相変わらず、村の域内で魔獣を目撃したっていう報告は続いている。
このあたりは大きな街から離れているから、街道警備隊による討伐が行き届かないんだろう。
とはいえ、さほど強い魔獣は出ていなくて、俺たちの中で手の空いてる誰かが行って退治してくる、というので今のところは間に合ってる。
余裕があるときは、村の自警団の人たちを連れて行って援護……の練習をしてもらったり、本当に大したことない相手の時は実際に戦ってみてもらったりもしている。
今は村の人たちも十分にやる気があるから、この調子なら、もうしばらくしたら大部分を任せられるようになるはず。
それに、こんなに頻繁に魔獣が出るなら、魔獣から採れる素材を使った品物も結構な数を作れそうな感じだ。もっと安定した収入源を確保するまでのつなぎとしてなら、悪くないと思う。
そんな感じの日々に、俺もわりと穏やかに過ごすことができている。
溜めすぎた
そんな気がする。
*
ある日の昼。
外で一仕事終えて戻ってくると、執務室に近い小ホールのテーブルに、ステラさんがいた。
パッと見ただけでも小難しそうな本を、一心不乱という感じで読み込んでいる。
書庫に続く小階段のすぐ前にあるのがこの小ホールだ。今ステラさんが読んでいるのはたぶん、書庫から持ち出してきた本だろう。
邪魔しない方がいいかな、とも思ったけど、ステラさんの方が俺に気付いて「おかえり」と言ったから、俺も挨拶。
「ステラさん。今日は読書を?」
「……魔術書」
ステラさんが少し見せてくれたけど、正直よくわからない。
「分厚い本だな……」
俺がすぐに言えたのはそのくらいだ。見たまま。
「書庫にあった。珍しい本」
「そうなんですか」
使われているのは古王国語みたいだ。文字の形は今の言葉とほとんど同じだけど、そのつもりで読んでも意味がわからないから、たぶんそうなんだろう。
ステラさんは古王国語も読み書きできるし、何なら喋ることもできるらしい。
魔法のことをちゃんと勉強しようと思うと、古王国語は必須なんだと、前に言っていた。
見るからに古い本だけど、装丁はしっかりしている。ただ文字が書かれているだけじゃなくて、各ページごとに多くの図表と色とが使われていて、表紙や背表紙も豪華。
俗なことを言うと、これは相当高い本だと思う。
「書庫の本はどれも珍しいものだった。だが、並べ方に何の意図も感じられなかった。前の領主はおそらく、金銭的な価値のみで本を購入していたものと推測される」
なるほど。前の領主も俺と同じ程度の頭だったみたいだ。性根は俺の方がマシだと思いたい。
「目録を作って並べ替えているところ」
ステラさんはそう言って、本に視線を戻した。
書庫のことはステラさんに任せているので、俺は詳しいことはよくわからない。たぶん自分で活用することはほとんどないだろうし。
それにしても……。
「でもそこで本を読んでいるということは、並べ替えてないですよね?」
そこのところを指摘すると、ステラさんの動きが止まった。
「…………」
「…………」
大掃除で昔のものが出てくると懐かしくなって手が止まっちゃうアレみたいなものかな。だとしたら、よくあることだと思う。
ニーナあたりならそのへんはうまく制御しそうだけど、クレールだと無理だろうなあ。
とはいえ、俺の勝手な想像だから実際には違うかもしれない、ということを一応、クレールの名誉のために付け加えておく。
「……内容をよく確認しなければ、正しい並べ替えはできない」
「なるほど」
「必要なこと」
もっともらしいことを言って、ステラさんは頷いた。
まあそれも嘘ではなくて、理由のひとつではあるんだろう。
「ところで、魔術や法術って俺はあまり得意じゃないですけど、本を読めば上手くなるものなんですか?」
簡単な法術なら一応、習ったら使えるようになったけど……正直俺は、『魔法』がどういう基準で『魔術』と『法術』に分けられてるのかも良く知らない。
敵を攻撃するのが魔術で、人を癒やすのが法術、という感じに考えてたけど、例外もあるみたいでややこしい。
「理論を知れば応用が利くようになる。あなたには最低限の素養はある。基礎理論を修めれば、術法の効果の向上が見込める」
ふむ。そういうことなら、ちゃんと学び直すのもいいかもしれない。今はほとんど見よう見まねでやってるし。
ステラさんが言葉を続ける。
「突き詰めれば、偉大な先人がしたように、新しい術法を創ることもできる」
「それはすごいですね」
術法を創る、か。そういえば、クレールのお父さんが、そういうのやってた気がするな。
俺は主に、それに苦しめられた方だけど。
「……もしかして、ステラさんもできるんですか?」
訊くとステラさんは小さく頷いた。
「簡単なものなら」
「すごいな。そんなに詳しいなんて」
ステラさんはほんの少しだけ、本当にかすかに、口の端を上げて得意げな顔をした。よく見てないと気付かない程度だけど。
実際にどのくらい詳しければできるのかは知らない。でも、少なくとも俺より詳しいだろうってことだけはわかる。
それにしても、歴史に名を残すような術士でないとできないのかと思ったけど、意外と身近にいるんだな……と考えて。
ステラさんがまさに、歴史に名を残すほどの術士だったことを思い出した。
見た感じは、年相応の……普通の女の子なんだけどな。
「けれど、わざわざ手間をかけて作る必要もない。既存の術法が十分有用」
「そうなんですか」
「術法はすでに二千年近い研鑽の上で今の形態になっている。一朝一夕の思いつきでは覆すことはできない」
「なるほど」
言われてみれば頷ける話。
長い時間を経て今の形になってるんなら、そうなる理由があったんだろうし。そこをちゃんと理解せずに変えても今より悪い形にしかならない、か。
そう考えると、やっぱり俺には難しそうだ。
「師匠は術法の原理への理解も深く、多くの理論書を著している。いずれは師匠を超えたい。今は勉強」
「熱心ですね」
目標とする人がいて、才能があって、しかも、努力を怠らない。
上達して当然だし、もう少し時間を経れば、きっとかなりの高みへ上り詰める人だと思う。
……いつまでもここの手伝いに引き留めるわけにはいかないかもしれないな。
もしステラさんがまた修行の旅に出るというなら、その時は応援したいと思う。
いつそうなってもいいように、こっちも頑張らないとな。
「しかし、法術に関しては難しい。素養が無いのも確か。でも、好敵手が強い」
好敵手。つまり競い合っている相手ということ。
ステラさんと同等かそれ以上に魔法が得意な子と言えば……ああ。
「ミリアちゃんですか」
俺が名前を口にすると、ステラさんは頷いて返した。
「天才。きっと歴史に名を残す」
さっき俺がステラさんに思ったのとほとんど同じ評価だ。
つまり、ステラさんもミリアちゃんのことをかなり高く評価しているということ。ステラさんのことだから、明確な根拠もあるんだろう。そこは、俺が聞いてもわからないかもしれないけど。
「ミリアちゃんはミリアちゃんで、ステラさんのことを尊敬していると言ってましたよ」
「……切磋琢磨」
「そうですね」
「頑張らなければいけない」
なるほど、いかにも好敵手。
二人はまだまだこれから、もっと力を付けていくだろう。
俺も応援しよう。