……そうだな。それが自然だ。
レベッカさんの、今後のことだ。
村の教会の再建が済んで、レベッカさんは次の任務へ向かう。
いつかこうなるとは思ってた。
共に戦った縁があってここを手伝ってくれていたけど、今や聖騎士団でもトップクラスの実力を持ち、大教会からは〈聖女〉とも称される人。いつまでもこんな田舎にいるのは、たとえ俺やレベッカさん本人が望んだとしても、周囲は放っておかないだろう。
それはわかってる。
でも、やっぱり少し寂しさはあるな。
レベッカさんもそう思ってるからこそ、あの表情なんだろう。
テオドーラさんが、レベッカさんの前に立った。レベッカさんは拳を胸に当てて敬礼。後ろのペネロペもそれに倣った。
テオドーラさんは腰の鞄から一通の封筒を取り出した。指令書ってやつだろう。
その内容が聖騎士団の副長によって読み上げられるのを、俺たちは静かに待った。
「よいしょ……んん。では、聖騎士団副長テオドーラより、次の任務を言い渡します。聖騎士レベッカ」
名前が呼ばれ、レベッカさんは「はい」と背筋を伸ばした。
「聖騎士見習いペネロペの指導を最優先に、追加の任務が言い渡されるまで竜牙の村にて待機」
「はい……」
言い渡された指令に、少し覇気のない返事があった。
……何か、思ってたのとちょっと違うな。
「え? この村で待機?」
レベッカさんも、内容が耳から入って理解へと繋がるまで、しばらくかかったみたいだ。きょとんとした表情で、テオドーラさんを見てる。
竜牙の村で待機、が新しい任務。
……確かに、そう聞こえた。
「聖騎士メイヴィスは貴女の同期でしたね」
テオドーラさんが口にしたのは俺の知らない名前だったけど、レベッカさんは「はい」と頷いた。
「彼女はいま西にある赤塞都市で任務にあたっています。しかしあまり状況が良くないらしく、いずれその支援に動いてもらうことになるかもしれません。そうなった場合、現地はすでに急を要する事態となっているはず。本隊が到着する前に尖兵として即座に行動できるよう、準備しておくように」
そこまで説明されると、俺にも待機の意図はわかった。赤塞都市の方から要請を受けて急行するということなら、大教会にいるよりはこっちの方が近い。
「拝命いたします」
レベッカさんは安堵の見える顔でそう言って、テオドーラさんから指令書の入った封筒を受け取った。後ろに控えているペネロペの表情も明るい。
「後進の育成も大切な任務。決して気を緩めず、しっかりやりなさい。聖騎士見習いペネロペは、聖騎士レベッカと共に行動すること。以上」
テオドーラさんがそう言って、この件は決着。
ただ、俺には少し心配も残った。
「赤塞都市って、そんなに状況が悪いんですか」
そう訊ねたのは無理もないだろう。
心配の種は、初夏の頃に赤塞都市へ向かったフューリスさんのことだ。
あの人が探している〈太陽の聖石〉は、ステラさんの妹弟子が持っている。その人物を見付けるために、念のためと言って、所有者を喰い殺すという邪鋼の短剣まで用意して旅立っていったフューリスさんが、それ以来、何の便りもない。噂すらも届いてこない。
フューリスさんなら心配ないとは思うけども、だからって心配しちゃいけないってこともないはずだ。
テオドーラさんは「まだ確実な話ではないのですが」と前置きした上で――
「このまま事態が悪化すれば、古王国遺産の魔導器が暴走して大災害になる。……というのが聖騎士メイヴィスからの報告です。が、そうならないよう! すでに! 動いています! ので、リオン様はどうぞご心配なく……」
聖騎士団としてはいたずらに不安を煽るようなことは言いたくないんだろう、ってのはわかる。
俺やこの村にまでは影響ないってのも、少なくともそういう見通しなのは、本当のことなんだろう。
ただ、そうだとしても、現地にいるはずのフューリスさんのことはやっぱり気になる。
「いやいや、本当に大丈夫ですよ? いざとなれば私も出向いてキラッ☆ と解決しますので。あっはっはっ」
……その一言で何だか余計に不安になったな。
とはいえ、この村のことを放り出して駆けつけるほどの緊急事態ではなさそうだ。まあ、今のところは。
レベッカさんに要請が来た時には俺からも何か手伝えるように、今から考えておこう。
ヨハナ司祭とテオドーラさんは、館での夕食への誘いを一旦は断ったけど、最終的には受けてくれた。ペネロペがぽつりと口にした『温泉』の響きが、テオドーラさんには
「温泉、それは人類に残された最後のオアシス……」
とはテオドーラさんの弁。最後ってのは大げさだと思うけど、それだけ普段の副長の仕事に疲れているのかもしれない。
そうして二人を招き、夕食を待つ間に、ふと、俺とヨハナ司祭の二人だけになるタイミングがあった。
……ちょっと気まずい。
まだお互いをよく知らないから、会話のとっかかりがないというか。俺自身、もともとそんなに社交的な方じゃないし、見たところ、ヨハナ司祭の方もそうだ。
「あー……あの、この村はどうですか」
一応、二人の間にある共通の話題に触れてみたけど、
「なかなか良い村だと思うのでして」
そのくらいの返事で終わってしまった。ヨハナ司祭はまだこの村をあまり見ていないから無理もないか。
村でおすすめの場所とか訊いてくれたらなあ。俺だってそれならひとつやふたつ答えることができる。もちろん、俺の銅像がある広場以外でだ。料理の美味しい酒場と、何でも揃う雑貨店と――
俺が心の中でそう指折り数えているところにひょいっと入ってきたのは、金髪金眼の同居人。
「おっ、ここにいたのか。なあリオン、今ちょっといいか?」
メルツァーさんだ。
デーモン騒動の後は自警団の訓練に付き合っているそうだけど、熱心なのはどっちかというと相棒のウェルースさんの方で、メルツァーさんはこのくらいの時間だと館にいることも多い。
「どうしたんです? メルツァーさん」
「書庫でちょっと本を探してたんだが、見付からなくてさ。もしかして手放したんじゃないかって。ほらあの時の、覇王の――」
本はなるべく手放さずに書庫に保管してあると思うけど、その正確な所在となると、たぶん俺よりステラさんの方が詳しいな。
そんな風に考えながらも、メルツァーさんの説明はとりあえず聞くつもりだったけど……
「あっ」
視界の外で、声がした。
メルツァーさんの視線が、その声のした方へ向く。その金色の眼が捉えた人物は、俺が振り返って確かめるまでもない。
「ん? ――あっ! お前……ヨハナか!」
意外だったのは、メルツァーさんがその名前を口にしたこと。俺はまだ紹介してないのに。
対して、ヨハナ司祭の方はぼそぼそと小さな声で返事をした。
「……人違いなのでして……」
顔を見たメルツァーさんが名前を言い当ててるのに、その言い訳はどうなんだろう。何か顔をあわせたくない事情があるのは、なんとなく察したけど。
「知り合いなんですか」
メルツァーさんに訊ねると、頷きが返った。
「鉄騎都市にいた頃に少しな。いやしかし、ここで会うなんて思いもしなかった。何年ぶりかなあ」
「だから! 人違いなのでして!」
鉄騎都市はメルツァーさんの故郷だ。そこにいた頃というと、ええっと、少なくとも三年以上前になるか。
それにしても、ヨハナ司祭がこうまで関わりを否定するのはどういうことだろう。
「親父さんは元気か? また怪しい商売に手を出したりしてるんじゃ――」
メルツァーさんはそれに構わず、親しげな態度でヨハナ司祭に言葉を向けてる。
と――
「――だのでして」
俯いたまま、ヨハナ司祭が何事かを呟いた。
「うん?」
俺と、言葉を切ったメルツァーさんとが注目する前で、ヨハナ司祭は立ち上がった。
「父は死んだのでして。一昨年の秋に」
メルツァーさんもさすがにそれを茶化すようなことはせず、普段の笑顔を引っ込めて、頭を掻いた。
「……そりゃ……すまない。お悔やみ申し上げる」
「別に、謝られるようなことではないのでして」
言った言葉はそうだけど、口調は厳しい。
「少し、外の風を浴びてくるのでして。また後ほど」
何と言っていいか、何と言うべきか。決めきれないでいるうちに、ヨハナ司祭はさっさと部屋を出て行ってしまった。
「……そうか。あのおっさん死んだのか」
ヨハナ司祭を無言で見送ったメルツァーさんが、そう呟いた。
「どんな人だったんです?」
俺の問いかけに、メルツァーさんは目を細めた。昔を懐かしんでいるのかもしれない。
「確か、大教会の……司教だったかな。で、ものすこい
まあ、教会の運営もタダじゃないってのはわかる。この央州のほとんどの土地では、領主よりも教会の方が住民たちの生活に近くて、特に冠婚葬祭に関わることは教会が取り仕切ることが多い。墓地はだいたい教会が管理してるし、その維持には手間もお金もかかる。
それにしたって、司教といえば司祭よりもさらに上の地位の人。あまり強欲なのは、どうなんだろう。
「それでな。俺とウェルースの二人。幼いながらも正義感は一人前。義憤に駆られておっさんのとこに乗り込んだんだよ。みんなの金を返せー! ってな」
そこは、幼くてもメルツァーさんとウェルースさんだ。欲深い悪徳司教はさんざんに懲らしめられて、改心する……みたいな話だろう。
――という俺の予想は、外れた。
「そこで、おっさんがそうやって貯めた金で孤児院や施療院をいくつも運営してたのを知ったってわけだ。壁に飾ってた『子供の落書き』も、そっから届いたやつなんだと。人は見かけによらない、ってのをあの時ほど実感したことはねえな……」
うーん。俺はその人と会ったことはないけど、メルツァーさんの話の前半分だけ聞いて、強欲な悪人だと思ってしまっていた。
一面を見聞きしただけで全部知ったような気持ちになってしまうのには、気を付けないといけないな……。
「おっさん本人は、それもこれも全部金儲けのためだって言ってたが、本心だったのかは、わからずじまいになっちまったな」
メルツァーさんはそう言って、また頭を掻いた。