その日、昼を過ぎたあたりで急な来客があった。
まあ、近いうちに来るのはわかってたから、それが今日だったからって驚きはない。
ひとまず陳情受付のときなんかに使ってる広間に入ってもらった。俺が奥の椅子に座って、左右にクレールとステラさん。それから、レベッカさんとペネロペも立ち会った。
「こちらが、この村の教会を預かることになるヨハナ司祭」
レベッカさんがそう紹介すると、来客の一人が少し進み出て、頭を下げた。
「ヨハナと申すのでして。よろしくお願いするのでして」
言葉にはちょっと訛りがあるような気がするけども、礼儀正しい挨拶だ。
司祭というだけあって、服装はきちんとしてる。青と白を基調とした服なのは聖騎士であるレベッカさんたちと同じ。裾が長いから、あまり活動的ではなさそうだけど。
事前に聞いていたとおり、女性の司祭だ。俺より少しだけ年上に見える。もっと上の人を想像してたけど、レベッカさんとあまり変わらない年頃。顔見知りだと言ってたのもそのあたりが理由かな。
髪は黒寄りのブラウンで、肩より上に切りそろえられてる。特段目立った特徴はなくて地味な印象。
ただ、何だか、ものすごく睨まれているな。理由には心当たりがないけど……。
「あの。私、少し目つきが悪いので、お気に障ったら申し訳ないのでして……」
少しではない気がするけど、元々そういう顔だというなら、俺から言うほどのことはない。
「一応、領主であるリオンには拒否権があるけど……」
そう言ったのはレベッカさんで、クレールから前もって聞いてた話とも一致してる。
とはいえ。
「レベッカさんの推薦なら断る理由はないですよ」
大教会の方で作成された候補者名簿の中からレベッカさんが選んだと言っていた。何も問題ないだろう。
俺のその返事に、ヨハナ司祭は改めて頭を下げた。
「微力ながら、村の発展に助力させていただくのでして」
ちなみに、以前この村にいた司祭は前の領主の横暴に耐えかねて村を離れてる。今は天命都市にいるらしいけど、もともと田舎暮らしに不満を持っていた上、そろそろ高齢なのもあって、この村に戻るつもりはないそうだ。
一方、かわってやってきたヨハナ司祭はやる気に満ちあふれている様子。
これはこれで天命というものなんだろう。
「それと、お願いしていたものを」
レベッカさんが促すと、ヨハナ司祭は「はい」と頷いて、懐から一通の書状を取り出した。
「こちらがリオン様の男爵位を認める書類なのでして」
ああ、ついに来たか。
俺の左隣にいたクレールが進み出て、ヨハナ司祭からそれを受け取った。すぐに内容も確認して、どうやら間違いないらしい。
「これで、三つの都市から認められたな……」
「今後益々のご活躍をお祈りするのでして」
ヨハナ司祭はそう言ってくれたけど、俺としてはそこまで大活躍したいとは思ってないんだよな。気が向くままに強敵と戦ったら、結果的にそうなってしまうかもしれないけど。
とはいえ、今は
「次は子爵だね」
クレールが笑いながらそう言っても、苦笑するしかない。
「それはまだいいかな……」
この村の人口が二千をこえて『町』の規模になる頃には子爵になる必要があるけど、常備軍の設置も条件になってるのが困りものだ。あまり大勢に給金を払う余裕は、たぶんないし……。
常備軍、総勢一名でいいなら、なんとかなるかな? その一名はもちろん俺だから、給金は必要ない。ありかもしれない。そのへんは後で王国法に詳しいクレールに相談してみよう。
さしあたっては……。
「ヨハナ司祭は、教会の方にはもう?」
「いえ。まずはご挨拶をと思いまして」
これから自分が住む場所が気にならないはずないだろうに、それより先にこんな村はずれの高台にある館まで、馬がいるとはいえ、大変だな……。
「わかりました。このあと案内しましょう。構わないよね?」
後半は俺の予定を管理しているステラさんに向けた言葉。ステラさんはすぐに頷いて返してくれた。
「影響は、明日の仕事が増える程度に留まる。そのはず」
……まあ、それは俺ががんばればいいことだ。
教会の建物は前の領主とのいざこざでかなり壊されていたけど、最近、村の職人たちが腕を振るって修復した。レベッカさんとペネロペもその出来映えに満足してたし、親方も「前より綺麗になってる」って言ってた。
「領主様自ら……ありがたいことなのでして」
ヨハナ司祭も気に入ってくれたらいいけどね。
ということで、新しくこの村の教会を預かるヨハナ司祭との初顔合わせはひとまず滞りなく済んだわけだけど……。
やっぱり気になるなあ。
「私のことはお気になさらず」
本人はそう言ってるけど。
ヨハナ司祭の護衛の人だ。それがなんで気になるのかというと、さっきからレベッカさんがしきりに口をぱくぱくさせて身振り手振りでその相手と無言の会話をしているから。
レベッカさんより年上の女性だ。親方よりもまだ少し上かな。同じくらいか。
少し赤めの髪を短く刈り揃えていて、活動的な印象を受ける。
飾りっ気のない金属製の胸当ての他に、同じく金属製の戦鎚を腰に下げ、背中にはペネロペが持ち歩いてるような聖騎士の大盾。ただ、ペネロペのものよりかなり使い込まれているのがわかる。
聖騎士団の人だろう。それも、相当の実戦経験を積んだ人だ。右頬にある刀傷の痕もその印象を強めている。
本人は正体を明かすつもりがないみたいだから、俺はレベッカさんに視線を向けた。
それに気付いたレベッカさんは、大きくため息。
「……こちらは、聖騎士団に二人いる副長の一人、テオドーラ先輩。私の聖騎士としての先生でもある人よ」
副長。というと、聖騎士団で二番目に偉い人なのか。今の装いだと、そんなにすごい人には見えないけど。レベッカさんの方がいかにも聖騎士という姿だし。でも、レベッカさんがこんなことで嘘をつくとも思えない。
相手の……テオドーラさんの方も、指摘を受けて観念した様子になった。
「なんでバラしちゃったんです?」
「むしろなんで隠すんですか?」
レベッカさんからの当然の質問返しに、テオドーラさんは頭を掻いた。
「今は長期休暇中だから、問われてもいないうちから聖騎士だとは言えないのですよ」
詳しい素性はともかく、聖騎士だってことは大盾でほぼバレてると思うけどね。
「その規定は知ってますけど、休暇ってことはないでしょう。ヨハナ司祭の護衛だなんて、どう見ても任務中じゃないですか」
「そう睨まないでください。わかりましたから」
テオドーラさんは首をすくめたけど、レベッカさんの言い分はもっともだ。
「どうぞ、名乗ってください」
クレールが促すと、テオドーラさんは一歩進み出て聖騎士らしく優雅に一礼した。
「最初に名乗らなかったのは失礼しました。んんっ。では改めて。すでに紹介があった通り、名はテオドーラ。自由と光の教団に所属する聖騎士団副長の一人。過去には聖騎士レベッカの指導を担当しました」
「そんな人が、こう言ってはなんですが、こんな田舎村への護衛を?」
確か、レベッカさんとペネロペがここへ来る前に、新任の司祭の護衛を聖騎士団から出してもらうように頼んでおいた、と言っていたはずだ。田舎村のことだし少人数なのは想定内だったけど、それが副長というのは、少しやりすぎなんじゃないだろうか。
「護衛は趣味ということで」
「趣味」
「聖騎士団は善良な組織なので、ちゃんとまとまった休暇が取れるのですよ。そしてそれは副長も例外ではないのです。その副長がたまたま護衛が趣味ということは大いにあり得る……と、そういう事情でして」
実際には聖騎士としての任務なのに、休暇をとってる扱いになってるってことか……。
「いや実際、長旅の果てにたどり着いたこの土地で風光明媚な景色と人々の笑顔を見たら、心身の疲れも癒やされましたよ。あっはっはっ」
うーん。無理矢理いい話にまとめたな。
「まあ、事情はわかりました。レベッカさんの先生とのことですし、信用することにします」
「ありがとうございます。持つべきものは優秀な教え子ですね。あっはっはっ」
そういうことになった。
「ごめんなさいね、リオン」
出かける準備の間にそう囁いてきたのは、さりげなく俺の傍に立ったレベッカさん。
「テオドーラ先輩は、ちょっと、ああいう人なの。やる時はやる人なのだけど、普段はあまり真面目でないというか……」
「あっはっはっ。聞こえてますよー」
まあ、師弟仲が悪いというわけではなさそうだ。