昼を過ぎると日差しが強くなってきて、自警団の訓練は一旦休憩になった。
みんな日陰に入って、持ち寄った飲み物や軽食に手を付けている。酒精がある飲み物も多いけど、雨水が豊富な雷王都市と違って、このあたりでは真水よりも果実酒の方が安いから仕方ない部分もある。
メルツァーさんもそういう飲み物で喉を潤している。
一方、ウェルースさんが飲んでいるのは水だ。
選ぶ飲み物が違うのは二人の性格だろうけど、逆に、飲み物がこうだから性格がああなったのかもしれない、とも思う。
「悪くはないんだが、もう一手間かけると、雑味が減って美味くなりそうな気がする」
とは、メルツァーさんの意見。
そういうものかな。俺は酒にはあまり詳しくないから、同意も否定もできない。親方あたりに聞いてもらった方がいいだろう。話を通しておこう。
「それで、さっきの続きで訊きたいんですけど。鉄騎都市の城壁って、どんな感じなんですか」
「いや、あのレベルのを造れとは言ってねーよ?」
即座にそんな返事があって驚いた。
メルツァーさんがこの村に欲しいと思ってる城壁の規模。てっきり、故郷の城壁を思い浮かべてるんだと思ってたけど。
「そこまで言うほどすごいんですか」
「あれは古王国時代に造られたやつだからな、今の技術じゃ無理無理」
なるほど。古王国の時代には今よりももっと
それで、魔剣や魔石と同様、今の時代に同じものを造ることはできない、と。そういうことか。
「あの壁はな、高さは見上げてると首が痛くなるくらいで、上までは確か人の背丈の十倍は越えてるとか言ってたな。そんで厚みが四馬身くらい……厚みがだぜ? そのばかでかい壁が、南北に端が見えないくらい長く長く伸びて、央州と東の荒野とを隔ててる」
メルツァーさんが語る城壁の姿を思い浮かべてみると、確かに、とてつもない規模だ。
「この村には、そんな城壁を造るちからもお金もないですね」
「だから、この村にそこまでは要らねーって」
そこはメルツァーさんも認めるところか。
それにしても。ということは。
「鉄騎都市には必要だったんですか。その規模の城壁」
メルツァーさんの話しぶりだと、そういうことになるだろう。
「同じ田舎でも、こことはちょっと事情が違うからな」
鉄騎都市が田舎? そんな馬鹿な。都市を名乗るだけの規模があるのに田舎ってことはないだろう。
「辺境、というやつだ」
俺の納得いかない気持ちが伝わったわけでもないだろうけど、ウェルースさんがため息をついてメルツァーさんの意見に補足した。
「それだよ。外敵ってのがいるんだ。それで壁を必要としてる。あそこは天駆の街道の東端で、まあ、央州の東の果てってとこだな。で、それより向こうは荒野。そこを闊歩する魔獣どもが『こっち側』に入ってこないよう防衛するために、壁と、鉄騎兵の街が建造されたんだ。古王国時代だ」
それは、ヨハナ司祭との会話でも少し出た話だな。都市の名前の由来にもなった〈鉄騎〉は国境防衛のために使われてるって。相手は辺境の魔獣か。
「成り立ちがそうだから、とにかく強いことが求められる気風はあるな。都市を治める騎士王にも、親である先代を決闘で倒さなくては即位できない、という決まりがあって――」
「それで、先代がヨボヨボになるまで待ってからってわけだ。今のニタニタひげ面のジジイもそろそろ……」
「俺が真面目に説明してるのに、話の腰を折るな」
ウェルースさんから少し不機嫌な声で言われて、メルツァーさんは「へいへい」と肩をすくめた。
まあ、建前と実際は違うこともあるよな……。
それにしても。
そうやって強さを美徳とする気風、それに鉄騎の存在。となれば……
「荒野の魔獣って、このあたりのやつより強いんですか」
そう想像するのは突飛なことじゃないだろう。
俺のその質問にはウェルースさんが答えてくれた。
「単体の強さで言えば、こちらと大差ない。ただ、数が多いんだ。それで人間側も『一人の力でなく集団の力で対処する』という方向でまとまってる。東の荒野は迷宮の通路のように狭くはないから、そういう戦い方ができる」
そういうことなら納得。敵に倍する人数がいれば、ひとりひとりは半分の強さでもちゃんと戦いになる。単純な計算ではそうだ。やっぱり数は強い。
「そのせいでだよ。同調圧力ってーの? 周りとちょっとでも違うことするとすっげー嫌われんだよ。いま思い出してもうんざりする」
うーん。メルツァーさんはあまり故郷のことを褒めないな。ほとんど追放みたいに旅立たざるをえなかったそうだから、無理もないかと思うけど。
「精強さでは央州でも随一だとか自称してたが、ものは言いようだよな。央州側にはあんな田舎に攻め込む奴いねーんだから負けようがねえだろ」
確かに、それはそうかもしれない。
鉄騎都市に攻め入って、うまいこと陥落させられたとして、一時は何らかの利益があるにしろ、荒野の魔獣からの防衛はきっと重荷だ。そっちに気を取られている間に背後を襲われることもあるだろう。
そういうリスクを背負い込むより、鉄騎都市にそのまま役目を全うしてもらうのが一番いい、というのは常識的な結論だと思う。
「東からなら、鉄騎都市の長い歴史では何度か攻められたことがあるらしい。東の荒野やその向こうにも人は住んでいるからな」
というウェルースさんの補足は、俺にとってはめまいがするような話だ。
「鉄騎都市でも想像できないくらい遠くなのに、その向こう? 理解が及ばないな……」
「東の人々も魔獣の荒野を越えてくるのは骨が折れるようで、細々とした交易があるくらいだ。軍を率いて攻めてきたのは嵐寧国が最後だな。およそ三百年前だ」
距離もだけど、三百年って時間もぴんとこない。ぎりぎり、とにかく昔の話ってことまではわかった。上出来だろう。
「ま、そういうわけだ。鉄騎都市にはあの規模の城壁が必要だし、あれほどのじゃないにしろ、この村にも相応の壁は要るってことは、十分に理解してもらえたと思う」
と、メルツァーさんが主張した。
鉄騎都市での必要性はさっきの話でわかったけど、この村には……どうだろう?
「このあたりは他の領主から攻め込まれたりはしないし、魔獣もそんなに頻繁に出るわけじゃないので、木製の柵でも十分、役目を果たせると思うんですが」
「必要になってからじゃ遅いんだよ。今日欲しくなって明日には完成、なんてあり得ないからな? 頑丈な壁は村を守るって意志の現れなんだ。だから、存在するだけで村に安心感を与えてくれる」
う、うーん。そう言われると、あった方がいいのかな、って気になってくるな。
*
というわけで、その日の内に早速、壁のことをクレールたちに相談してみた。
「今の木製の柵も結構頑丈に造ってあると思うよ? 魔獣が出るって言ってもそんなに強くないのばっかりだし、強度は十分じゃない?」
クレールの意見は、俺の本来の意見とほぼ同じだった。
一方、ステラさんの返事は、これも俺が思っていたことで……
「現在は他に優先度の高い案件が多く、城壁建造の予算を確保できない」
当然ついてくる、お金の問題だ。あるにはあるけど無限ではない、って中では、使い道は慎重に決める必要がある。そういうことだよな。
「しかし、柵の補強や改修はいずれ必要。将来の課題として記憶しておく」
なので、この村にも石造りの城壁ができるかもしれない。……遠い未来には。