竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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可能性の世界

「それにしてもまた妙なところで会ったものだな」

 三人と二匹で洞窟の中を進む。あの祭壇の下にこんな広大な空間が収まっているはずはないから、またどこかへ移動したんだろう。周囲の壁ではコケやらキノコやらが光を放っていて、ランタンがなくても平気な程度には明るい。

「デュークはこれが何なのか知ってる? 俺は、夢の世界なのかなと思っているけど」

 とはいえ、夢と言い切ってしまうには、あらゆる感覚が現実的すぎるし、本当の夢ほど脈絡がないわけでもない。

「近いが、違う。ここは可能性の世界だ」

「可能性?」

 訊き返すとデュークは頷き、一度咳払いをしてから続けた。

「夢の世界よりは現実に近い位置にあって、現実への影響力が強い。完全に夢であるよりも手が届きそうに見えるのが厄介で、それ故に多くの人間が囚われているところだ。前にライオン君と会った暗黒卿の箱庭もそういう場所だった」

 うーん? よくわからない。

「かつてあの時ああしていれば、というような後悔は誰しも少しくらいは持っているだろう? それは可能性の泡として現実と夢の間に漂っている。現実との乖離が大きくなってはじけてしまうまではね」

 後悔か。それは、もちろんある。俺はみんなと比べると後悔の少ない方かもしれないけど、それでも、特に故郷の村のことを思い出すときは後悔でいっぱいだ。

 ペネロペやマリアちゃんもそれぞれに心当たりがあるようで、頷き合っている。

「察するに君たちは悪い可能性の方にばかり触れてきたようだが、良い可能性だってもちろんある。例えば、死んだはずの家族が実は生きていた可能性、などというものは誰かの強い想いに支えられているから、かなり長いことはじけずに漂っている。そうして夢にも現実にも影響を及ぼす。良いにしろ悪いにしろ」

 それは……わかる。その想いに、俺も巻き込まれたことがある。『死んだ娘が生きている可能性』のために、〈暗黒卿(ロードオブダークネス)〉は五百年以上もの時間かけた。それをデュークは『囚われている』と表現した。きっと実際、そうだったんだろう。全てが終わった今となっては、結果的には上手くいった、と言えるけど。

「そういえば、オホン、ひとつ思い出した」

 言ってデュークは立ち止まり、杖を持っていない方の手で顔を洗うしぐさをした。左右にのびたヒゲがふるふると震える。

「このさらに深いところには〈悪夢王〉というものが棲息しているという。私は、見たことはないがね。時には深い霧とともに現実の世界に現れることもあって、人間の悪夢を喰って生きているのだそうだ」

 深い霧。ペネロペもマリアちゃんもそのことは口にしていた。霧が出て同行者とはぐれたんだって。全く関係がない、なんて断言できる要素はない。むしろ、そう言われれば思い当たることだらけだ。

「ライオン君。我々はそれに捕まったのかもしれんぞ」

 デュークの推測が正しかったとして。その悪夢王とやらが俺たちの近くにいるとして。

 そいつは、剣で斬れるんだろうか……。

 試す機会があれば、試してみよう。

 

       *

 

「どうやらこの洞窟も終わりらしい」

 夜目の利くデュークが、そう言いながら奥の暗がりを示した。

 魔獣とも言えないようなヘビやコウモリを追い払いながらここまで進んできたけど、最後の関門はそれよりもう少しだけ手応えがありそうだ。

 両開きの扉の前には、守護者らしき影が見えている。

 石で造られた人形だ。うずくまった状態でも俺と同じくらいの大きさで、立てば見上げる大きさになるだろう。

 たぶん、ストーンゴーレム。古王国時代に魔法で造られた疑似生命体で、簡単な命令を愚直に実行する。今回の場合は、扉に近付く侵入者の排除、ってところか。強さは様々だけど、この大きさなら幼竜より強いってくらいはあるだろう。

 幸い、近付かなければ攻撃してこない設定らしい。俺たちは一旦立ち止まった。

「前衛が三、後衛が二。バランスはまあまあ、というところですわね」

 ペネロペが、仲間を数えてそう言った。

 前衛は俺とペネロペ、それにガルム。後衛にはマリアちゃんとデューク。回復の法術を使えるのが俺だけってことには少し不安があるけど、ストーンゴーレム一体だけなら問題はないだろう。

「私の戦力をあてにしているのかね」

 デュークが少し面倒くさそうにぼやいた。

 俺はデュークが戦うところは見たことがない。偉大なる魔術師を自称しているから魔法にはそれなりに自信があるんだと思うけど、だからって戦闘用の魔法が得意だとは限らないか。

「戦闘に自信がないなら、無理にとは言わないけど」

 ストーンゴーレムくらいなら俺ひとりでも倒せるし、無理に手伝ってもらう必要もない。巻き込まれないように離れていてくれた方がむしろ戦いやすいかもしれない。

「自信がない? はっはっは。またまたご冗談を」

 うーん。もしかしたら侮ってると思われたかな……。そういうつもりじゃなかったんだけど。

「まあ、頼りにしてるなら仕方がない。ちょっとばかり本気を出してやろう。私の両手で放つチョップ攻撃は魔獣ですら一撃で葬り去る」

 チョップ? 両手で? デュークが?

「……デュークは後衛のつもりだけど」

 俺の言葉にペネロペも頷いている。当のデュークはというと……

「え……」

 え、じゃないよ。

「だって、魔術師……」

 見た目が猫とはいえ、自称『偉大なる魔術師』がなんで前衛でチョップ攻撃をするんだ。おかしいだろう。

「別に殴ってもいいし、蹴ったっていいだろう」

 そうかな? いや、まあ魔術師を名乗っていても猫なんだから、本来の野生的な戦技まで失ったわけではないんだろう。ひっかくとか、かみつくとか、すてみタックルとか。その中に大上段からの両手チョップなんかがあってもおかしくはない。……のか?

「私の閃光魔術は物理打撃属性なのだ」

 そう言って、デュークは胸を張った。

 わけがわからない。

 

       *

 

 ストーンゴーレムは強敵じゃなかった。戦う前からわかってはいたけど。俺はほとんど出番もなかった。「上達したところを見せたい」というマリアちゃんの魔術がゴーレムの機能を破壊したからだ。

 複雑な表情なのはペネロペ。明らかに年下のマリアちゃんがこれほどのちからを持っているとは思っていなかったらしい。差を付けられている気分なのかもしれない。

 俺が異界で冒険した時、マリアちゃんは俺と一緒にかなり多くの魔獣を倒したから、その経験もあって見た目の年齢に似合わないくらいに強い。冒険の後も研鑽を続けていたようで、戦いに使う魔術に関しては、成長した姿のマリアさんにも匹敵する。

 ……振り返ると、その二人とそれぞれ合計ふたつの大冒険を繰り広げた俺は、そりゃあ、闘気(フォース)竜気(オーラ)が限度を超えて強まっても仕方ないところだよな……。

 それで、ストーンゴーレムが守っていた扉。

 どこかに本物が実在していたら、誰かがゴーレムを設置してまで守りたかったくらいの宝物が収められていたかもしれないけど、今回はまぼろし。

 宝物を手に入れる夢を見た、というのは、目覚めた後で少し残念な気持ちにはなっても悪夢とまでは言えないかな。

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