南北を結ぶ街道を踏み越え、その西側。まだ切り開かれていない林が広がっているあたり。この中を通る細い旧道で、ウェルースさんとメルツァーさんはデーモンから攻撃されたのだそうだ。
視界はいいとは言えない。ただ……
「……近くにいる」
「わかるのか?」
メルツァーさんの問いに、俺は頷いて返す。
「あっち。だよね?」
そう言って指を伸ばしたのはミリアちゃん。この子は
俺のこれは多分……竜化のせいだよな。ついに視覚にまで影響が出始めたか。
でも、今はそれがちょっと助かる。
俺たちは林の奥に感じる異質な気配から少し距離を取って、まずはその姿を確認した。
「封印殿で見たことある……間違いない。デーモンだ……!」
クレールが呻いた。
四つの腕、四つの魔剣。紫色の身体に、赤く光る目。背中にあるのはコウモリのような翼。
確かに、俺の記憶にある姿とも一致してる。
でも、まさかこんなところに。
駆け出し冒険者たちが林にいる野犬を追い払いに出かけて、その道中に出会ったのがデーモン……なんてことになったら、悪夢以外のなにものでもない。
本来なら日の当たる場所に現れるはずがない脅威。
それが、首をぐるりとこちらへ向けた。……気付かれたらしい。
「来るぞ!」
ウェルースさんが警告の声を発し、俺たち六人はすぐさま陣形を整えた。
前衛に俺とウェルースさん、それにメルツァーさん。レベッカさんを中央に、後衛がクレールとミリアちゃん。
狭い迷宮を探索していた時には四人行動が多かったけど、外でならこのくらいの人数でも互いに邪魔にならない。
万全の態勢でデーモンを迎え撃つ。
『
デーモンが喋った? いや、他のみんなは気付いた様子はない。これも俺の竜化の影響なのか。
「一度でも食らうとやばいぜ。来るとわかってりゃ、防ぎようはあるが……」
メルツァーさんが、油断なく敵を見据えながら言う。
俺も魔剣を構えた。あまり積極的に戦いたくはないし、戦うにしてもこの魔剣は避けたいところだったけど、これでないと、万が一ということもありうる。仕方がない。
デーモンは滑るように音もなく距離を詰めてきた。
そして初撃。
「俺が受ける! ウェルース、続けよ!」
メルツァーさんが盾を構えて、デーモンの四つの魔剣を受け止めた。デーモンはかなりの巨体でもあって、その衝撃はすさまじいものだ。並の戦士なら盾ごと切り刻まれていたに違いなかった。
でも、メルツァーさんは騎士たちの国である鉄騎都市で生まれ育った守護騎士で、その極意は身体に染みついている。とてつもない衝撃を、メルツァーさんは巧みな防御で足下に受け流していた。
ズンッ、と地面が沈み込み、割れた。でも、メルツァーさんはしっかりと耐えている。
「砕けろッ!」
ウェルースさんが、矢のように飛び出した。
本来なら馬上で使うほどの大槍を、ウェルースさんはその身ひとつで操る。その
でも、それでも――
「くそっ、障壁か!」
ウェルースさんとデーモンの間に波紋が広がった。魔法的な障壁で、突進の威力を減衰しているらしい。
デーモンはウェルースさんとメルツァーさんの連携を受けて、背後に跳びすさった。
「こっちもそう何発もは耐えられねーぞ!」
盾を構え直し、メルツァーさんが叫ぶ。
デーモンも魔剣を構え直し、ゴフゥーッと長い息を吐いてから『排除する』と呟いた。
もちろん、排除されるわけにはいかない。こっちがデーモンに勝っているのは人数だ。その手数で押す。
「いっくよー! 〈
クレールの杖の周囲から空へと舞い上がった光球がデーモンへと降り注いでいく。これはデーモンの魔法障壁を抜けて、その紫色の身体に突き立ち、苦悶の声をあげさせた。
「……これでもだめかー……!」
クレールが悔しがった。倒しきれなかったのは確かだけど、これは、かなり効いてる。
デーモンは数歩離れたその距離のまま、大きく息を吸い込んだ。人間とはつくりの違う巨体が、吸い込んだ息でさらに膨れあがる。
「――〈
ミリアちゃんのとっさの機転で、結界が張られる。
デーモンが極寒の息を吐いたのはその直後だった。周囲の木々が凍てつき、その葉が氷の粒になって砕けていくほどの冷気を、ミリアちゃんの法術はかなり弱めてくれた。
「させない!」
レベッカさんの傍から鋭く尖った剣の形の光が放たれた。神聖属性を持つ法術〈
デーモンがまた、苦悶の声をあげた。効いてる!
……でも、それでもまだ倒れない、か。
咆吼したデーモンは四つの魔剣を縦横無尽に振り回し、俺たちを切り崩しにかかった。それをメルツァーさんとレベッカさんが二人がかりで押しとどめる。二人の大盾から火花が散った。
「もう一度っ!」
クレールの詠唱が始まった。それに気付いたのか、デーモンは至近距離でメルツァーさんたちに絶凍の吐息を浴びせると二人の頭上を飛び越え、クレールへとその剣を向ける。
デーモンの魔剣が迫った。
それがクレールの喉元を斬り裂く寸前。
俺はそこに割り込んで、デーモンの致命撃を自分の魔剣で受け止めた。
メルツァーさんがやったような、衝撃を逃がす防ぎ方はできなかった。
しなかったと言うべきか。
全部、受け止めた。
そうしたら、身体に駆け巡った衝撃に反発したかのように、全身の
身体が震えている。多分、きっと、全力で戦える喜びを感じたせいだ。
「応えろ、〈
力を込めて押し戻すと、デーモンは弾かれて数歩分を下がった。
それはちょうど、俺の剣の必殺の間合い。
魔剣が哭いた。俺の
高まった全身の
魔剣の哭き声はさらに高まっている。
あとはこれを放てば、終わる。
魔剣技〈
ふたつの秘技がほぼ同時にその身体を貫くと、デーモンは叫びを上げる間もなく、一瞬で塵になった。
「……やったか?」
ウェルースさんはそう言いながらも、周囲への警戒は続けている。
対して、メルツァーさんは盾を下げて大きく息を吐いた。
「さすがにこうなりゃ蘇ってはこねえだろうよ」
塵になったデーモンは、さっきまで確かにここにいたっていうのに、完全に消えてしまった。斬撃でえぐれた地面や、吐息で凍った木々が、戦いの痕跡を残しているだけだ。
「一匹だけなら余裕だったね」
というクレールの言葉は、戦いの結果だけ見れば、まあ、そうだ。
「でもクレール。いくら天術の発動に集中してたって、さっきのは避けないと危なかったよ」
無防備に食らっていたら死んでいたかもしれない、強烈な斬撃だった。
そう指摘すると、クレールは笑った。
「んふ。それは、リオンが何とかするって信じてたから。その通りになったね?」
……期待に応えられて良かったけど、あんまりいい傾向じゃない気がするなあ。
その後に周辺を調査してみたけど、デーモン発生の手がかりは何もなかった。探索や捜索に向いているナタリーや、小さな痕跡も見逃さないステラさんと一緒に、もう一度詳しく調べてみることになりそうだ。
ただ、デーモン自体もあの一匹以外には姿も気配もなくて、まずは一安心、といったところ。
「そういえば、このあたりなのよね……あの霧が出たのは」
レベッカさんがそう呟いていたのは、少し気になるけど。
もしかして、何か関係があるんだろうか?