竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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ユリアとの衝突

 困ったことになった。

「リオンさん! この人は危険です!」

「リオンに取り入って何を企んでいる、〈歪みの御子〉ッ!」

 ステラさんとユリアにヴァレリーさんを紹介しようと引き合わせたところだ。すると、いきなりこんなことになった。

「二人とも落ち着いて……」

 間に立たされた俺はそう声を掛けるけど、二人の間に垂れ込めた一触即発の空気は張り詰めていく一方だ。

 会わせる前に気付くべきだった。

 ヴァレリーさんはかつて自分が守護していた輪廻鳥の街を襲った邪神〈歪みをもたらすもの〉を憎んでいる。そしてユリアはその邪神を信奉する〈歪みの民〉に選ばれた〈歪みの御子〉。

 その二人が出会えば当然、こういう衝突もある。

「ユリアは〈歪みの民〉のところから逃げてきたんです。奴らとはもう関係ないんですよ」

「そういう手口かもしれんだろう。〈歪みの御子〉が〈安定をもたらす者〉にこうまで近付いているのだから、用心するに越したことはないぞ」

 ヴァレリーさんの懸念もわからないでもない。実際にユリアは強い冥気(アビス)を持っているわけだし。ヴァレリーさんがそのことを見抜いていないはずはない。

 でも、ルイさんのところで学び、聖竜から出された試練もこなして、冥気(アビス)を抑えようと練習しているところだ。俺としてはユリアを信じてる。

 それに、冥気(アビス)のことだけを言うならルイさんだって相当だったし……

 あ。そもそもヴァレリーさんだって本性は暗黒竜じゃないか。むしろ助言をしてあげてほしいくらいだ。

 見れば、ユリアの右手が妖しく光を放っている。そこには確か、骸竜の紋章がある。ヴァレリーさんの竜気(オーラ)に反応してるのか? ユリアの危機だからか?

「ヴァレリーさん、落ち着いてください。この子は大丈夫ですから」

 言って、ユリアを庇うように立つ。

 もし二人が激突したら大変なことになる。そして、力量差で言えばヴァレリーさんの方が圧倒的に強い。勝負にならないどころか、一瞬でユリアの命を奪いかねないくらいだ。口げんかで収まっている内はいいけど、万が一の時は、俺がヴァレリーさんを止めないといけない。

 そう覚悟を決めたところ――

「そもそもリオン、お前も悪い」

 ヴァレリーさんの怒りの矛先が、いきなりこっちに向いた。

「お前が女にだらしないから、そこにつけ込まれるのだ」

「えぇ……」

 そんなにだらしないつもりはない……と、俺自身では思うんだけど。

「あ、それはそうかもしれないです」

「……一理ある」

「だろう?」

 ユリアとステラさんが小さく頷くと、ヴァレリーさんは我が意を得たりという顔つきになった。

「いいかリオン。ルイが今のお前くらいの歳の頃はな……」

「ちょ、待ってください」

 昔話を始めようとするヴァレリーさんを、俺は声と手振りで制止した。

「いろいろ言いたいことはありますが、まずひとつ。その言い方は話の長いおじいさんみたいですよ」

 構わず話を続けるそぶりも見せていたヴァレリーさんが、その指摘に呻いた。

「……おじいさんではない。お兄さんだ」

 一千歳どころか二千歳を越えてるって噂もあるヴァレリーさんがなぜそこまで若作りにこだわるのか、俺にはいまいちよくわからないけど。

「わかりました、ヴァレリーお兄さん。……それで、話の要点は」

 ヴァレリーさんは腕を組んで、しばらく黙考。その間に俺はユリアに身振りを送って、ヴァレリーさんとの距離を開けさせる。

 しばらくするとヴァレリーさんも思考の空から戻ってきて、いかにも長そうだった話を短くまとめて話してくれた。

「つまり、ルイもそろそろ孫の顔を見たいと思っているはずだ、ということだ」

 …………そういう流れだった?

 いや、ヴァレリーさんがそう言い出すのはわからないでもない。

 ヴァレリーさんは輪廻鳥の街の守護竜だったから、あの街の領主だったルイさんやクレールのことをとても気に掛けている。そして、ルイさんのことを弟のように、クレールのことは姪かもしかすると自分の娘のように思っている。それは俺も知ってる。

 でもなあ。

 ルイさんの子供はクレールだけだから、ルイさんの孫の母親というのは必然的にクレールになるわけで、それを俺に言うってのは……。

「やっぱり敵じゃないですか、この人」

 ヴァレリーさんの発言を受けたユリアの反応は、俺の予想の範囲内だった。

 いつだかクレールが言っていた「気が合う友達ではあるけど恋敵でもある」っていうのはユリアから見ても同じはず。

 これは、この対立は簡単には終息しないぞ……と覚悟し始めたその時。

 続けてユリアがとった行動は、俺の予想とは違った。

「でもわかりました」

 ぽん、と手を打って、ユリアは笑った。

「ヴァレリーおじさんとしては、姪のクレールさんに幸せになって欲しいんですね?」

「おじさんではない。お兄さんだ」

 ヴァレリーさんがユリアを睨んだけど、ユリアの笑みは崩れない。

「いいですよ。私、クレールさんのことも結構好きですし、大事な友達だと思ってます」

 そう言われて、ヴァレリーさんの険しい表情が、少し緩んだ。

「そうか?」

「はい。クレールさんも私のこと友達だって言ってくれてますし。心の広い人ですよね。可愛くて、頭もいいし、気配りができて、行動力もある。リオンさんとはお似合いだと思います」

「……うむ。私もそう思っている」

「なので私、クレールさんとリオンさんがくっつくの、応援してあげられます。早くそうなってくれたらいいのにって、私も思ってますよ」

「そうか」

 ここまで来ると、ヴァレリーさんがユリアに向ける視線はだいぶ好意的になっていた。

「……あの子にも悲しい過去があったが、乗り越えて頑張っている」

「何となくわかります。つらかったでしょうね……」

 ヴァレリーさんの呟きに応じたユリアの目には、なんと涙。演技派だ……。

「でも、今はリオンさんがいますから」

「そう、そうなのだ。リオンと出会って、あの子はようやく幸せを掴みかけている。あの子には幸せになってもらいたいのだ……」

「私に任せてください、ヴァレリーお兄さん」

 最後にはなんとがっちり握手して意気投合してしまった。

 

「こんな友人がいるなら安心だ。クレールのことを頼むぞ」

 とまあそんな感じのことを言って、ヴァレリーさんはテラスの手すりを乗り越え夜の闇に跳んだ。飛竜がそれをすくい上げて、ヴァレリーさんは星空へ旅立っていく。

 ……何だか、疲れたな。

「一時はどうなることかと思いましたけど、わかってもらえて良かったです」

 ユリアは安堵した表情でそう言って、俺に笑いかけてきた。

「ヴァレリーさん、完全に騙されてたよね……」

 ユリアの口がうまかったのもあるけど、ヴァレリーさんがクレールの話題に弱いのが俺の予想以上だった。ルイさんには「クレールをあまり甘やかすな」なんて言ってた人が……なあ。

 まあともかく今回は、ユリアの機転のおかげで衝突を免れたってことになるのかな。

 で、そのユリアだけど。

「えっ、騙してないですよ。クレールさんは友達ですし、応援してます。どっちも嘘じゃないです」

 ……本当かなあ。だって確か、ユリアだって俺のことを……いや、うーん。

 と、俺は少し困惑しているけど、俺とユリアの話を聞いていたステラさんは……

「…………」

 無言。

 ただどうも、雰囲気から察すると、ステラさんも納得していないみたいだ。

「ステラさんは異議がありそうですね」

 ユリアが視線を向けてそう言うと、ステラさんは「うん」と小さく頷いた。

「心配しないでください。私、クレールさんを応援するって言いましたけど、クレールさん『だけ』を応援するとは言ってないですし、ステラさんのことも応援してますよ?」

 小首を傾げるステラさんに、ユリアは言葉を続ける。

「私としてはですね、リオンさんのこと独り占めしたい気持ちはもちろんありますけど、繋がってられるなら一番じゃなくてもいいかなあって気持ちもありますから」

 ユリアは右手で髪をかきあげて、俺に流し目を送ってきた。

「だから、リオンさんはみんなのもの、でいいんじゃないかなーって」

 そう言ったユリアの口元は、うっすらと笑っている。

「……一夫多妻。遠い地方にはそうした婚姻形態が存在すると、本で読んだ。現代の王国法上で可能かどうか、検討に値する」

 話を聞いたステラさんが真面目な顔つきでそんなことを言って、ユリアは「それです、それ」と手を叩いた。

「あの、俺の意見は反映されない?」

 小さく手を挙げて主張すると、ユリアはぐっと顔を近付けてきた。

 のけぞった俺の目を上目遣いに見ながら微笑を浮かべたユリアが、ひとこと。

「多数決にしても構いませんよ?」

 ……勝てるわけない、そんなの。

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