「うっ……」
酷い頭痛を感じて、俺は呻いた。そして、その自分の呻き声で目を覚ました。
「ここは……どこだろう……」
見覚えがない小部屋だ。そんなところでどうして寝ていたのか、よく思い出せない。
空の倉庫、といった感じの殺風景なところだ。扉がひとつと、窓は……外から鉄格子がはまっている。
「気が付いたか」
不意に、声を掛けられた。視線を向けると、壁に背を預けて立つ男が一人。
緑色の髪で、黒眼鏡を掛けている。俺が住んでいた田舎村では一度も見たことがないような、異様な風体の男。
その男が言うには、ここは雷王都市のはずれ、警備兵の詰め所、その牢の中……だそうだ。
「お前はこの雷王都市に潜り込もうとして、
言われて、俺はそのことを思い出した。
「そうだ……故郷の村は〈剣鬼〉に滅ぼされて……」
ほんの数日前のことだ。でも、もうずっと昔のような気もする。
「俺、ここに知人がいるって言ったのに、全然信じてもらえなくて……他に頼るところもないのに……」
両親は〈剣鬼〉に殺された。雷王都市には叔父のダックスさんがいるはずだから、その助けを借りるために、ひとりで街道を歩いてきたんだ。
「お前からは不思議な力を感じる」
と、黒眼鏡の男が言った。
「どうやら、何かを成す運命の者――のようだな」
ひどく大雑把な評価で、具体的なことは何も言ってない。
でも、俺に何かを感じたことだけは、わかった。
後にして思えば、ティータさんよりも先に、俺の未来を見通していたのか。
……後? 後って……いつのことだろう。
また、酷い頭痛を感じた。
*
意識が『今』に戻ってきた。
その俺の目の前にいたのは……
「……あれ。ガルナシリアさん……?」
ガルナシリアさんは俺の仲間の一人で、凄腕の剣士だ。緑色の髪と、黒いレンズのついた眼鏡が特徴的。背は俺よりは高いけど、戦士としては小柄な方かな。
雷王都市での冒険では何度も力を貸してくれた。ただ、何しろ剣鬼騒動の当時のことだから、あれほどの剣士だと剣鬼に間違えられることが多くて活動しにくいと言ってた。
一方、異界での冒険では、一時的にだけど敵対した。
その時は俺と一緒にスレイダーさんがいたからだ。属する勢力が違うらしくて、よく敵対するんだと言っていた。
……そう。後で知ったことだけど、ガルナシリアさんもスレイダーさんと同様、異世界の人だ。
何らかの目的があって、このあたりを調べていたらしい。それがどんなことなのか、俺はよく知らないけど……
でも、味方になると頼もしい。
後に〈銀の玉座〉に育った歪み〈
……どうしても思い出せないでいた、十六人目だ。
「お前の記憶に施されていた封印を解いた」
ガルナシリアさんが、俺に向けていた手を下ろした。
頭痛は急速に消えていった。記憶にかかっていたもやも、もう晴れている。
「うちの勢力の方針で、異世界で関わった人間がいれば、関わった記憶に封印を施すことになっているんだ。お前達は対象から外すように言っておいたんだが、どうやら巻き添えになっていたらしい。すまなかった」
……事情は、単純化すれば、実際そんなところなんだろう。
でも、その『記憶の封印』というのは、決して簡単なこととは思えない。俺や俺の仲間たちにまでそんなことができるなんて。ガルナシリアさんが属する組織の強大さを嫌でも感じる。
ただ、俺の中では、恐怖よりも興味の方が強い……かな。
「思い出せたから、構いませんよ」
何にせよ、ガルナシリアさんに文句を言っても仕方ない話のように思う。
「他の奴らの封印の解除は……少し急ぎなのでな、お前に任せる。このカードを見せればいい。記憶封印解除のための魔法陣、といったところだ。即効性はないが半日程度で効いてくる」
言って、ガルナシリアさんはジャケットの内側から一枚のカードを取り出した。
これは、渦だろうか。そんな感じの図案が描かれていた。
その図案より、カード自体の方に驚いた。薄いのにしっかりとした硬さを持った、不思議な材質でできてる。これも異世界の魔法で編まれた物なんだろう……。
「早速で悪いが本題だ。スレイダーを見たんだな? どこに行った?」
俺が受け取ったカードを懐にしまうのも待たずに、ガルナシリアさんが続けた。
……スレイダーさんから軽く口止めされてるのは確かだ。二人が敵対してるのも、これまでの様子を見てると、間違いないだろう。
ただ、他の誰かならともかく、ガルナシリアさんは俺の仲間でもある。嘘はやめておこう。
「訪ねてきたのは確かですけど、どこに行くとは言っていませんでしたよ」
これならまあ嘘じゃないし、全部を話したわけでもないから、スレイダーさんに対しても一定の義理は果たしたと言えるだろう……。
「何かあったんですか?」
逆に俺から訊ねると、ガルナシリアさんは片手で黒眼鏡の位置を直しながら応じた。
「奴の勢力とはいろんな所で競争してる間柄だからな。いつでも『何か』はあってるさ。今回は、魔導器の争奪戦というところだ」
「ああ、それはスレイダーさんも言ってました。勝った人が総取りするゲームをやってるって」
「ふん。やはり、目的は同じか」
二人とも、何かを探している。それはわかった。
思い返せば、異界での冒険の時もそうだった。
「前の時は〈
「奴からは何も聞いてないのか」
「同行を軽く誘われはしましたけど……」
そう。今回のことも、もしかしたらスレイダーさんの側について参加してたかもしれない話なんだよな。
ただ、今は村のことで忙しいし、なにより、溜まりすぎてる
「俺もちょっと事情があって、断ったので」
こうなると、それで正解だったのかな。
スレイダーさんとガルナシリアさん。俺にとっては二人とも冒険の仲間だ。一方の味方をすることでもう一方の敵にならざるをえないなら、やっぱりちょっと心苦しい。
「いいだろう。教えてやる。お前も何か知っているかもしれんしな」
ガルナシリアさんはそう前置きしてから、続けた。
「俺たちが探しているのは、特大の
それでスレイダーさんの足跡を追ってきたところ、俺と遭遇したってわけだ。
事情はわかった。でも……
「すみません。心当たりはないです。神話時代のことだなんて、正直、俺の理解を超えてる」
ガルナシリアさんの方もそんなに期待はしていなかったらしく、軽く肩をすくめて苦笑、という程度の反応だ。
「お前ほどの戦士なら、単に補強が目的だった可能性もある。何にせよ、奴に追いついて問い詰めればわかることだ」
「戦いになるんですか?」
二人の立場の違いを考えれば、平和的な話し合いだけで済むとは思えない。ガルナシリアさんも否定しない。
「意思を持つ者が集まれば、それぞれの思惑と利害がぶつかり合うのは当然のことだ。奴の勢力とはこれまでも数え切れないほど戦った。その数が今回またひとつ増えるとして、ためらう理由にはならんな」
二人の因縁、かなり根が深いみたいだ。付き合いの浅い俺が遠く離れたところから少し口を挟んだくらいじゃ、これが変わる気はしないな……。
「俺と奴の一対一なら、こちらがやや優勢だろう。だが、仲間の質ではこちらが不利だな。向こうは少数精鋭で士気が高い。対して、こっちの奴らは最近だらけているからな……」
ガルナシリアさんがため息交じりにそう言ったから、俺は苦笑。
「本当に、笑い事じゃないんだぞ。お前達が記憶封印の対象から外されていなかったのも、そういった気の緩みが原因だ。このままではいつか大災厄を招きかねん」
異界のとてつもなく強大な組織にも、そういう悩みはあるらしい。
「今回は念のため、部下をひとり連れてきてるんだが、こいつがまた――」
もう一人の人物がこの場に現れたのは、ガルナシリアさんがそう言った時だった。