竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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ペネロペを追って

 幼いペネロペとその祖父が隠れているという岩場は、その近くにあった。

 周囲には羊が何頭かいて、仔狼のガルムも先輩の牧羊犬と一緒にそれを見張っている。

 その中心あたりの岩陰にいるのが、一人の男性。

「じいちゃ……そこの方! ご無事ですかっ?」

 その人物を見たペネロペが一瞬、気安い呼び方をしてしまいそうになっていた。

 見れば、歳を重ねてきた顔にはアゼルさんにも近い面影がある。ペネロペの父方の祖父ってことで間違いないだろう。

「私は自由と光の教団の聖騎士……見習い……ですわ。足を怪我されたのですね?」

 祖父の傍に屈み込んで、ペネロペが確認する。

 どうも、ここでは『謎の聖騎士見習い』で通すつもりらしいな。まあ、いちいち説明している時間がないせいでもある。

 足の怪我は、さっきの石つぶてを足に受けてしまったようだ。片足だけとはいえ、これでは全力で走ることはできないだろう。それでここに身を潜めていたのか。

 でもこのくらいの傷なら。

 俺は進み出て、その人の足の怪我に〈回復(ヒーリング)〉の法術を施した。このくらいの外傷ならすぐに治る。どういう仕組みでそうなってるのかはよく知らないけど。

「あんた法術が使えるのか。助かる……」

 仲間内では『あまり法術が得意ではない方』の俺だけど、世間的には魔法を使えるというだけで珍しいそうだ。魔法の素質がある人がざっと百人に一人で、そのうち魔法を学べる環境にいる人となればもっと少ない……ということらしい。

 俺の法術の先生は、最初はニーナだったな。ニーナはいとこだし、学べば使える程度の素質がある家系なのかもしれない。他の仲間たちがすごすぎるから「魔法が得意だ」なんてとても言えないけど。

 まあ、そんな俺の法術でも、この人の怪我は治った。

「俺はもう大丈夫だ。ちょっと休めばすぐ元気になる。それより孫が心配だ。町まで助けを呼びに行くと言って、一人で走って行ってしまった」

 孫というのはもちろん、幼いペネロペのことだ。

「……もう行った後でしたのね」

 村の人たちの避難にはテキパキと立派に行動していたペネロペだったけど、肝心なところで手抜かりがあったな……。

「追いかけます。ですがじいちゃ、んんっ、この方をこのままにしておくのも心配ですわね……」

 そう言ったペネロペの横で、ガルムが一声鳴いた。しきりに背中を気にしている様子で、その意図は明らかだ。

「背中に乗せて村まで送っていくつもりらしい」

 デュークがそう『通訳』してくれたから間違いない。

「ねこがしゃべった……!」

 おじいさんが驚いているけど、今は時間が大事だ。放っておこう。

「……また、会えますわよね?」

 ペネロペの問いかけに、ガルムは頷いたように見えた。

「狼に乗るのは初めてだ」

「犬ですわ」

「そうか、犬か」

 そんなやりとりの後で、ペネロペのおじいさんはガルムの背に乗った。というより、しがみついた。ガルムは体が大きいし毛は長いから、何とか大丈夫そうだ。

 幼いガルムもその足下にいる。村へは羊と共に大移動だ。災害に怯えた様子の羊たちに対して、先輩の牧羊犬ともどもやる気に満ちている。

「いっておいで!」

 ペネロペが声をかけると、ガルムたちは出発した。

 心配げに見送るペネロペの背中に、デュークが声をかける。

「あれは一匹だけでもうまくやるだろう。元は力の強い精霊だし」

「精霊?」

「かつては信仰を集めていたくらいのやつだ。私とは属する勢力が違って、上同士はあまり仲が良くないのだが、個人的にはお互いさほど恨みもない」

 単に狼にしては頭がいいとかでなく、そうか、精霊か。察するに、デュークも同じような存在なんだろう。

 それにしても、恨みがないというのは、どうだろう……?

「さっき噛まれてたけど」

「私もひっかいてやったからお互い様というものだ」

 出会い頭のあの攻防は恨みからのものではなかった、ということか。じゃあまあ、それはそれでいいとして。

 もうひとつ疑問があるな。

「デュークって、自称は魔術師なのにぜんぜん魔法使ってないような……」

「オホン。魔術師ではない。偉大なる魔術師、だ。安易に手の内を明かさないのが『デキる』魔術師というものだぞ」

 それは……そう言われるとそうなのかもしれない。

「それになライオン君。かつては猫の国を統べた私がたかだか犬っころ一匹に本気を出すのは、いかにもおとなげないじゃないかね」

 そういうものかな?

 考えてみれば俺も、例えばさっき遭遇したプレイグラットが一匹でうろついていたとしたら、それに魔剣技を使おうとは思わないな。似たようなものか。

 

       *

 

「そもそも、おじい様も悪いのですわ!」

 幼いペネロペを追って草原を急ぐ俺たちに、ペネロペがそんな言い訳を始めた。

「お前だけでもなるべく遠くへ逃げろ、なんて言うものですから、私はとにかく本気で走って走って……それで帰り道がわからなくなってしまったんですもの!」

 おじいさんが言っていた話とちょっと違う気がするな。幼いペネロペが助けを呼ぶために駆け出していったと、そう言ってたような。

 どっちの話が本当にしろ、ペネロペらしい行動だと思う。前を向いて突き進む感じと、そのせいでちょっと周りが見えてないことがある感じ。それがどちらかというと欠点であるよりも美点になっているのは、人一倍努力しているからでもあるだろう。

 そんな話をしながら進むと……

「魔獣がいます!」

 いち早く気付いたマリアちゃんが警告の声を発した。

 確かに、何かいる。一匹じゃない。少なくとも六匹。

「リザードマンだな。奴らもあの噴火で住処を捨ててきたのだろう」

 デュークがそう指摘した。

 リザードマンとは、二足歩行のトカゲだ。自由になった両手……両前足、で武器を操る。群れを作って暮らしていることが多く、ときどき人間とも縄張りを巡って争う。

 そんな感じのことをデュークが解説してくれたけど、正直、のんびり聞いている場合じゃなかった。

 リザードマンの集団は、俺たちと幼いペネロペの間となる位置にいる。避けて通れば戦いにはならないかもしれないけど……

「俺が先頭を行くから、遅れずについてきて。――押し通る」

 突っ切った方が早い。

 マリアちゃんは以前俺の冒険を手伝ってくれていたこともあって、俺がそう言うのを予想していたかのようにすぐに「はい」と頷いてくれた。

「相手が六匹、こちらは四人。少々不利なのでは?」

「問題ない」

 ペネロペの懸念はわかるけど、それは個々の力量に大きな差がない場合の計算だ。でも今回の相手はリザードマン。駆け出しには辛い相手でも、俺とマリアちゃんなら一気に倒せる。

 駆け寄ると、相手もこっちに気付いた。それでいい。幼いペネロペに気付いて追って行かれると困るし。

霊気(マナ)よ、輝き荒ぶる雷となりて吹き荒れよ! ――〈雷嵐(サンダーストーム)〉!」

 マリアちゃんの魔術が発動して、放たれた稲妻がリザードマンたちを打ち据える。

 その威力にうろたえる敵のただ中に跳び込んで、俺は闘気(フォース)を高めた。……まあ、ちょっとくらいは大丈夫だろう。持ってるのも魔剣じゃないし、やりすぎることはないはずだ。

 右手の短剣を振り抜くと、溜めた闘気(フォース)がリザードマンたちをなぎ払った。威力はまあ、こんなもんだろう。これ以上になると短剣がもたない。

 俺とマリアちゃんの攻撃で、リザードマンたちは逃げ散った。死なせないように手加減したのは、必ずしも博愛の気持ちからじゃなく、リザードマンが群れで復讐に来ないようにするためだ。痛めつけるだけで帰した方が、群れが人間の危険性を覚える。……というのは、以前ステラさんに言われたことだけど。

「ご苦労、マリア君、ライオン君。私が魔法を使うまでもなかったな」

 デュークはどうもあてにならないな。本人が言うとおり実際はとても強いのかもしれないけど、今のところその片鱗も見えない。

 いいけどね。今のところは猫の手を借りなくても問題ない程度の相手ばかりだ。

「リザードマン……こんなにも簡単に倒してしまえるのですね」

 半ば呆然と、ペネロペが呟いた。

「やはり、リオン様はお強いですわね。今のでも本気ではないのでしょう?」

「魔剣でもないしね」

 ここ半年で魔剣が必要だと思ったのはシードラゴンくらいだしなあ。他はそもそも本気を出す強さじゃなかった。油断は禁物とはいえ、その程度の相手に魔剣を使うのは、デュークの言葉を借りると「邪神を倒した俺がそのくらいの相手に本気を出すのは、いかにもおとなげない」ってところか。

「幼い私は、一匹のリザードマンに追われていました。小さい私にはその一匹でもとても大きく見えて、本当に恐ろしかった……」

 幼いペネロペを探して進みながら、ペネロペがそんなことを言った。

 そんな危険な状況なら早く追いつかないと、と驚いたけど……

 ペネロペは「心配要りませんわ」と続けた。

「もう追いつかれると思ったその時、助けが現れるのです。白い鎧に身を包んだ聖女……大教会の聖騎士、レベッカお姉様ですわ!」

 なるほど、レベッカさんならリザードマンの数匹くらい……

 いや……いやいや。

「それ、数年前ってことだよね? レベッカさんもまだ聖騎士になって日が浅いんじゃ……」

 そうなると、うーん。

 レベッカさんも俺との冒険で急激に力を付けたと言っていた。それ以前のレベッカさんなら、今のペネロペと大差ないくらいの強さだと思う。

 とても一人でリザードマンと戦える力量じゃないはずだ。

「確かに今にして思えば、あの時のお姉様は、戦技に関してはまだ今ほどお強くはありませんでしたけれど、それでも、大先輩が駆けつけてくるまで私を護り、勇気づけてくださいました。誰かを守りたいという意志と決意……私はお姉様から感じたそれに、とても感銘を受けましたの。そして、私もお姉様のようになりたいと……」

 なるほど。他人を勇気づけるのに、ちからは必ずしも必要じゃない。その意志があれば、伝わることだってある。

 そういうのって、俺にも経験あるな。確かあれは――

 と、記憶を辿ろうとした時。

 金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。戦いの音だ。近い!

 俺たちは駆ける足を速め、その場へとたどり着いた。

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