それは突然のことだった。
「おい、リオン! ウェルースのやつは来てないか?」
エントランスから俺を呼ぶ声が聞こえて駆けつけると、そこには一人の騎士がいた。
紋章が刺繍された黒いマント。鈍色の鎧。そして、見覚えのある顔。
間違いない。俺の冒険の仲間の、メルツァーさんだ。
くすんだ色の長い金髪に、特徴的なのは金色の瞳。背が高くて、人好きのする微笑を浮かべていることの多いこの人は、遠く東にある鉄騎都市の出身。聞くところではそこの騎士団長の息子だったそうで、本人も特殊な訓練を受けた
俺がまだ駆け出しの頃、たまたま一緒に魔獣を退治することになった。それ以来の仲だ。出会った時期で言うとニーナの少しあとで、レベッカさんやステラさんより早い、というあたり。
歳は俺より少し上で、二十歳くらいだろうと思う。
わりと調子の良いことを言う人ではあるし、普段はだらけているように見えるんだけど、それは『努力を他人に見せない』という性質の人だからだ。本当は人一倍努力しているのを、俺は知ってる。ウェルースさんから、そう教えてもらった。
ウェルースさんというのは、メルツァーさんの同郷の親友で、俺の仲間でもある。この人も
邪神との戦いの後は、西への旅を再開すると言っていた。何だか「けじめとして、西の外海までは見ておきたい」ということだった。
それでも、俺がここに館を構えたことは冒険者の宿を通して連絡しておいたし、ここを訪れたこと自体に疑問はないけど。
それにしても、この慌てようはどうしたんだろう。
「ウェルースさんは来ていませんよ。どうしたんですか、そんなに慌てて」
俺が言うと、メルツァーさんはそれに直接の返事はせず、自分の背後……正門の方を振り向いて、小さく呟いた。
「くっそ、あいつほんとに大丈夫なんだろうな」
メルツァーさんもウェルースさんも、俺の仲間として一緒に邪神に立ち向かったほどの人たちだ。それがこうも焦りを滲ませるとは……
どうも何かあったらしいのは確かで、しかもただ事ではなさそうだ。
「はぐれたんですか?」
事情を訊ねると、メルツァーさんは「ああ」と呻いた。
「久々にちょっとやばいのに出くわしてな。ここで落ち合うことにして、別々に逃げたんだが……」
それでメルツァーさんが先に着いた、というわけだ。
そして、ここにたどり着いていないウェルースさんがどうなったのか、俺たちにはまだわからない。
二人はかなりの実力者だ。何者かに不意打ちされたとしても、そう簡単に致命傷は受けないだろう。ただ、その二人で戦ってさえ危険だと判断して逃げを選択したほどの敵。追いつかれて一人で対峙しなくちゃならなくなった場合は……
「心配ですね」
俺の言葉にメルツァーさんは頷く。そうしてから、思い直したように首を横に振った。
「……いや、あいつなら大丈夫だろうとは思うんだけどな」
そう口に出して言ったのは、不安の裏返しだろう。メルツァーさんはウェルースさんを信頼しているけど、それでも無事に逃げ切れたと確信できない。
となれば、ドラゴンより強い。
この村にも被害が出るかもしれないし、俺ものんびりしているわけにはいかない。
「ともかく、少し休んでてください。みんなを呼んで来ます」
俺の提案にメルツァーさんは頷いたものの、館の奥へは入ろうとしない。そしてついには――
「敵が追ってきてるかもしれねえ。門のあたりに場所を借りるぜ」
そう言って俺に背中を向けて出て行ってしまった。
……それほどの相手、というわけだ。
まずは食堂にいたニーナに声を掛けて、メルツァーさんのための軽食と飲み物を頼んだ。それからペトラに館のみんなを集めるよう伝えて、俺は取り急ぎ、魔剣だけを準備した。
魔剣を手にするのはシードラゴンと戦ったとき以来で、あれからまだそんなには経っていない。これを振るうべき強敵があらかじめスケジュールを調整してくるわけないから、時期が偏ることもあるだろう。本当は全く使う機会がない方がいいと思うけど、必要となれば躊躇するわけにはいかない。
そうして正門へと戻ってくると、門の柱に寄りかかるようにして倒れている人影が見えた。メルツァーさんだ。まさかもう襲撃されたのか、と近寄ってみると……
「……寝てるのか」
あまり真面目なところは見せないメルツァーさんだけど、一度見張りに立つと決めたらそれを疎かにしたことはない。守護騎士としての矜持なのだろうと思う。
それでもこうして眠り込んでしまったのは、相当疲れてたんだろう。
隣にはスペースハムスターのハスターが勇ましく立っていた。その様子は、どうやらメルツァーさんの代わりに門番をやっているらしいけど、メルツァーさんがハスターにやられたようにも見えるな……。
その頃になると、館にいたみんなも集まってきた。ペトラには危急のことだと伝えてきてもらったから、みんな冒険に出るほどの重装備ではないとは言え、それぞれ得意の武器くらいは持ってきているみたいだ。となれば
だけど、今回の相手はどうだろう。結局、詳しいことはまだ聞けていない。メルツァーさんが起きたらもっと話を聞かないといけないな。それとも、今は少し無理矢理にでも起きてもらった方がいいのか……
その考えを実行に移す前に、館には新たな来訪者があった。
「リオン! メルツァーは来ていないか?」
鈍色の鎧と、紋章の刺繍された白いマントをまとった騎士だ。その姿と声だけでもそれが誰なのかはわかったけど、兜を脱いでブラウンの髪を見せてくれたらもう間違いない。
俺の冒険の仲間で、メルツァーさんの親友でもある、ウェルースさんだ。
ウェルースさんは鉄騎都市出身の
俺と知り合ったのは魔獣討伐の時、というのはメルツァーさんと同じ。ただ性格はまるで違って、ウェルースさんは騎士らしい騎士とでもいうか、とても真面目な人だ。身だしなみにもそれがよくあらわれていて、いろんな意味でメルツァーさんとは対照的。
前に話してくれたところでは、鉄騎都市で騎士の中の騎士とまで呼ばれた英雄〈
そして、メルツァーさんがあの性格で気さくに接してくれたから随分救われたと言ってた。だからこそ、メルツァーさんの奔放さにたびたび苦言を呈しながらも相棒として頼りにしてもいるんだろう。
「メルツァーさんならそこで寝ていますよ」
塀に寄りかかって眠っているメルツァーさんを示すと、ウェルースさんは安堵の表情を浮かべた。
「良かった。ここまでたどり着いていたのだな」
ウェルースさんも相当無理をしてきたんだろう。顔色があまりよくない。
そして、いま気付いたけど、よくよく見れば二人とも旅の荷物がまったくない。身軽にするためにどこかへ放り出してきたのか。
「何があったんですか? 手強い魔獣から逃れてきたとは聞きましたけど……」
事情を知りたがっているみんなを代表して俺がそう訊ねると、ウェルースさんは「ああ」と頷いた。