竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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賭け金の行方

 もう何度目だろう。村の発展を祈願する会合、と題した飲み会だ。

 村の酒場でときどき開かれている集まりで、村の有力者はなるべく参加、ということになってる。一応、今後についての議題がいくつか出て、場合によっては採決もする。

 正式には村の住民ではないネスケさんなんかも紛れ込んでいるけど、もうみんな別に気にしてない。採決にも参加してる。おかしいよな……。

 ちなみにそのネスケさんは飲むだけ飲んで寝てしまっている。ここに宿泊してるせいもあって毎日こんな感じだ、とはよく一緒に飲んでる親方の証言。

 俺としては、ちょっと呆れつつ……

 そんなおおらかさが今のこの村のいいところでもあるかな。活気がある時ってそういうものかもしれない。

 それにしても、相変わらず味覚は戻ってこない。

 ニーナの料理が美味しいってことは、いろいろ食べ比べたらわかった。少なくとも『他と違う』ってことはわかった。

 たぶんだけど、飲み食いしたものから何らかの『生命力』を感じる時に『美味しい』と感じてるらしい。

 とすると、生きてる獲物にそのまま噛みつくのが一番いいのかな……。

 やっぱり竜に近付いている感じはする。

「リオンさんに訊きたいことがあるんだった」

 同じテーブルを囲んでいる親方が、麦酒を飲み干して泡をくっつけた口を開いた。

「何ですか」

「最近、館に女の子が増えただろ? あのマリアちゃんに似た雰囲気のある」

 この場合のマリアちゃんというのは、大きい方のマリアさんのことだろう。俺からは年上でも、親方からすると年下だから、ちょっと子供扱いした呼び方になる。

 で、そのマリアさんに似た雰囲気の女の子というと。

「マーシャのことかな」

 そうとしか考えられない。存在を秘密にしてるわけじゃないから、親方が知ってても不思議じゃないし。

 三人で囲んでいるテーブルで、ネスケさんは寝てる。周りも周りで盛り上がっていて、特に俺たちに注目してるという人はいない。俺と親方が、ほぼ一対一。

 それでも親方はさらに頭を近付け、声を潜める。

「マーシャちゃんね。あの子ってさー……もしかしてーって話だけども……」

 そんなに言いにくいことなんだろうか、と思っていると。

「リオンさんとマリアちゃんの娘さんなのかなーとか思ったりして……」

 …………。

 飲み物を口に含んでたら危うく噴き出してしまうところだった。

「あの子が俺の娘だったら、俺が何歳の時に生まれたんですか」

「五歳か六歳か……」

「ありえないでしょう」

 そこは常識的に考えて欲しいところだ。

「いやー、リオンさんは伝説とか神話とかになる人だから、なくはない、かもしれねーじゃん?」

「ありえない……」

 もはや女癖が悪いとかそういうレベルじゃない話になってきた。人間業じゃない。……いや、今の自分がちゃんと人間かというと自信はないけど。そうなったのは最近だ。マーシャが生まれた頃には俺も故郷の田舎村で普通に暮らしてた。だから親方が言うようなことは絶対にない。

「でもあの子、マリアちゃんとは何か関係があるんだろ? あれだけ似てるんだし」

 うーん。これは本当に、どう説明していいかよくわからないんだよな。

 同一人物だけど異界では現れ方が少し違ったらしい、みたいな説明をしてもわかってもらえないだろう。俺も前知識なしにそう言われて理解できる自信はない。

 それで少し考えて。

「まあ、離れて暮らしてた妹、みたいなとこです」

 真実じゃないけど、そのくらいの認識でも特に問題はないだろう。

 親方は「なるほどなー」と頷く。

「こんな時代だからいろいろあるわな」

 俺の返答で親方なりに納得したようで、それ以上の追求はなかった。離れて暮らしていた妹が急に一緒に暮らすことになった……となれば、悲しい話かもしれないから気を遣ってくれたんだろう。

「まーわかった」

 と、親方はまた頷いた。

「よし、それじゃー解禁ってことで」

「何を解禁?」

「人気投票」

「ああ……」

 誰が俺の正妻になるか賭けをしてるってアレか。

 俺には一応秘密でやってることになってるらしいから、それで『人気投票』なんてぼかした言い方をしてるんだな。

 で、マーシャもその候補者になる、と。あの子の歳を考えるとさすがにどうかと思うけど……。

 そういえばヴィカ――雷王都市のヴィクトリア王女は、幼い頃から許嫁がいたと言ってたな。貴族だと珍しくないことかもしれない。

 将来そうなると決まったら賭けは成立、って処理になることはあり得るか。

「結果が出るまでまだまだかかると思うんですけど、集まった賭け金はどうしてるんです」

 俺がその賭けの存在を知ったのは今年に入ってからだったけど、それにしたってもう半年。人の出入りがあるたびに賭けが活発になってお金が動いてるとすると、かなりの額になってるはずだ。

 親方は「んー」と考え中のような態度。……まあ、ジョッキの中の葡萄酒を飲みながらじゃ明確な言葉では返答できないだろう。

 空になったジョッキがドン、とテーブルに置かれてからようやく。

「互助会の予備費になってる。でも今んとこ、そこまで食い込んできてねーからさ、ユウリィにでも貸し付けて利息取る方がいい気がすんだよなー」

 互助会というのは、村の人たちが共同で積み立てたお金から万が一の時に見舞金や葬式代を出す仕組みだそうだ。前の領主の頃には完全に崩壊していたから、俺が領主になって村が落ち着き始めた頃合に新しくなった。

 ただ、新設されてからの時期は平和だったし、争乱での死者はいない。もともと高齢だった人が亡くなったくらいで、互助会はそれ自体で十分に機能している様子。

 それで、まとまったお金をその金庫に眠らせておくのはもったいない、というわけだ。

 でも、親方の案はどうかな。

「ユウリィさんは自分でもかなり貯め込んでると思うので、乗ってこないかも」

「んー、それはそーかもしれねーなー」

 あの人は商売と金儲けが『趣味』なだけで、生活のために働いてるわけじゃなさそうなんだよな。お金が足りなくて困っているとは聞いた覚えがない。

 他にそういうのに興味がありそうな人というと……、心当たりはある。

「確か、ジョアンさんは出資者を募集してましたよ」

「あー商船なー」

 俺の仲間のジョアンさんは大きな船で貿易を行ってる。大量の荷物を扱うから、必要なお金もまさに桁が違う。それで俺も「三倍にして返すから」と出資を頼まれて、いくらか貸してる。

「でもあれ、沈んだ時には返ってこねーからなー」

「商船への出資って、そうなんですか」

「だなー。基本的に貿易航海一回ごとの精算で、無事に戻ったら出資額を利息を付けて返してもらう。海賊にやられたり沈んだりしたら出資金もパーってー感じ。利率はすげーけど、リスクもそれなりになー」

 なるほど。相手がジョアンさんだからあんまり気にせずに貸してたけど、本来はそういう仕組みなのか。商船の側からすると、出資者に高い利子を払っても自分の儲けが残るってことだよな。三倍にするって言ってたのも調子の良いでまかせじゃなかったのかもしれない。

「あの船は頑丈そうに見えましたよ」

 俺が預けたお金がジョアンさんの役に立って、なおかつ俺にもいずれ大きく育って返ってくることを期待しつつそう言うと、親方は渋い顔を返してきた。

「んー、まーあれも悪い船じゃねーけどさ。海都の私掠船を見た後だとなー」

 ああ、嘆涯の海都に所属するイザル・ヘイラー提督の船か。あれは確かに練度が違う感じだったな。この前は一応味方だったから良かったけど、敵に回ると厄介そうだ。

「さすがになー、あんまりハイリスクになっちまうと、みんなに申し訳ねーしなー」

 言って親方は果実酒を呷った。……何杯目だろう。

 で、まあ、結論を言うと。

 賭けの胴元はやっぱり親方だったわけだ。そうだろうとは予想してたけど。

 とはいえ、候補者になってる子は村の男の人たちからしつこい求婚を受けなくて済んでるらしいから、俺たちにとっても無益じゃない。領主の強権を使ってまで止める必要はないかな。お金の管理もそれなりにしっかりしてるみたいだし。

「……あー、そういえば俺、シードラゴン討伐の取り分まだもらってないな」

 そこそこ大きい額だったし、ジョアンさんも忙しいだろうから時間がかかるのは仕方ないと思ってるけどね。念のためつくった証文もあるから深刻には思ってない。

「そーゆーのルーズなやつには貸せないよなーやっぱ」

 そんな感じにとりとめのない会話をしつつ、最近の村の活気が凝縮されたような会合を俺なりに楽しんだ夜だった。

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