竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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フラーヤ

「リオン、ここで何やってるの?」

 俺の背後から、よく知っている声が聞こえた。

 視線を向けると、長いふわふわの金髪を風になびかせながら駆け寄ってくる。転ぶんじゃないかと少し心配になったけど、今回は大丈夫だった。

「クレールこそ、こんなところでどうしたの」

「天気がいいからお散歩。リオンも暇なら誘えばよかったね」

 夏の海辺に似合う、上品な白のワンピースで、リボンのついた麦わら帽をかぶっている。どこから見てもお嬢様だ。腰に下げてる魔法の短杖(ワンド)以外は。

「で、えと、一緒にいる人は――」

 クレールの目が、俺の先へと向く。

 そしてすぐに、驚きの表情を浮かべた。

「あーっ! 魔杯を狙ってきた〈災渦(ウォルテックス)〉の勢力のやつ! 今度は何をしに来たんだっ!」

 言ったクレールはすぐに俺の横に立って短杖を構えた。

 ガルナシリアさんと一緒に戦ったこともある俺と違って、クレールがガルナシリアさんと会ったのは異界での冒険の時だけだ。そしてその時、二人は対立する立場だった。

「……そんなこともあったような気がするな」

「とぼけるなっ! リオンから離れろっ!」

 こういう反応になってしまうのも無理はないだろう。

 でも、不思議だな。

「クレール、この人のことがわかるの?」

「当たり前だよ! またばかにしてー!」

「いや、別に馬鹿にしてはいないけど」

 ……記憶を失っていないのか。

 どういうことかとガルナシリアさんに視線を向けると、最初に返ったのはため息。

「スレイダーあたりの妨害があったのかもしれん。だが、封印した奴はその道ではエキスパートだ。ちゃんとやったなら容易に干渉はできまい。となれば、ここと違う世界のことで確認を怠ったのだろう」

 言葉の後でまた、ため息。

 力量は信頼してるけど人柄は信用してない、というあたりかな……。

 俺たちがそう言葉を交わす間も、クレールは警戒心をむき出しのままガルナシリアさんを睨んでいる。

「クレール。ガルナシリアさんは悪い人じゃないよ」

「悪人じゃないなどとは、俺自身でもまったく思わないが」

 この人は……俺がせっかく擁護してるのに、自分からぶち壊しにして。

「でも今は敵じゃない。剣を抜くつもりもなさそうだし」

「まあ、そうは言えるな」

 そんなやりとりを経て、ようやく、クレールも少し落ち着きを取り戻した。

「リオンがそう言うなら――」

 それを言い終わる前。

 ――殺気。

 

 俺はクレールの腰を背中側から抱いて、一気に後方に跳んだ。

 ガルナシリアさんもほとんど同じタイミングで俺とは逆へ跳躍する。

 次の瞬間、俺たちが立っていた木造の橋に、何かが突き立った。

 そして、爆発。

 

 俺たちが川を挟んで着地すると、それに少し遅れて、ガルナシリアさんの方にもう一人がふわりと降り立った。

「今、原住民に攻撃されてたわね。私が助けてあげたわ。せいぜい感謝なさい?」

 女性だ。紫色の長い髪。切れ長の目。宵闇色のロングドレス。そして……右手にあるのは、魔槍だ。ただならぬ妖気を放っている。

「フラーヤか。状況をよく見てから動け。攻撃はされていない」

「あらそう? 評価値アップのチャンスだと思ったのに、残念ね」

「浅慮なところでむしろダウンしたぞ」

 そんな会話の間に、魔槍の直撃を受けた木製の橋が崩落した。架け替えの話はあったけど、具体的な建造計画が出来上がってない今、まだ壊すつもりはなかったんだよなあ……。

「いきなり攻撃してきて、やっぱり敵なんじゃない?」

 小脇に抱えられたまま、クレールがそう主張した。……これには反論できない。

 ガルナシリアさんは、大きなため息。

「あいつはこちらでの友だ。名はリオンという」

 紹介されたから一応「どうも」と頭は下げたけど、相手の反応の方は……

「ふーん。要するに原住民なんでしょう? 田舎くさい顔だもの」

 そう言って、長い髪をかき上げたくらい。どうも、俺たちの存在にそもそもあまり興味がないらしい。

「またばかにしてー!」

 今のは、うん、馬鹿にしてたな。俺は実際に田舎の出だから、そんなに腹は立たないけど。

「こいつは俺の部下の一人でフラーヤという」

 ガルナシリアさんが言う間も、フラーヤと呼ばれたロングドレスの女は俺たちをほとんど無視して髪の乱れを整えている。

「……本人がいるところで言うのも何だが、出来が悪くて扱いにくいやつだ」

 そう愚痴を言いたくなるくらい、ってことなんだろう。

「私だって幹部なのにその言い方は酷いわね。埋めさせるわよ」

 幹部なのか。この……ちょっと自己中心的な感じの人。

「うちの勢力の悲しいところは、これがまだ使える方の人材だということだな」

 ガルナシリアさんがまたため息をつくと、女は苛立った様子で魔槍の先をガルナシリアさんの顔に向けた。

「おだまり。私の悪口言うだけならもう行くわよ」

 女はそう言ったけど、俺はガルナシリアさんの言葉に別の意味も感じた。つまり……

 この難ありな性格でも幹部に数えられるくらい、強い。

 目立つのはあの魔槍だ。おそらく、異界の伝承武具(レジェンダリーアーム)だろう。

 そして本人も、かなりの強者。

 橋を一撃で破壊した手際を見るに、あの魔槍を使いこなしている。いくら強い武器でもただがむしゃらに振り回す、振り回されるだけじゃ、ああはいかない。

「それで、あのバカはどこに行ったのかしら?」

 そのフラーヤが、ガルナシリアさんに訊ねた。まだ他にも仲間がいるのかと思ったけど、どうやらそうでもないらしい。

「スレイダーの行き先については知らないそうだ」

「あら。やっぱり田舎の原住民はあてにならないわね」

 なるほど。スレイダーさんのことを『あのバカ』呼ばわりしてただけだったか。

 その名前に聞き覚えがあるクレールが、俺の隣で首を傾げた。

「スレイダーと知り合いなの?」

「仲良くはないが、まあな」

 言われて、クレールは唸った。

「スレイダーなら確か…………うーん。やっぱり知らない。知ってても教えない」

 ガルナシリアさんとスレイダーさん。二人とも俺の仲間だったことがあるけど、クレールにとってはそうじゃない。ルイさんの部下という立場を長いこと隠れ蓑にしていた分、スレイダーさんの方が心理的な距離は近いってことだろう。

「……まあいい。当初の予定通りにやるだけだ」

 ガルナシリアさんはそう行って引き下がった。

 ただ、その隣のフラーヤは不満があるらしく、あからさまに見下した目を俺たちに向けてきた。

「生意気ね。少し痛い目にあわせて、話したくなるようにしてあげましょうか」

 フラーヤの全身から闘気(フォース)がじわりと湧き出て、魔槍に集まる。さすがに大組織の幹部級。俺の仲間たちに劣らないくらいの圧力は感じる。

 魔剣が手元にないのが痛い。あの魔槍を相手に普通の短剣だけじゃ、長くは耐えきれないだろう。

 いっそ、こっちから仕掛けて先手を打つか?

 緊張の糸が張り詰める中――

「やめておけ、フラーヤ。そう容易い相手ではない」

 ガルナシリアさんがそう割り込んだから、フラーヤは「ふん」と鼻を鳴らしてから、闘気(フォース)の圧縮をやめた。

「命拾いしたわね、原住民」

 フラーヤは捨て台詞。

 まあ、ほっとした。……と同時に、異界の戦技を体験できなかったことには少し残念な気持ちもある。少しだけ。

「迷惑を掛けたな、リオン。詫びに何か……そうだな、これをやろう」

 言って、ガルナシリアさんは懐から取り出した何かを俺の方に放った。

 布製の袋に入った、円盤状の物だ。形や大きさからするとコップ敷き(コースター)かな。いや、それにしては金属製でずっしりと重い……。

「俺のいる世界で使われている金貨だ」

「金貨? こんなに大きいんですか」

 さすが異世界だ……。

「何の魔法もないが、純度はまあ高い。橋を修繕するのには、換金しやすいものの方がいいだろう」

 袋から取り出して見ても、やっぱり大きい。普段使ってるコップの口より広いというと、その大きさが伝わるかな。まあさすがに、手を目一杯に広げたほどはない。

 図案は……中央の円に何やらしたり顔が描かれていて、その周囲には放射線状に広がる、炎? これは、太陽かな。うん、太陽の金貨だ。

「ではリオン、またいずれ会おう」

 別れの言葉が聞こえて顔を上げると、ガルナシリアさんたちの姿は渦巻く黒いもやに覆い隠されるところだった。

「――できれば敵としてではなく、な」

 強い風が吹いてそのもやが吹き散らされると、その場にはもう誰もいなかった。

 

 騒ぎを聞きつけてきたらしい親方たちに橋が崩落したことを伝えると、ここは通行止めになった。元々、新しく大きな橋を造る予定ではあったけど、その前に仮の橋を架けた方がよさそうだ。

 それにしても、せっかくの機会をまた逃してしまった。

 竜石について異世界人のガルナシリアさんに訊けたらよかったんだけどな。その余裕がなかった。

 また会えたら、次こそは訊いてみよう。

 

「……クレール、さっきは何を言いかけたの?」

 館へと戻りながらそう話を向けると、クレールはいちおう周囲をうかがってから、小さめの声で答えた。

「あのときのスレイダー、僕に父様の居場所を訊いたから、もしかしたら父様の所に行ったのかもって」

「ああ……」

 そういえば、そんなこともあったな。

 クレールのお父さんである〈暗黒卿(ロードオブダークネス)〉ルイさんは、今は確か遠く北方にある〈風の終焉地〉という遺跡を調べてるらしい。ときどき使い魔が届けてくれる手紙に、そう書いてあった。

「でも、ルイさんとスレイダーさんって、落ち着いて話ができる間柄なのかな、いま」

「んー、どうだろうね……」

 〈煉獄の魔杯(アンホーリーグレイル)〉を巡る騒動の時、二人はかなり激しく争った。どちらかが死んでいてもおかしくないほどだったし、あれだけのことを『水に流す』ってことができるんだろうか。俺ならどうだろう。自信はないかも。

 まあ、目的はともかく、ルイさんを訪ねていくこと自体はありそうな気はする。

「平和的に済むといいけどね」

 そう願っているのは本心からだけど、その一方で、きっと戦いになるんだろうという予感も、あるなあ……。

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