館の裏庭。なんともいえない、いい香りが漂っている。調理炉で何かが焼かれているからだ。それで俺もつられて来てしまった。
「特級おいしそうです!」
ナタリーがその調理炉の近くで踊っている。ミリアちゃんも一緒に踊っている。マーシャも巻き込まれて踊らされている。
実際に焼いているのはニーナ。その様子を、マリアさんとステラさんが見守っている。
「色がすごい……」
ニーナが呟いたから、俺もその手元を覗き込んでみる。
確かに。白や黒や暗褐色のものの他に、極彩色と言えるようなものも焼かれている。全部、キノコだ。
「毒性がないとされるもののみを選び出したため、問題はない。……そのはず」
「私も確認しましたし、大丈夫ですよ」
ステラさんとマリアさんがいるのはそのためか。
「特級キノコ祭りです!」
この様子からすると、ナタリーが近くの森で集めてきたんだろう。
「毒性がないということが必ずしも美味を保証しない点には、留意する必要がある」
「あたしが採ってきてニーナが焼いたらだいたい美味しいです!」
ステラさんのは一般論、ナタリーのは暴論。
でもこの館ではナタリーの言い分が勝つこともある。ニーナの調理の腕はいまやそういう次元にある。
それにしてもこの極彩色のキノコは……本当に食べても大丈夫なのかな。
「いざとなればニーナちゃんやミリアが〈
俺の不安を見透かしたように、マリアさんがそう言った。
確かにそうだ。だったら安心……とまでは行かなくても、死にはしないだろうとは思える。
あとは味だ。俺は味覚が他の人とは違ってしまってるから、あんまり期待はしないけど。
「これはもういいかな。はい、ナタリー」
「んっんー! ナタリーちゃんいいなーっ!」
「何か調味料つける?」
「まずはそのままいただくです!」
黒っぽいキノコが串刺しにされて、ナタリーに渡された。最初のひとくちは調達してきた子の権利、ってところか。
「はふっ! あひゅ、あひゅいれふ! れもおいひーれふ!」
「食べ終わってから喋ろうね」
ナタリーは実に美味しそうに食べてる。色もおとなしいやつだったし、見たことがある形でもあったから、村でも普通に食べられてるやつだな。無難なところだろう。
そんな感じで、十分に焼けたキノコからみんなに分配されていき――
「その特級いいやつはリオンのものです!」
よりにもよって、あの極彩色のキノコが俺のところへまわってきた。
……本当に大丈夫なのか?
「問題ない。……と期待される。……たぶん。そのはず」
いつもは頼もしいステラさんの言葉も、今回ばかりは頼りない。
「勇者らしく、思い切っていっちゃって」
ニーナはそう言ったけど、勇気と無謀は違う。
「あの、心配しないでください。〈
マリアさんが改めてそう言ったことからも、毒があること自体は確定事項のような雰囲気を感じる……。
でも仕方ない。この場の誰かが食べることになるなら、生命力からいって俺が一番適任だろう。仮に毒があったとしても即死はしないはずだ。
串に刺さった極彩色の物体に、思い切って噛みつく。
……んー……うん? ……ふむ……。
「案外いける」
俺の変化してしまった味覚では味はよくわからないけど、少なくとも食べられないものじゃない。毒はなかったみたいだ。ほどよい弾力のある食感で、何だか癖になる。
「そうなのですか! それならあたしもリオンのキノコ欲しいです!」
「いいけど、ナタリーの好みとは違うかもしれないよ」
「食べられるものなら、チャレンジです!」
そう言って食べてみたナタリーの感想は……
「特級にがいです!」
どうやら気に入らなかったようだ。
*
最近の様子を見ていて、気付いたことがある。
異界からここへ来たマーシャのことだ。まだ、俺の推測でしかないけど……
いい機会だから、このキノコ祭りの席で確認しておくことにした。
次のキノコが焼き上がるのを待つ輪から少し離れたところにいたマーシャの横に、俺も並んで立つ。
それに気付いたマーシャが、少し首を傾げて俺を見上げた。
俺の推測というのは、つまり、こうだ。
「マーシャはもしかして、このままこの世界に残るつもりなのかな」
その問いに、小さな頷きが返った。
「私は最初からそのつもりで、この世界に飛び込みました……」
ペネロペの悪夢を越えてきた時のことか。なるほど。マーシャからすれば、決断はあの時すでに済んでいたってわけだ。
「こっちに来て、どう? 気が変わったりしてない?」
「ここが異界だとは思えないです……。初めて見る景色なのは確かですけど、それは旅をしていればよくあることですし……」
それは確かにそうかもしれない。異界とは言っても元々よく似た世界。上下が逆さまとか、呼吸のしかたが違うとか、そんな違いは全くない。
「ずいぶん気に入ったみたいだね」
「はい。みなさん良くしてくれます……特にマリアさんからは教わることも多くて……尊敬してます。その、おかしいでしょうか。何だか自分で自分を褒めているみたいで落ち着かないですけど……」
「いや、変じゃないよ」
マリアさんはマーシャよりも多くの経験を積んでる。しかも、マーシャと全く同じ傾向のある身体だ。やって良かったこと、やってみたかったこと、挑戦したけど失敗したこと。マーシャの参考になる話はいくらでもあるだろう。
「それに……」
続く言葉を口にする前に、マーシャは一瞬だけ俺を見た後、恥じらうように目を逸らした。
「それに、リオンさんがいてくれます……」
うん、まあ、マーシャからすればこっちにいる知り合いらしい知り合いは俺とクレールくらいだったし、頼りにされて悪い気はしない。……それ以上の意味もあるかもしれないけど、あまり深く考えないようにしておこう。
「気がかりなのは、姉のことです……」
と、マーシャは顔を曇らせた。
マーシャが姉と言ってるのは、この場合はこの館にいるミリアちゃんやマリアさんではなく、異界に残っている本当の姉であるミリアさんのことだろう。
「手紙、ちゃんと届いたでしょうか。食事はちゃんとしてるでしょうか。洗濯は……」
異界に手紙が届くはずない、と俺は思っていたけど、異界へ渡れるデュークが届けてくれることになって、マーシャはすぐに手紙を書いていた。詳しい内容は聞いてないけど、近況を報告するとは言っていた。
その返事はまだ届いていない。デュークは姿を消したままだ。心配なのはわかる。ミリアさんの生活力のなさは俺も知るところで、マーシャがいなくて平気だとは到底思えない……。
「……姉もここへ来たらいいのに、と思います」
賑やかに調理炉を囲むみんなの方へ視線を向けて、マーシャは呟いた。
「もともと旅から旅の暮らし。その行先が異界でもそんなに変わらないと思うんです……」
それは実際そうだろう。今のマーシャとは逆に異界に行ってた頃の俺も、普通に過ごしてた。少し事情は違うけど、今のクレールも似た境遇だ。
「デュークは行き来できるみたいだから、連れてきてもらうこともできるかもしれないね」
クレールの場合は住んでいた街ごとこっちへ来ることになったからか時間がかかったけど、ミリアさん一人だけなら、デュークがついていれば比較的簡単かもしれない。少なくとも、マーシャを元の世界に戻すことはできると言ってたし。
「今度、そういうことも話してみます……」
マーシャの選択がどういう結果になるのか。それがわかるのはまだ先だろうけど、なるべくいい方向に向かうように、俺も手助けできたらいいな。