教会の中に戻ると、ヨハナ司祭とレベッカさんが熱心に話し込んでいた。
漏れ聞こえてくるのは、村の人たちについての話だ。正式な司祭が来るまでの間、レベッカさんが聖騎士として司祭の代理を務めていたから、その引き継ぎってことらしい。テーブルに広げてるのもその資料か。
ペネロペはレベッカさんの後ろでただニコニコしている。話題に積極的には加われないけど席を外すわけにもいかない、というところかな……。
「まだ時間がかかりそうですし、あの子について少し話しましょうか。せっかくだから貴方からも聞いておきたいですし」
テオドーラさんからそう言われて、俺は頷いたけど……。
そういえば、レベッカさんは陰口が嫌いだと言ってたな、と思い出した。
自分の言葉には気を付けようと思いつつ。
俺と出会う前のレベッカさんのことは、やっぱり少し気になる。ちょっとだけなら本人からも聞いたし、この前ペネロペと行った異界でそれに近いものは垣間見た。でも、先生の立場としてはまた違った見方もあるだろう。
長椅子に隣り合って座り、先に口を開いたのはテオドーラさん。
「あの子が聖騎士になって、私がその指導を引き受けたのはもう五年前になります。他の聖騎士の下につく予定だったのを、わざわざ私が取り上げて」
五年前というと、その頃のレベッカさんは今の俺よりも年下だ。ペネロペよりも下だろう。
「レベッカさんはその頃から特別な才能を?」
聖騎士団副長が……当時はまだそうではなかったかもしれないけど、そのテオドーラさんが、他の聖騎士から取り上げてまでとなると、やっぱり相当に見所のある新人で――
「いえ、何しろ危なっかしくて、黙っていられず」
……うーん。
まあ、わからないでもない。
俺と出会った時のレベッカさんも、雷王都市の西の巡礼塔にいた強力な魔獣キマイラをたったひとりで討伐しようとしていた。
俺もまだまだ未熟だった頃だから、加勢してもなお歯が立たなかった。そのくらいの強敵。
その時はなんとか逃げ切ることができたけど、レベッカさんは本当に悔しそうだった。あのまま一人で戦い続けていたら、大怪我をしていたか、もしかすると命を落としていたかもしれないのに。
そういう危なっかしさは、気質として持ってる人だ……。
「昔、北方に『自由軍』というのがあったんですが、ご存じですか?」
テオドーラさんが続けた。
「名前くらいは」
それを聞いたのは、アゼルさんからだった。あの人は一時期、その自由軍というのに参加していたそうだ。あまり話したくなさそうだったから、詳しくは聞いていない。
ただ、善良からはほど遠い集団だった、とは、言っていた。
「その自由軍が、レベッカさんと何か関係あるんですか」
「ええ。間接的にではありますが、あの子の根幹を形作ったのがまさにその自由軍」
ひとつため息をついて、テオドーラさんが続ける。
「もう十年くらい前になりますか……発端は領主の重税に耐えかねた民衆の蜂起。貴族領主を廃して民政を勝ち取り『万民自由』の世を実現する、と喧伝していました。そいつらが実際に悪徳領主を打倒して、はい、めでたしめでたし……とは、ならず」
「ならなかったんですか」
「領主を打倒した自由軍が次にしたのは、協力金という名目で重税を課し、そして、若者たちを自由軍の兵として無理矢理かき集めることでした。それは彼らが打倒した『悪の領主』が行っていたものより苛烈ですらあったそうです。ついにはそれに反対した集落を襲撃し、略奪を行う事態になった」
それが、アゼルさんの言った『善良からはほど遠い』って言葉の意味か。
「ここに及び、周辺の領主たちはこの野盗集団を討滅するために連合しました。そして、聖騎士団は領主の連合を支持していました。自由と無法は違う、というのが教団の見解ですので。そしてほどなく、自由軍は壊滅しました」
それは、そうせざるを得なかっただろう。俺もその場にいてどっちかに力を貸すってことになれば、やっぱり無法者を討伐する側になると思う。
そう思う一方で――
「ですが」
俺の考えがまとまる前に、テオドーラさんが続けた。
「あの子は、噂に聞いただけの自由軍を美化しすぎていた。いや、噂だけだから逆に、かもしれませんね。自由軍が騙った万民自由の理念を完全に信じ切っていた。そして壊滅した自由軍に代わって、自分がそれを実現しようと、自由と光の教団の聖騎士を目指した」
言って、大きなため息。
「疑うことを知らないというか、騙されやすいというか……」
テオドーラさんがレベッカさんを『危なっかしい』と言った理由はそのあたりか。そういうところはある。わかる。
「でもそれを無理に押さえつけずに、自主性を重んじて指導しました。我ながら上手くやったと思います。一人前の聖騎士として単独任務に送り出すのはやはり少し心配でしたが、その信念と行動力で魔獣から一人の少女を守り切ったこともある子でしたから、大丈夫だろうとも思っていました」
その視線の先にはペネロペ。リザードマンに追われていたのをレベッカさんが助けてくれたと、そう言っていた。その時のことを言ってるのか。
「そして暗黒神復活の気配を探る任務の途中……そこで出会ったのが貴方だった」
そう。順番ではそうなる。
「邪神討伐の活躍は聞きました。素晴らしいことです。あの子もそれに同行して、立派に成長した。基礎を指導した身としては安心しましたよ」
確かに、レベッカさんは急激に力を付けた。
聖騎士は魔獣と戦う経験も多くて、テオドーラさんのような熟練の聖騎士なら多くの
レベッカさんはそれすら凌駕する成長をした。俺と挑んだ戦いの激しさがそうさせた。俺もレベッカさんには随分助けられたな。
その活躍は、指導したテオドーラさんとしては鼻が高いというものだろう。
「ですが、その後のことを聞くと、また心配になりました」
その後。……その後か。
言いたいことはなんとなく予想がつく。
「雷王都市を離れた貴方はこの寒寂の村を訪れ、悪徳領主から弾圧されていた村人たちを助け、貴族である領主を打倒して、ついには新たな領主になった。なってしまった。……どこかで聞いたような話ですね?」
俺自身でも思ったことだから、レベッカさんを心配していたテオドーラさんからすればなおさらだろう。
「それで、俺が『自由軍』になっていないか心配したんですね」
「ええ。そしてあの子がそんな貴方を妄信していないかと」
それで、俺を直接見定めたいと思っていたところにちょうど、ヨハナ司祭の護衛の話が出てきた、と……
「どうでしたか。実際に見て」
そんなに酷い姿は見せなかったと思うけど、何しろ教団の〈聖女〉に絡むことを聖騎士団副長が見定める、という状況だ。基準が甘いはずはない。
息を呑んで待つ俺に、テオドーラさんがゆっくりと口を開く。
「まあ、八割くらいは納得しました」
もっと厳しい評価を覚悟していたから、八割ならそこそこ健闘した方じゃないかと思う。
「あとの二割は?」
改善の余地があるならなるべく期待に添えるようにしたい、と前向きに捉えて、訊ねてみた。返答は――
「女癖が悪いという噂なので、そこのところがもう心配で心配で……」
……それは、俺としてはそのつもりはないんだよなあ……。
「二人で何を話してるのかしら?」
声を掛けてきたのはレベッカさん。その顔に少し疑念が浮かんでいるように見えるのは、俺の気のせいじゃないだろう。
「もしかして、また私のプライベートなことをぺらぺら喋ってたんじゃ」
レベッカさんがそう疑うのは……前科があるんだな、これは。
「ただの世間話ですよ。そうでしたよね? あっはっはっ」
この人と付き合いの浅い俺でも、それが何かを誤魔化すときの顔だってのはわかってきた。レベッカさんなら当然、よくわかってるだろう。
「はあ……。ねえリオン。テオドーラ先輩が何を言ったか知らないけど、あまり真剣に受け取らない方がいいわよ。その場のノリであることないこと口にして、後で団長に叱られてるような人なんだから!」
ため息に始まってだんだんと口調が激しくなったあたりに、何か積もり積もったものを感じるな……。
対するテオドーラさんは、肩をすくめて「やれやれ」と応じた。
「他人の欠点を指摘するばかりではいけないと、何度も言ったでしょう。なのでこの件に関しては、全部でまかせでないところを褒めてもらいたいですね。あ、大丈夫ですよ。貴女が枝毛をとても気にしてるということは、ちゃんと伏せておきましたから」
言ってる言ってる。
「先輩!」
「あっはっはっ」
……レベッカさんも大変だな。
「それで、引き継ぎは終わったんですか?」
俺が訊ねるとすぐに、ヨハナ司祭が頷いた。
レベッカさんが「ええ」と頷いたのは、それより少し後だ。
その表情がすぐれない気がするのは、どうしてだろう。
理由はすぐに明らかになった。
「では、次の任務に向かう時ですね」
長椅子から立ち上がったテオドーラさんが、そう言ったからだ。
「……はい」
葛藤を感じさせる間が空いてから、レベッカさんが頷いた。