修繕した教会にはヨハナ司祭やテオドーラさんも満足したようで、一安心。
このことで俺にも少しいいことがある。村での揉め事、その仲裁の一部が、教会の担当になることだ。
今は俺が数日に一度の陳情受付の時に処理しているけど、今後は家庭や商取引での揉め事は教会でも処理できるようになる。
それは、村の人たちにとっても「いちいちあの坂を登らなくていい」という利点のある話だ。
ちなみに、犯罪の容疑に関しては今後も領主の権限で対応する。
「そういえば、この教会、隠し部屋があったんですが」
俺がその件を指摘すると、ヨハナ司祭は驚いたようだったけど、テオドーラさんはそうでもなかった。
「ほら。身近な例では、家庭内で暴力を振るわれる、ということはあるでしょう。そんなとき被害者を一時的に保護しておくために
なるほど。ちなみに今は部屋の入口を隠していた本棚を取り払った後なので、隠し部屋はもうない。……そのはずだ。
そんな感じで内部の確認も一通り済み、いよいよ、ヨハナ司祭が聖意物を祭壇の下に収めた。
聞くところによるとこの聖意物は聖アラリコという聖人の右腕の骨の一部なんだそうだ。
ステラさんの師匠である〈西の導師〉から譲り受けたものだけど、調べてみるとこの聖人、意外とこのあたりに逸話のある人で、西の山脈の方に巡礼路を整えた人らしい。それが開通したのは本人の死後ということで、なんとも気の長い話だけど。でも今の俺なら、大規模工事ってそういうものかもしれないと思ったりもする。
「聖アラリコ、どうぞこの村に自由と光の加護をお与え下さいますよう……」
ヨハナ司祭のそんなお祈りが捧げられた教会開き。
この規模の村の教会は規定で『華美華麗を慎む』とされているとかで、教会開きもお祭り騒ぎにはしないことにしていた。
で、村からはただ一人、代表として親方だけが参加していたんだけど……。
その親方を、テオドーラさんが驚いた顔で二度見してたな。でも結局〈赤毛の女海賊〉の話題は出なかった。
少し付き合って欲しい、とテオドーラさんから言われた俺は、教会の建物から出てその裏手に回った。
北側で日陰がちというだけでなく、墓地が近いのもあって少し暗い雰囲気の場所だ。
こんなところで、いったい何の話だろう。
そう思っていると、先を歩いていたテオドーラさんが振り返った。
「護衛の任務……っとと、護衛の趣味も無事に済みましたし、明日には発とうかと」
口が開かれて、まず最初に出たのはその話だった。
「そうですか。やはりのんびり休暇というわけにはいかないんですね」
「聖戦準備法で見習いが増えた分、聖騎士団も大わらわで、あまり長く留守にもできないのです」
聖戦準備法。最近、どこかで聞いたな……と思い返してみると、ペネロペからだ。確か普段は『聖騎士見習い』というのは存在しなくて、この聖戦準備法で特別に増員されたんだと言っていた。
「肝心の聖戦はもう終わってしまったのに人ばかり増えて、いやはや、困ったものです」
確かに、あの邪神〈歪みをもたらすもの〉はもういない。それとも偽神〈
実のところ、ペネロペくらいの力量の聖騎士見習いがものすごく大勢いたとしても、あの邪神との戦いに直接役に立ったとは思えない。
だけどそこから派生した小災厄ともいうべき問題の中には、ともかく人手が必要というものもあるはず。人手を増やした判断は間違いじゃないと思うから、その育成や教育にはがんばってもらいたいところだ。
……でも、これが本題って雰囲気じゃ、ないな。
「さて、いくつかやり残したことがあります」
言うと、それまでの気さくな雰囲気はなりを潜め、すう、と周囲が冷えた。
「少々、お付き合いいただきたく……」
テオドーラさんから差し出されたのは、足下に落ちていた何の変哲もない枝だ。
「構えるだけでいいので、お願いします。……戦うつもりで」
そう言われると、俺は少し気後れする。
構えとか見られるの、やっぱり恥ずかしいんだよな。っていうのも、俺は正式に剣の型を学んだことがないから。クルシスは「戦いをちゃんと血肉にしている」と言ってくれてたけど、そのクルシスと俺がならんで構えた時、どっちが達人に見えるかと言ったら当然、クルシスの方だ。そんな格好良さは、俺には備わってない……。
まあ、言われたとおりにするか。
目の前に敵がいるつもりで。
「こうですか」
とはいえ、やっぱり興が乗らない。実際に戦うわけじゃないし、仕方ない。だいたい、今の俺があんまり常在戦場の気持ちでいても周囲の人たちは困るだろう。
そんなことをもやもやと考えながら、しばし……。
瞬間、俺は手にしていた木の枝を振るってその気配を斬り裂く。
一呼吸の後、勢いを失った何かが俺の左右にぽとりと落ちた。
テオドーラさんの拍手が聞こえた。
「よくわかりました。あの子が絶賛するのも納得というものです」
どうやら試験は終わったらしい。
「……飛んできた何かを払っただけですが」
構えるだけでいいと油断させておいて何かを投げつけてきたのは、ちょっと意地悪だな。
そういう気持ちを言葉にして投げかけたけど、テオドーラさんは涼しい顔。
「殺気を感じることができて、それにとっさに対処できる。この二点だけで十把一絡げの有象無象でないのは明らかなので」
「なるほど」
俺は息を吐いて、さっき斬った物を確認した。真っ二つになった小石だ。……自分でやったことだけど、この太さの木の枝を振ってどうして小石が真っ二つになるのか、よくわからないな。砕けるならまだしも。
「でも、領主を襲撃するなんて……いくら聖騎士団の副長でもお咎めがあるんじゃ」
指摘すると、テオドーラさんは首を傾げた。
「襲撃でしたか? ちょっと手が滑っただけのことだったような。そうでしたよね? あっはっはっ」
……確かに俺なら何も問題ない程度のことではあったけど、笑って済ませていいものかどうか。害しようという意図そのものが問題なんじゃないか……。
とは思うものの、テオドーラさんも俺の力量は聞いて知ってるだろうから「このくらいなら大丈夫」という、ある種の信頼を持って仕掛けてきたんだろう。
「もし怪我をしたなら法術で癒やしましょうか。こう、キラッ☆ と」
言いながら片目をつむったテオドーラさんに、俺は苦笑するしかない。
レベッカさんも、この人の相手をするのは苦労してそうだな。
「……ヨハナ司祭の護衛を引き受けて良かった」
ふと、テオドーラさんが真剣な顔に戻って呟いた。
「これが本当の目的だったんですか。俺のちからを見極める、っていう……」
そう考えれば、聖騎士団の副長であるテオドーラさんがわざわざ休暇という名目を使ってまでこんな田舎まで来たのも納得できる。俺も自分がそのくらいの有名人だっていう自覚はある。
でも、テオドーラさんの返事は――
「いえ。近いですが、ちょっと違います。あの子の、人を見る目を確かめるため、ですね」
というもので、つまりそれは。
俺じゃなくレベッカさんの試験だったってことだ。
レベッカさんもとっくに一人前の聖騎士なのに、過保護だな……という気はする。
俺も弟子をとったらそんな気持ちになるのかな。今のところ、予定はないけど。
「……いい勇者を見出したようです」
テオドーラさんはそう言ったけど、さっきのでそこまでわかるものかな。教え子可愛さに眼が曇ってたりしないだろうか。
「俺なんか、ただ強いだけかもしれませんよ」
心配した俺が一応そう言ってみると、テオドーラさんは微笑。
「本当に腕力だけで思慮のない人間は、自分からそんなことは言いませんね」
それは……そう言われると、そうかもしれない。
「じゃあもうひとつ。逆に、俺がこれに対処できない程度だったら、その時はどうしたんです?」
その問いへの答えもすぐに返った。
「あの子の見る目の無さを叱りに行くつもりでした」
……それはそれで、やっぱり過保護のような気がするな。
「レベッカさんに、何か思うところがあるんですか?」
思い切って直接訊いてみることにした。
テオドーラさんは聖騎士団の副長で、となれば多くの経験をしてきてるだろうけど、レベッカさんだって俺と一緒に激戦をくぐり抜けてきた。今では後輩のペネロペを指導してもいる。とっくに自主性に任せていい頃で、先生が口を出す段階じゃない気がする。
……という俺の考えに、レベッカさんへのひいきが全くないとは言えないけど。
テオドーラさんは、小さくため息をついた。
「ご存じでしょうが、あの子の方がもう私より強いんですよ」
それはテオドーラさんの謙遜とかではなく、実際にそれだけの差があるんだろう。
レベッカさんは確かに強い。
具体的に言うのは、状況にもよるから難しいけど……レベッカさんが本気で戦鎚を振るえば、馬車がすれ違える程度の幅がある石造りの橋を一撃で破壊して通行不能にできる程度はあるだろう。
もちろんその戦鎚は強力な伝承武具ではあるけど、それは苦難の結果に得たもので、レベッカさんの強さの一部だ。
竜に変わりかけている今の俺ほどではないにしろ、普通の人間の基準ではとんでもなく強いと言える。
「聖騎士団の歴史上でも十指に入るというところでしょうね。これが何を意味するかというと、将来の聖騎士団副長候補、ということなんです。それ相応の見識はやはり身に付けさせておかねば」
テオドーラさんが語るそれも、わからなくはない。やっぱり、上に立つ人は周囲が納得するくらいの器量を見せてほしい……なんて、今の俺はそれを見せないといけない方なんだけど。
「あの子の心にはまだ未熟さがある」
そう指摘しつつ、テオドーラさんの言葉は「それでも」と続いた。
「それは成長の余地でもあります。その先へと続く道を示すところまでは、師としての私の仕事だと思っているのです」