァレリーさんの話はそういうことだった。

「そうなんですか。うーん」

 できれば今すぐにでも手に入れて、心配事を減らしたいところだけど、どうもそうはいかないみたいだ。これは、気長に探すことになりそうな予感がするな。

「お前が竜になるまではまだ猶予がありそうだ。その間に、私からも知人に当たってみることにしよう。ルイには相談したか?」

「いえ」

「あいつなら何か良い知恵を出してくれるだろう」

 それはそうかもしれないけど、ルイさんに話すとそのままクレールにも伝わってしまう気がするな……。

「あとは、気が進まんが、〈移ろうもの(ヒュドラルギュルム)〉か……やつには私から訊ねておこう」

「誰です?」

 知らない名前だったから訊き返すと、ヴァレリーさんがため息をついた。

「〈十星珠〉の一員たる古竜だ。知恵者ではあるが、気性が好かん。お前に会わせると何をしでかすかわかったものではない」

 なるほど。能力は認めているけど気が合わない、か。竜同士でも案外、人間と変わらないような悩みがあるものなんだな。

 で、竜石のことだ。

 俺の知り合いでそういうのに詳しそうなのは、やっぱりまずはルイさん。それから、ステラさんの師匠である〈西の導師〉。特に〈西の導師〉は、もしかしたら現物を持っているかもしれない。そうでなくても、その情報や、もしかすると造り方を知っている可能性はある。

 でも、ルイさんに相談すればクレールに、〈西の導師〉に相談すればステラさんに、俺の相談事は漏れてしまう気がする。

 みんなに秘密にしたままで事を運びたいなら、頼りになるのは商人のユウリィさんか。何に使うか教えないままでも、竜石を探してくれるだろう。ただ、それをどこからか見付けてきてくれたとして、その値段のことを考えると憂鬱になるな。

 でも、うん。今の俺は竜石を探しに冒険の旅に出かけることはできないし、誰かに頼まざるをえない。そのことは、覚悟しないといけないな。

 あと、そうだ。もうひとつ気になっていることがあった。この際だから訊いておこう。

「今は竜気(オーラ)を活性化させないように戦うことを控えているんですが、逆に、戦って竜気(オーラ)を使い果たす、ってことはできないんでしょうか」

 訊かれたヴァレリーさんは、苦笑した。

「お前がそこまで消耗するほどの相手が竜以外にも大勢いるというなら、試すこともできるな。またどこぞの神にでも挑むか?」

 ……そうか。うーん。

 異界まで出かけていけば何かしらいるだろうけど、手近なところでというとやっぱり相手は竜になってしまうな……。

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