「海だー!」
はしゃいでそう叫んだのはクレール。そのすぐ傍ではナタリーとミリアちゃんもそれぞれ両手を挙げて喜びを表現している。
「館のすぐ裏の浜辺だけどね……」
いつでも来られると思うと「急ぐこともないかな」って気持ちになるものだけど……
異界からこっちに来てしまったマーシャがみんなの輪に入っていけるように、今こそ延期していた海水浴をやるべきだ……と、クレールが提案したのが昨晩。天気もいいし、その翌日の今日に早速実現することになった。
「そもそも海に入るの自体も初めてじゃないよね」
「うん。親方と牡蠣を取ったりしたっけなー」
その時には俺は執務室で書類の整理をしてたな。そんな仕事がその日に組み込まれていたのはフューリスさんの策略だった、ということが後でわかったけど、いずれはやらないといけなかった作業。後回しにしていたのも悪いし、あまり強くも言えない。
それで結局、俺が海に入ったのは海竜と戦った時。入らざるを得なかった。その前に少し慣らしておくべきだったよな……。
今日はようやく、のんびり海水浴を楽しめる気分になれそうだ。
すでに海を泳いでいるのは、スペースハムスターのハスター。意外と泳ぎが上手い。どうも頬の内側にある袋にたっぷり息を溜めることによって浮いているらしい。驚きの生態だ。
「砂で夢のマイホームを作るです!」
「あたしはお城をつくる! お姉ちゃん、手伝って!」
「じゃあマーシャはあたしの手伝いをするです!」
騒々しく言い合って、ミリアちゃんとマリアさん、それにナタリーとマーシャが、浜の砂をかき集め始めた。海水浴はどうしたんだろう。ナタリーたちは前の時に海には入ってるはずだし、いいのかな。
それにしても……
当然だけど、みんな水着姿で、少し目のやり場に困るな。水着と下着の違いは水に濡れて透けるかどうかだ、なんて話を前にしたけど、肌の露出は大差ないわけで……
水着なら平気らしいから俺が見ててもいいんだろうけど、あまり注目しているとペトラあたりに怒られそうではある。……この言い方にはもちろん、本当はもっとよく見たいんだけど、という気持ちが込められている……。
ともあれ。
砂浜には麦わらの屋根がついたあずまやがある。ニーナから預かったお弁当なんかの荷物はひとまずここに置いておくことになってる。
中はそこそこ広くてベンチもある。風も通るし、休憩にはちょうどいい。
ステラさんは早速そこで本を読み始めてしまった。みんなに合わせて水着は着たみたいだけど、その上にもう一枚羽織っているし、どうも海に入るつもりはないらしい。ただ、その格好はどうも……本人は水着を隠しているつもりなんだろうけど、普段より少し脱いでいるとも言えるわけで、逆に気になってしまうな。
やっぱり、あまり意識しないようにしないと、身が保たない。
「リオンさん、タオル持ってきましたよ。どこに置きます?」
「ああ、ありがとう。そっちの台の上に置こうか」
ユリアがタオルを運んできてくれた。このユリアの格好も――いや、意識しないと決めた。意識しないぞ。……なるべく。
「リオンさんは泳がないんですか?」
そう言ってユリアが顔を近付けてくると、俺の視線はその胸元、黒の水着に隠された谷間へ向いてしまう。ユリアはきっとからかってるんだろうから、あまり反応するのも悔しい。なるべく平常心で対応する。
「まあ、みんなが危なくないように見張ってる役かな……それに、野良猫なんかにお弁当を荒らされるかもしれないし」
「見張りならステラさんがいるじゃないですか」
ユリアの指摘は、これがステラさんじゃなくてニーナなら「それももっともだ」と安心して任せるところだけど。
「ステラさんは本を読んでるから……」
野良猫が来てお弁当を開けても気付かないかもしれないし、猫好きを公言しているステラさんは、猫がお弁当を食べていてすら気にしないかもしれない。積極的に勧める可能性すらある。
「じゃあ私もここでみんなを見てることにします」
言って、ユリアは俺の隣に座った。
「私ってほら、
「たぶん?」
「そういうことにして、屋根の下にいようかなって」
少し秋めいてきたとはいえ、まだまだ日差しは強い。
あまり日を浴びない生活をしていると日光に弱くなるのは確かだそうで、止まない雨の降る雷王都市から来たヴィカは日光浴を避けていたな。
それと別に、太陽の光は
まあ、無理に海水浴を勧めることもないか……
……と思っていると、浜の方からクレールが小走りにやってきて、ユリアの前に立った。
「ユリアも来る!」
クレールにしてはちょっと強引だ。ユリアはクレールから腕を掴まれて、あずまやの外に引きずり出されていく。
「えぇー。私、泳げないんですよ?」
「ユリアが昨日そう言ってたから、僕が練習に付き合ってあげるってことに決めたじゃん! 本人が来ないでどうするのさ!」
「そうでしたっけ?」
ユリアはとぼけているけど、そういえば、二人がそんな話をしてたのは俺も聞いてた。もし口論になるようならその証言をするところだったけど。
「しかたないですね。クレールさんの暇つぶしに付き合ってあげます。それじゃリオンさん、また後で」
どうも俺の証言は必要なさそうだ。
クレールに引っ張られながら、ユリアは空いている方の手をひらひらと振った。
「あー! 負けちゃった! 悔しいからもう一回! もう一回やろ!」
ミリアちゃんが大きな声で嘆いていた。
確か砂の城を作ってたはずだけど、その作業に何の勝ち負けがあるのか……と見てみると、かき集めた砂で作られた山の上にぶすりと木の棒が立てられるところだった。
……いつの間に棒倒しになったんだろう?
たぶんミリアちゃんが築城に飽きたからだと思うけど、勝負を通じてマーシャも輪に馴染んでるみたいだから、それはそれでいいのかもしれない。
一方、ユリアとクレールの方は、どうも苦戦しているみたいだ。
「ユリアって本当に泳げないんだね……水に顔をつけることもできないなんて……」
「仕方ないじゃないですか。海に入るの、初めてなんですから」
これなら、シードラゴンとの戦いには連れて行かなくて正解だったかな。
でも、比較的安全な範囲でなら、新しいことに挑戦してみるのはいいことだ。
「まずはお風呂で慣らさないとだめかなあ」
クレールもそう言って、ユリアが泳げるようになるまでの具体的な計画を考え始めている。
「別に、私が泳げなくても困らないんじゃないですか?」
ちょっとうんざりした様子でユリアが呟くと、クレールは首を横に振った。
「出来なくてもいいんだよ……って言ってあげてもいいけど、それはユリアの未来の可能性を減らすことになるかもしれない。それってもったいないよ。だからもう少し頑張ってみようよ!」
ユリアは今必要でないことにはあまりちからを使いたくないみたいだけど、クレールは後のためにちからを使っておくべきだと考えているらしい。
どっちかというと、俺はクレールの意見に賛成かな。
ユリアはこれまで長い間、外の世界とは隔離されて歪みの民の神殿に暮らしていた。今後のためにも、多くの経験が必要だと思う。
「でもほら、あんまり厳しくして海自体が嫌いになったら逆効果じゃないですか」
その言い分もわからなくはないけど。
「あーっ! なんでー! どうしてー!」
ミリアちゃんはまた負けたらしい。棒を支える砂が少なくなってるのに一気に取りすぎなんじゃないかな……。
それにしても、賑やかだな。
今日はあいにく仕事や療養で来られなかった子もいるけど、それでもこの騒ぎ。みんな揃ったらどうなってしまうのか。
「……巻き込まれない限り、見ているだけなら、心地良い」
いつの間にか本から顔を上げていたステラさんが、そう呟いた。巻き込まれない限りは、ね。その気持ちはちょっとわかるから、俺も苦笑。
ステラさんは積極的に輪に入っていこうとはしていないものの、それでもこの場にいて楽しいとは、思っているみたいだ。
そのうちみんなでまた来たいな。今はいない仲間たちや、雷王都市にいるヴィカも、来られたらいいんだけど。難しいかな、とは、もちろんわかってるけど。
でも、いつかは。
そう思うくらいはいいだろう。