「ペネロペ!」
名前を呼ぶ声がして、ペネロペはもちろん、俺たちもそっちを振り向いた。
「どうかなさいましたか?」
ペネロペがすました顔で訊ねると、男は駆け寄る足を緩めた。
「あ、いや、すまない。娘によく似ていたから……。しかし、うちの娘がこんなに凜々しいわけがない」
そう言う男の顔を見て驚いたのは、ペネロペよりもむしろ俺。
「アゼルさん?」
そう。俺の仲間で、暗黒司祭のアゼルさんだった。
と思ったんだけど……
「アゼルは俺の弟だ。あんた、あいつの知り合いなのか」
「あっ、あー……ええ、まあ、そうです」
……なるほど、兄弟か。そうだった。ペネロペは、アゼルさんにとっては姪。アゼルさんのお兄さんの娘だと言っていた。そのお兄さんがここにいるのはまったく不思議じゃない……どころか、いない方がおかしい。
それにしても、似てるなあ。言われてよく見ればアゼルさんよりも肌が日焼けしているし、瞳の色は同じでも目つきは生気に溢れているし、黒髪もアゼルさんより短く切りそろえている。そうまで差があれば普通は見間違えるわけないんだけど……
うーん。やっぱり、一瞬だけ視界に入ったくらいだと、ふと間違えてしまいそうになるな。
「娘さんをお探しなのですか」
俺とその人との間にペネロペが割り込んだ。確かに、今はアゼルさんの話をしている場合じゃない。
それで、目の前にいるのも間違いなくペネロペなんだけど、いまこのあたりにはもうひとり『ペネロペ』がいるはずで、この人にとってはそっちが『本物の娘』ってことになる。
「親父と出かけたんだが、まだ戻ってない。普段なら夕方まで帰ってこないから当たり前なんだが、こんな時だから心配で……」
それはそうだろう。今も不気味な地鳴りが響いてきている。その異様さを理解しているからこそ、村の人たちも避難に積極的な協力をしてくれたわけだ。
その中で自分の親と娘の行方が知れない。心配になって当然だ。
「歳は十一歳。髪はストロベリーブロンド……ちょうどあんたの髪と同じ感じの色で……」
娘の特徴を話してくれたけど、数年前のこととはいえペネロペには違いないわけだから、実際に見れば一目瞭然だろう。
話を聞いたペネロペが頷く。
「わかりました。こちらでも探してみます。お見かけしたら、両親の元へ戻るよう伝えておきますわ」
大教会の聖騎士が、なお冷静で、落ち着いている。
その様子は安心感を与えたようだ。ペネロペのお父さんは「よろしく頼みます」と頭を下げて村人の輪に戻っていった。
「居場所はわかっているので後回しにしていたのです。ですが、そうですね。親は心配ですわよね……」
ペネロペにとっては過去の出来事。その時に自分がどこにいたのか、何気ない日常の中でのことならともかく、こんな大事件の時のことだ。はっきり覚えていても不思議じゃない。
それで、動じず落ち着いているように見えるというわけだ。
「親が心配してくれているというのは、少々申し訳ない反面、嬉しくもありますわね」
ペネロペは微笑を浮かべて、父親の背中を見送った。
「あの、もしかして、と思ったんですが……ペネロペさんのご両親はまさかこの時に……?」
マリアちゃんがこっそりと俺に囁きかけてきた。この災害でペネロペの両親に不幸があったんじゃないか、という疑問をさすがに本人には訊けない、ってところだろう。
でも、実はそこのところは心配なかったりする。
「ご両親は、無事だったんだよね」
俺がそう言うと、ペネロペは笑いながら「はい」と頷いた。
「両親だけでなく、祖父もです。つい最近ですけれど、手紙が届きまして。村の復興に関わりながら元気に暮らしている、と書いてありましたわ。そうと知らないままだったら、父の顔を見て泣いていたかもしれませんわね」
ちなみにペネロペは「聖騎士としての修行を途中で投げ出したくはありません」と言って、まだ故郷には帰っていなかったはずだ。こんな形とはいえ父親に会えて嬉しくないはずはない。
それでも、私情は後回しに、まずは住民の避難を優先した。
俺はそれを、立派だと思う。
「ペネロペはこの時、どこで何をしてた?」
「祖父と一緒に草原にいましたわ。祖父は羊飼いでしたので、羊たちと。幼い頃のガルムも一緒です。祖父によくなついていて……」
うん、ということは……羊飼いのところに狼がいたってことになるのか?
「大丈夫なのかな、それ」
「地形の関係か、私と祖父がいたあたりは難を逃れていましたから。むしろ今から向かう私たちの方が危険かもしれません」
そのことについて言ったつもりじゃなかったけど、いや実際、今はそのことの方が大事だな。
「故郷の方は、手は尽くしました。あとは『私』を迎えに行きましょう!」
*
赤竜山が火を噴いた。
俺はすでにその予兆に気付いて山を注視していたから、その瞬間をはっきりと見た。
頂上より少しこっち側の斜面を地中から突き破って、まず噴き上がったのは真っ黒な煙。それはみるみるうちに空へと延びていき……
そして、轟音。
とっさにペネロペとマリアちゃんを支える。デュークのことまでは支えきれなかったから斜面を転がっていってしまった。
噴火の轟音が届いただけでこの衝撃。とんでもないことだ。
「――ッ! ――――ッ!」
「なんだって?」
ペネロペが何か言っているけど、よく聞こえない。それどころか、俺自身の声も遠く感じる。どうも、噴火の轟音に耳が驚いたらしい……。
それでも身振りで意志を伝えようとするペネロペが、山の方を指差した。
見れば、噴き上がった煙の中から石のつぶてが降ってきてる。みんな大急ぎで岩陰に隠れたけど、全員が完全に隠れられるほど大きな岩じゃない。
ペネロペが大盾を頭上に掲げて、小柄なマリアちゃんとデュークをも守る体勢になった。これで三人は大丈夫だろう。俺とガルムは自力でなんとかしなくちゃならない。
幸い、俺たちの能力を超えるような大岩は降ってこなかった。せいぜい拳大というところで、これなら衝突の瞬間だけ
そうしてどのくらい経ったか。ようやく石の雨がおさまった。
「みんな、大丈夫?」
声をかけるとみんなそれぞれ頷いた。どうやら無事らしい。
ペネロペの大事な大盾は表面がぼこぼこになってしまっていたけど、壊れはしなかった。それを支えていた腕もかなりの衝撃を受けたはずだけど、骨折したりはないみたいだ。
……本当に幸いだった。近くには俺たちが隠れていたのと同じくらいの大きさの岩も落ちてきていた。そもそも防壁としてあてにしていたその岩自体、以前の噴火で降ってきたものだったのかもしれない。
「山の方で、何かが赤く光ってます。あれは?」
そう言ってマリアちゃんが指差したのは、ちょうど噴火のあったあたりの斜面。その上の空には噴き上げられた煙が黒雲となってたちこめているせいもあって、赤い輝きがいっそう目につく。
「オホン。アレは溶岩流だ。炎の川とでも言おうか。いずれ斜面を下ってくる。侵攻はさほど速くなく走って逃げられる程度だが、止めることは、我々のちからではできないだろう。森は焼かれ、川は涸れる。村も畑もあれに呑まれたらおしまいだ。強大な氷の魔術の使い手でもいれば別だが」
それは……ここにステラさんがいれば何とかしてくれたかもしれないわけか。でも、今それを言ってもどうしようもないな。