領地の視察という名目で執務室の書類の山から逃げ出してきたからには、自警団の訓練くらいは見て行かないといけないだろう。
この村も、領主が先々代の頃には、小さいながら常設の警備隊があったんだそうだ。
領主が代替わりして、その警備隊ががらの悪い傭兵ばかりになると、村は自衛の必要に迫られた。そして、当時の村長の呼びかけで自警団が結成された。
それが、今の自警団の母体になっている。
俺が領主になってしばらく経つけど、まだ常備軍は整っていない。これは維持費の問題でもあるけど、村の人たちに威圧感を与えないためでもあって、そのことは親方を始めとした村のひとたちと共有できているから、自警団もそのまま存続している。主に戦う相手が領主じゃなくて魔獣に変わっただけだ。
ヴォルフさんが来た時には、雷王都市の騎士たちとの共同訓練もやった。
魔獣との戦いは、最初は俺や館のみんなが手伝いながらだったけど、最近は俺たちが助力しなくても魔獣を倒せるようになってきてる。実際に戦う経験も積み重なってきたってところだ。
そして今は、ウェルースさんとメルツァーさんがいる。
二人は遠く東の鉄騎都市の出身。本場の騎士の技を自警団に伝授すると言っていた。
数日前にメルツァーさんが探していた本も、その指導のために読み返したかったらしい。ちなみにその本は、やっぱりステラさんに訊ねたらすぐに見付かった。
「なかなかよく訓練されてる」
訓練の様子を眺めながら、ウェルースさんが呟いた。
場所は、村のはずれにある古王国時代の砦の遺跡。広々とした石畳の一角だ。
自警団の人たちが、今は長い棒を槍みたいに扱ってる。実際に戦うときにはこの棒を銛に持ち替える。
連携の訓練中らしい。掛け声でタイミングを合わせて一点を集中攻撃する。一糸乱れぬ、とまではいかないけど、まあまあ合ってる。みんな専従ではなく、本来の自分の仕事をやりながら手が空いたときに参加する、という訓練だから、それにしてはよくできてると思う。
「少し前にヴォルフさんが滞在して指導してくれました」
銛を使うのも、漁でも使ってるから扱い慣れてるだろう、とヴォルフさんが提案したからだ。それまでにも個人的に使ってる人はいたけど、本格的に訓練に取り入れられてからは練度も上がって、魔獣討伐でも実際に効果が出てる。
という話をすると、メルツァーさんが「うへぇ」と渋い顔をした。
「ヴォルフのおっさんか。容赦ねえからな、あのおっさんは。それでこんなに鍛えられちまったのか」
鍛えられちまった、って。そんな悪いことみたいに言わなくても。
でも、メルツァーさんが個人的な感想としてそう思ってしまうのは理解できる。まだ鉄騎都市にいた頃、ヴォルフさんから実際に指導を受けた経験があるそうだから、その時の苦難を思い出してしまうんだろう。
「その話は何度も聞いたが、そんなに厳しかったのか?」
付き合いの長いウェルースさんもよく知らないってことなら、思い出して語るのもつらいくらいの体験だったのかも……と思ったけど、そこまでではないようで。
「厳しいなんてもんじゃなかったぜあれは」
メルツァーさんはそう答えた。
「喩えるなら、訓練中の若者を千尋の谷に突き落として――」
「這い上がってきた奴をまた突き落とす、でしたっけ」
「それだよ。あのおっさん、新兵を人間と思ってねえからなマジで」
以前、メルツァーさん自身が言ってたことだ。確か元の言葉では、千尋の谷に落として這い上がってきた者だけを育てる、ってやつで、それでも十分厳しいと思うけど、それ以上というわけだ。ヴォルフさんの指導が相当過酷だったってのは伝わってくる。
ただ、ヴォルフさんの方の事情も、俺は本人から聞いたんだよな。
「未熟な新兵はいつ死ぬかわからん。新兵どもに情は移すまい。人間とは思わず、故に名前は覚えん。奴らの生存率を上げるのは、とにかく訓練だ」
――と、そうなると、とんでもなく厳しい訓練になってしまうんだろう。
「
もう何年も前のことだろうに、未だにそんな恨み節が出てくるほどだから、ちょっと、うーん。想像を絶する、というやつかな……。
「それをよく生き残れたものだな、お前」
「続々脱落の報告を聞いたのか、親父と兄貴がそれぞれ励ましに来てくれたんだ。異口同音、『家名に泥を塗るなよ』ってさ。思わず涙したね、あの時は」
何だか、殺伐とした会話だな……。これじゃ、メルツァーさんが親に反抗心を持つのも当たり前だ。
「以前に話したことがあっただろうか。こいつの父上は鉄騎都市で騎士団長をされている方で……」
ウェルースさんの補足が入ったけど、そのことは以前にメルツァーさん本人からも聞いたことがあるし、ヨハナ司祭も言っていた。
そういう地位の人だと、息子だからって甘い対応はできない、というのはあったかもしれない。
メルツァーさんが父親のことを嫌ってる理由はそれだけじゃないってのも知ってるけど……
「クソ親父の話はどうでもいいんだよ。やめだ、やめ」
ヴォルフさんのことを話す時とはまるで違う本気の嫌悪感を滲ませて、メルツァーさんが吐き捨てた。
「今はおっさんの指導の話。全体的に根性論で、ありゃあ時代遅れだ。ナンセンスだ」
口ではこんなことを言ってるけど、メルツァーさんが
「ちゃんとした理論に基づいた訓練を取り入れたら、もっと伸びると思うぜ。まあ俺たちに任せとけよ」
メルツァーさんは自信満々にそう言っているし、任せたい気持ちはあるけど。
「俺はいいんですけど、自警団の人たちが納得するかどうか」
名前の通り、あくまで村の人たちが自主的にやってる活動、という位置付けだ。俺からも『お願い』まではできるけど、望まないことを強制はしたくない。
そこに関して、ウェルースさんの意見は簡潔。
「それは、すでに実力を見せてわかってもらった」
……まあ、この二人と自警団との間で力量に差があるのは事実だ。
「自警団の方はそれでいいとして、防衛全体のことで言や、城壁がないのが落ち着かないんだよな」
というのがメルツァーさんの意見。
城壁か。確かに、この村にはちゃんとした城壁はない。それに類するものというと……
「魔獣除けの柵くらいはありますよ。それと、古王国時代の城壁なら少しは……」
とは言ったものの、古王国時代の城壁は古すぎて崩れてるところがあるし、そもそも遺跡周辺にあるだけだ。村全体の防衛には不足だろう。
一方、柵は木製だけど、人の背丈は超えるくらいの高さがある。大きな魔獣が通り抜けられるほどの隙間はないし、何度か体当たりされた程度なら防げるように補強もされてる。十分だと思う。
でも、メルツァーさんの評価は厳しい。
「いやあ、あんなんじゃ防ぎきれないんじゃないか? ドラゴンだって飛ぶんだろ?」
「そりゃ、ドラゴンくらいになると防げないですけど。でも、一回しか見てないですよ。シードラゴンを入れたって二回」
わざわざ城壁を建造するほどの頻度じゃないと思うし、だいたい、飛んでくるなら堅固な城壁だってあんまり意味がないような。
「築城の専門家を呼んで造った方がいいぞ。防衛兵器もつけられるから。高射バリスタならドラゴンも狙える」
「ええぇ……」
こんな田舎村にそこまでの城壁が要るかというと、要らないと思うけどなあ。