俺たちが『隣町』と呼んでいるここ『荒水の町』は、神託の霊峰の南西に位置している。大陸を横断する天駆の街道の上にある町のひとつだ。
名前の由来は、神託の霊峰からの雪解け水が毎年のように川から溢れてくるかららしい。
そういう話を聞くと、昨日クレールが提案した堤防の整備も案外、重要度の高い案件かもしれないと思ったりする。
早朝に出たおかげで、この町に着いたのはまだ午前中。少しだけど予定より早く着いた。
その分で何かやりたいことがあれば、とニーナに提案してみたけど。
「それなら食材を見極める時間にあてたいな」
と言われてしまったので、肉屋に直行。
ニーナを肉屋の前で降ろして、俺は村の人から頼まれた配達。
終わって戻る頃には、ニーナは「これ! これにしよう!」と推すほどの牛肉を見付けていた。……丸々一頭分のように見える。買えるけどね。食べきれるのかな、これ。
そんな感じで。
ついでの配達も、主な目的だった牛肉の購入も、みんなへのおみやげ選びも、滞りなく済んだ。
少し買いすぎたかな、と思ったけど、金額は大したことはない。むしろ、こんなに安かったかと思ったくらいだ。
よくよく考えてみると、強敵と戦っていた頃には買い物っていうと、魔剣、魔導器、霊薬というような、普通の人が手を出さない稀少で高価なものが多かった。
最近は前の領主が館に貯め込んでいた財産を村の復興の財源にするために、商人とずいぶんやりとりをして。それもやっぱり、高価なものばかり。
それと比べたら、そりゃあ、安く感じるのも無理はないだろう……と、ひとり納得。
帰りの馬車ではニーナと思い出話。
一緒に危険に立ち向かったのは、もちろんその時は大変だったけど、終わってしまった今はいい思い出だ。
思い返すと、ニーナにはずっと助けられてるな。
強敵との戦いが激化した頃には、ニーナを危険から遠ざけていたこともあったけど、その時には温かくて美味しい料理でサポートしてくれた。
それに助けられたのはたぶん、俺だけじゃなくて、みんなもそうだと思う。
そのせいで、ナタリーあたりからは「みんなのお母さん」なんて言われてて、本人は少し複雑そうだけど。
ふと気付くと、ニーナは荷台で寝息を立てていた。
いつもお疲れさま。
*
館に帰り着くと、俺たちの帰りを今か今かと待ちわびていたであろうナタリーが、盛大にラッパを吹き鳴らして大歓迎してくれた。大袈裟な。
「やったー! おくにだー!」
歓迎のラッパの音を聞きつけて、ミリアちゃんも満面の笑みで館から飛び出してきた。大袈裟……とは思うけど、二人が馬車の周りを踊りながらくるくる回っているのはちょっと面白い。
やがてラッパはミリアちゃんの手に渡り、騒がしい演奏が続く。
「特級たのしみです!」
ちょっと心配になるくらい大喜びの二人に少し遅れて、クレールとステラさんも様子を見にやって来た。
みんなが驚いたのは、買ってきた肉の大きさ。
「うわあ、結構大きいね。一頭分かー。こんなに買ってくるとは思わなかったよ」
荷台を覗き込んで、クレールが呟いた。
「すぐ食べきれない分は燻製にしようかなって。自分で作れば燻製肉も好みの味付けにできるし、飽きない工夫になるはずだから。塩の濃淡だけでも結構印象が変わると思うよ」
「そっかー、それは楽しみだね」
「……楽しみ」
みんなの反応も上々。わざわざ行って買ってきた甲斐はあったかな。
俺とニーナは顔を見合わせて笑った。
「さーて。思ってたより早く帰ってこられたし、準備の時間も十分にあるから、今夜はこのお肉をー……」
荷台に立ったニーナはみんなからの視線を受けながら、少し言葉を止めて。
「このおにくをー……?」
焦らして、焦らして……。
「――焼いちゃいます!」
「わー!」
主にナタリーとミリアちゃんあたりから歓声。そして拍手。
「裏庭の調理炉を使うから、ミリアちゃんとナタリーは倉庫から鉄板を出して来てくれる? リオンは荷物を運び込むのを手伝って。お肉は、すぐ使わない分は貯蔵庫に入れないとだし」
ああ、裏庭の調理炉。あれを使うのか。
俺の故郷では時々、広場の共用調理炉に村の人たちが食材を持ち寄って、どんどん焼いてどんどん食べる、っていう集まりがあった。
という話をしたら、雨の日が多い雷王都市出身のニーナには屋外で調理する習慣はなかったみたいで、妙に食いついてきた。
だから、調理炉もいつか使うかもしれないと思って、記憶を頼りに耐火煉瓦を組んで作っておいたんだった。ついに活躍する時が来たのか。
「今夜全部食べちゃうですよ!」
「食べちゃうぞー!」
「それはだーめ」
ナタリーとミリアちゃんの宣言には、ニーナからすぐにダメ出し。
「僕は何を手伝おう。お皿取ってこようか!」
「やめてね?」
即座に却下されて、クレールは「ぐぬぬ」とうなだれた。
「食器の用意はステラに任せるね」
「了承した」
「クレールは炉の近くまで薪を運んでおいて。その後は椅子と、小さめのテーブルもお願いね」
ああ、ちょっと落としたくらいじゃ壊れないやつね……。
賢明な判断だと思う。クレールはちょっと不満そうだけど。
そうこうしているうちに、ナタリーとミリアちゃんはすでに鉄板を運び出してきていた。
二人で力を合わせて鉄板を運ぶ、その歩みに合わせて、
「お・に・く!」
「お・に・く!」
という掛け声。
「あたしは今日この日をおにく記念日にして、一生忘れることはないです! たぶん!」
言いながら二人は裏庭の方へと消えていった。
でも、姿が見えなくなっても「お・に・く!」という掛け声だけは聞こえてくる。
「ほとんどお祭りだな……」
言うと、ニーナも「あはは」と笑った。
*
日が落ちてから裏庭に出て、調理炉のそばで夕食。
外だからもちろん寒さはあるけど、これだけ火が燃えていれば、汗ばむくらいだ。
熱々の鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てながら肉が焼けていくのをみんなで見守って、焼けたものからどんどん食べていく。
あたりにはたくさんの煙とともに、香ばしい、いい匂いも漂っている。
鉄板の上では一緒に野菜や茸も焼かれていて、ステラさんとマリアさんはそちらを中心に食べているみたいだ。けど、ナタリーとミリアちゃんの狙いはやはり肉。全部食べるという宣言通り、かなりの勢いで食べ進んでいる。クレールは肉と野菜のどっちもバランス良く食べてるな。
俺とニーナは今のところ、焼く係。まあ食材はたっぷりあるから、これがなくなるってこともないだろう。多分。
肉への味付けはシンプルに塩だけという以外にも、かなり値が張るけど奮発して用意した胡椒、それにニーナ特製のタレもある。
俺はこのタレで食べるのが好みかな。もう少し焼いたら俺も食べよう。
「あ、そういえばリオン、もしかしてサーベルタイガーを倒さなかった?」
食べるのを一休みしてお茶を飲んでいたクレールが、ふと思い出したようにそう訊ねてきた。
「ああ、俺が倒したよ。行く時に襲いかかってきたから」
「やっぱりリオンのしわざかー。倒されたサーベルタイガーがそのまま落ちてたから、村のみんなで運んできたんだって。一撃で仕留められてて状態が良いから、皮とか牙とか、結構高く売れるらしいよ」
なるほど。言われて思い返してみると、帰りには消えてたな。
厳密に言うと一撃で倒したわけではなかったけど、細かいことはいいや。大差ない。
でもそうか。村の人たちの中には、魔獣でもちゃんと解体できる人がいるのか。
だったら、倒したのを無駄にしないで済むようにできるかもなあ。
「そういうので装飾品とか作るのはどうだろう。村の特産品にならないかな」
「うーん。魔獣から採れる素材を原料にすると、安定的な生産はできないと思うなあ。臨時収入的にやるのは、いい考えだと思うけどねー」
それもそうか。
やっぱり、村の人たちの暮らしを良くするには、まず道の整備、それと港かなあ。
地道にやるしかないってことだよな。