「くっ!」
金髪の女聖騎士――レベッカさんが、盾を構えて立っていた。その背に、幼い少女を庇っている。珍しい色だというストロベリーブロンドの髪。間違いなくペネロペだ。さらにその後ろには大樹がある。背後から攻撃される危険がないようにそこに立ったんだろうけど、追い詰められている格好でもある。
その二人を取り囲むように、リザードマンが三匹。
……三匹だ。
「そんな……あの時は確かに一匹だけで、レベッカお姉様が」
呆然と呟く声が聞こえる。
「知らない……私は、こんな記憶は……」
うっすらと感じてはいたけど、ここはどうやらペネロペの記憶の中じゃないみたいだ。それなら多分、デュークが言った言葉によると『可能性の世界』ってやつなんだろう。
あり得たかもしれない可能性。
それは当然、悪い方に転ぶことだってある、ってわけだ。
「俺があのでかいのを引き受ける。ペネロペはレベッカさんの援護を」
三匹の中で一番大きいのに狙いを定めて、俺は飛び出した。
「気を付けろ、ライオン君。そいつはただのリザードマンじゃないぞ。リザードロードだ。他の二匹はリザードバトラーに違いない」
リザードロードか。リザードマンの中でも特に大きい、群れのリーダー格。竜とはわりと近い種らしくて、魔剣〈
ただ、今は魔剣がない。俺には何の変哲もない短剣があるだけだ。
対してリザードロードの方は、人間なら両手で使うような剣を片手で握っている。体が大きいだけじゃなく、武器の扱いが巧みな奴だ。盾も持つ。どっちも群れが獲得した武具の中で最上級のものを使っているそうだけど……今回の得物は、魔剣ではなさそうだ。
……それならまあ、いけるか。
今にもレベッカさんに大剣を振り下ろそうとするリザードロードに、俺は躍りかかった。敵も気付いて、俺に向かって剣を振るう。でも遅い。もちろん、この重量の剣にしては速いけど、クルシスと比べるとなあ。
隙を狙うのは簡単だ。ただ、一撃で済まそうとすると短剣が壊れる気がする。こいつを倒してもあと二匹いるから、それはちょっとまずい。全開にせず抑えないとな。
「あ、あなたたちは……?」
「味方なので安心してください」
レベッカさんが不思議そうに見つめてきたけど、簡単な説明だけにした。
俺がよく知ってるレベッカさんより数年分若返って見えるから、今は俺より年下か。とても小さく見える。いくら勇気で立ち向かうといっても限度があるな。
まあ、俺たちが間に合った。問題ない。
「盾も鎧もないし、短剣ひとつじゃ無茶よ!」
普通ならレベッカさんの言う通り。さすがにリザードロードはちょっと手強いと言えるだろう。
でも、俺にとってはせいぜい「少しは歯ごたえがありそうだけど、ドラゴン未満だろ?」という程度だ。倒したことがない相手でもないし。
リザードロードも俺を無視はできないと理解した様子で、さらに打ちかかってきた。
それを待ち構えて、隙を見せたところを打つ。敵が怯んだ一瞬に、短剣が壊れない程度の
思えば、短剣の戦技は仲間の中ではメルツァーさんが得意だったな。真似できる気はしないから、自己流になるけど。
いける。
数度の衝突でそれを確信して、あとは思い描いた線をなぞるだけだ。
力なく「あしゃっ」と叫んだリザードロードは、ほどなくして逃げていった。もちろん、それまでにかなりの流血を強いたし、対する俺は敵の斬撃を全て防ぎきった。逃がさないで倒してしまうこともできたけど、そうまでする意味もない。力量の差は十分、骨身に染みただろう。
他の二匹もペネロペとマリアちゃんの連携でうまく追い払えたみたいだ。
「今の戦技は初めて見るものだったな。なかなか面白い。うーむ、よし。名前は
デュークは相変わらず何もしてないのに偉そうだ……。
短剣は無事にこの難局を乗り切った。なるべく
「ありがとうございます。助かりました」
ようやく戦いの緊張から解放されたレベッカさんが、そう言って頭を下げた。
「この子が追われているのが見えて、一人で飛び出してきてしまったんです。でも、こうして助けてもらえなければどうなっていたか……」
大教会の聖印である陽光十字の刻まれた盾には、大きな傷ができてしまってるな。でも、あのリザードロードの攻撃を受けたんだから、真っ二つにならなかったというだけでもかなりの幸運だと言えるだろう。
「本当に間に合って良かった」
気持ちが言葉に出ると、ペネロペも頷いていた。
「あの……今の戦いぶり、さぞ名のある方だと思うのですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
訊かれて、少し悩んだ。
名乗っていいんだろうか。この異界の俺が迷惑したりしないかな……。
でも結局、これで名乗らないのも不自然だと思い直した。
「俺はリオン。それにマリアちゃんとペネロ……」
「ペネロピですわ」
ぴ? ……まあ、近くに幼いペネロペもいるから混乱させないためには仕方ないか。
「それと、この猫はデューク」
「〈偉大なる魔術師〉デュークだ」
その肩書きは絶対に必要なのか? どうしても何か必要なら〈しゃべるねこ〉で十分だと思うけど。
「喋る猫のいる土地から来たのですね。その服装からすると、南の方でしょうか」
……レベッカさんは猫が喋っても落ち着いてるな。
「あぁぁぁぁぁぁしゃぁべったぁぁぁぁぁぁぁ!」
幼いペネロペの方はいつもの反応だった。
「私たちはその子の家族に頼まれて、その子を探しに来たのですわ。無事でよかった。村には噴火の被害がありますけれど、住民の方々は避難済みです。赤竜山の様子がもう少し落ち着いたら、村へ送っていってあげてください」
ペネロペがそう要請すると、レベッカさんは「必ず」と頷いた。
「私たちはもう行かなければ」
その視線の先には、レベッカさんが背にしていた大樹。そこに不自然な扉が現れていた。
これまでの流れからすると、この異界からの出口だろうというのは予想がつく。
この扉がいつまであるかわからない以上、軽い気持ちでここに留まっているわけにはいかない。
それはわかっていても、ペネロペとしてはやっぱり、少し足が鈍ってしまうようだ。
「ペネロペ」
名前を呼ぶと、二人が振り向いた。そういえば、そりゃそうだ。うかつだったな。
まあ、動き出すきっかけにはなったみたいだ。
大きいペネロペが、幼いペネロペの肩に手を掛けて屈み、そして、少しためらってから、相手の目を見て口を開いた。
「ペネロペ。あなたには今後も様々な困難があります。ですが、目標とする人に追いつこうと努力すればきっと報われる時が来ます。目標とすべき人に、あなたは今日、出会ったはずです」
この日、ペネロペは聖騎士のレベッカさんに出会った。そしてその人を目標にして、自分も聖騎士の道を目指した。今のペネロペがあるのはそのおかげだ。
そのことを一番よく知っている本人が、これからその道を進む幼い自分自身へかける言葉。
幼いペネロペは「うん」と頷いた。
「あたし、がんばる。そしていつかリオンさまみたいな立派な戦士になる!」
……ん?
どうも、可能性の世界に良くない影響を及ぼしてしまった気がする……。
「……それもいいですわね。ぜひ、そうなさい。ですが、そのためにはまず聖騎士を目指すのがおすすめですわよ」
ペネロペはそう言って自分が歩いた道の方を示したけど……
俺たちはその幼いペネロペがこれからどうなっていくのか、見届けることはできない。
それが本当の悪夢、なんてことにならないといいけどね……。