竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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お兄ちゃんと妹たち

 ある日の朝食の後で、ミリアちゃんとマーシャがそろって俺の前にやってきた。

「お兄ちゃん」

 そう言ったミリアちゃんの深刻そうな表情を見るに、何やら悩み事らしい。

 俺はこれから村の方に行く予定にしてたけど、港や漁の様子を個人的に視察するつもりでいる程度で、ミリアちゃんの悩みを放って出かけるほど重大なものじゃない。

 場所を執務室に移して、俺は二人と向かい合って座った。

「どうしたの、ミリアちゃん」

 マーシャが一緒にいるところを見ると、ふむ、もしかして喧嘩でもしたかな。……という俺の予想は外れた。

 ミリアちゃんが、深刻な顔で口を開く。

「マーシャがお姉ちゃんみたいなの……」

「急になに」

 マーシャは『異界のマリアさん』にあたる子だから、ミリアちゃんの姉であるマリアさんとはよく似ている。それはそうだろう。説明を聞いてミリアちゃんも一応は理解していると思ってたけど。

 でもどうも、そういう話じゃないらしい。

「話してるだけでもちょっとオトナっぽいとは思ってたけど、今日の朝、ケッテイテキなことがあったの」

「決定的なこと?」

 訊ね返すと、ミリアちゃんは神妙に頷いた。

「うん。あのね……マーシャが、あたしより早起きして、あたしが今日着る服を用意してくれてたの……」

 ……そこまで深刻な話だろうか。隣にいるマーシャに視線を送っても、マーシャも困り顔をするだけだ。

「それって、お姉ちゃんのやることだと思う! でね、あたしはマーシャのお姉ちゃんなんだから、それはあたしがやらなくちゃいけなかったの……」

 そういうものかな?

「マーシャは、どう思う?」

 もう一方の当事者に発言を求めると、その子は困り顔のまま応じた。

「姉の支度をするのは慣れてますから……妹の仕事だと思ってました……」

 ああ、異界のミリアさんは確かに、身のまわりのことは妹のマーシャに任せっきりだったな。俺の目から見ても、正直なところ、家庭的な面での生活力があるようには見えなかった。法術に関しては天才的だったけど、その分、他のことは疎かというか、適性がないというか……。

 こんなことがあった。異界での冒険の時だ。

 ミリアさんが「リオンくんに手料理をふるまうよっ!」と言って宿の厨房を借りに行った。そうして出てきた料理はとても美味しかったけど、ミリアさんはその料理の名前はもちろん、自分で扱ったはずの食材も答えられない始末。俺も途中で気付いたけど、実は、その料理を作ったのは妹のマーシャだった……というわけだ。

 ミリアさんもかつては、姉として、マーシャのために料理をしてあげたことがあったらしい。だけど最終的には、当のマーシャ本人から厨房への立ち入りを禁止されたんだそうだ。

 ただ、だからってミリアさんが姉として失格なのかというと、もちろんそんなことはない。

 俺たちが出会ったきっかけは、マーシャの病気を治すために薬を取ってきてくれと頼まれたからだった。そのあたりの事情は、マリアさんとミリアちゃんの時とよく似てる。

 最終的に『一番活躍している冒険者』の俺を指名して依頼を出すまでに、ミリアさんは手間を惜しまず東奔西走した様子だった。俺が話した限りでも、妹のことをとても大事に思っていることは伝わってきた。

 だから、そうであろうと思うなら、ミリアちゃんだってマーシャの『お姉ちゃん』になる素質は十分にあるはずなんだけど。

「ミリアちゃんは、どうしたいの」

「お姉ちゃんなんだから、お姉ちゃんらしくしたいの!」

 ……抽象的でよくわからない。

 ミリアちゃんの言う「お姉ちゃんらしく」の基準はたぶん実の姉であるマリアさんだから、そこで『異界のマリアさん』であるマーシャと張り合うのは、分が悪いんじゃないかな。

 そして二人が『ミリアとマリア』である以上、基本的には、ミリアがマリアのお世話になるって構図は変わらないんじゃないだろうか。

 それ以外のところで何か、ミリアちゃんが納得するようなことがあればいいんだけど。

「私は……ミリアさんのことはちゃんと姉だと思っています。実の姉と同じ感じというか……他人とは思えないです。姉と歳が近かったらこんな感じなのかな、と」

 マーシャのそれは、本当に正直な気持ちだろうと思う。

 二人の間で『姉』と『お姉ちゃん』のイメージがすれ違ってるのが問題なんだよな……。

 と、そこに……。

 バーン! と、勢いよく扉が開け放たれた。

 そうして現れた人物は手を腰にあて、胸を反らし、得意げな顔で言い放った。

「話は聞かせてもらったよ! 僕に妙案があるっ!」

 クレールが、何やらまた妙なことを思いついたらしい……。

「やっぱりここは二人で対決するべきだと思う!」

「ややこしくなるからもうしばらく離れてて」

 俺がそう言うと、クレールはショックを受けた顔で口をぱくぱくさせた。そしてそのまま、後からやってきたレベッカさんに連れて行かれた。

 もしかしたら本当に妙案かもしれないから、後でフォローはしておこう。でも、対決とか聞こえたな。あんまり期待はしないでおく。

「あの……」

 と、小さな声をあげたのはマーシャ。

「ちょっと、今の話とは、あまり関係ないことなんですけど……」

「うん。なに?」

 続きを促したけど、マーシャの反応は鈍い。何か言おうとはしているみたいだけど、口に出せないでいる様子だ。考えがまとまりきっていないのか、それとも何か俺には言いにくいことなんだろうか。

「……やっぱりいいです」

 しまいにはそう言って俯いてしまった。

 まあ、言いたくないことを無理に言わせることもない。

 ……と俺は思ったけど、ミリアちゃんの意見は違った。

「思ったことはちゃんと言わなくちゃだめだよ! のみこんじゃだめ!」

 ミリアちゃんは、そういうところあるな。思ったことはどんどん口にする方だ。

 ただ、姉のマリアさんはそうでもなくて、言ってもいいのかよく考えて結局言わない、ということがあるタイプだ。マーシャもどちらかというとマリアさんに近い性格みたいだけど……

 ミリアちゃんに言われて、思い直したみたいだ。

「あの、ミリアさ――姉が、さっき言ってて、私も……」

 それでも一気にとはいかず、途中で言葉を切って、少し迷って、それからようやく続けた。

「……私も、リオンさんのこと『お兄ちゃん』って呼んでみてもいいですか……?」

 そういえば、ミリアちゃんからはそう呼ばれてるな。俺はミリアちゃんの兄じゃないけど、そのくらい親しみを持ってくれてるってことだ。

 マーシャもそうしたいならすればいい。

「好きなように呼んで構わないよ」

 俺を呼ぶとき必ず『変態』って言う子もいるしね……。『お兄ちゃん』くらいは全然問題ない。

「それじゃ、えと……」

 それでもマーシャは少しためらったけど、ミリアちゃんが拳を握って応援する姿勢でいるのを見て降参したらしい。

「おっ……お兄ちゃん……」

「うん」

「……ちょっと恥ずかしいです……」

 別に、恥ずかしがる要素はないような気がするけど。実の兄と妹ではもちろんないわけだから、それで抵抗があるのかな。ミリアちゃんくらいまるで気にしない方が少数派なのかも。……俺もそっちか。

「あ!」

 そのミリアちゃんが突然、声をあげた。

 俺とマーシャがなにごとかと視線を向けると、ミリアちゃんが両手をぱちんと合わせた。

「んっんー! そうだ! あたしとマーシャが二人ともお兄ちゃんがお兄ちゃんなら、先にお兄ちゃんって言ったあたしがお姉ちゃんだ!」

 …………?

「マーシャが妹だねっ!」

 ミリアちゃんから確認されて、マーシャは「えと、はい」と頷く。

「そっかー。あたしがお姉ちゃんで、マーシャが妹なんだー。これで解決だね!」

 解決……なのかな。ミリアちゃんが何を言っているのか、実のところいまいちよくわからない。でも、それを聞いたマーシャが微笑を浮かべて頷いて。

「そうだと思います……」

 なので、そうなんだろう。

 ……お兄ちゃんがお姉ちゃん? やっぱりよくわからないけど、訊き返してまたこじれても困る。だから俺も微笑んだ。

 これで解決!

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