キノコ祭りは、ちょうど居合わせなかったクレールあたりから不満の声が出たから後日また開催されることになった。キノコ狩りの担当になったナタリーは張り切っている。
調理される前に取り分けられた毒のあるキノコは魔女の店へ持っていくことになった。寄付、というと聞こえは良いけど、実態を言うと『始末をお願いする』ってところかな……。いくつかでも薬として役に立つ物があるといいけど。
そのあたりのことを引き受けてくれたのは、もちろん、魔女の店によく出入りしているマリアさんだ。
――そのマリアさんが最近、何か言いたそうにしてるのには俺も気付いていた。
「あの、リオンさんに伺いたいことがあるのですが……」
ついにそう訊ねてきたのは、俺と二人だけになる時を待っていたのかもしれない。とすれば、かなり口に出しにくい話なんだろう。気をつかって温室を見に来たかいがあった。
「何ですか?」
俺はこの温室にはたまにしか来ないけど、育てられている南方の植物たちは瑞々しい生命力に満ちていて、その色の鮮やかさにはいつも圧倒される。
それを管理しているのはマリアさん。……どうも、温室の花たちと比べると儚げな人だ。
「もしかして、その……」
こうして話しかけてくる声も、どこか弱々しい。話したい内容のせいでもあるだろうけど、ようやく口に出そうと決心したはずの言葉を――
「……いえ、やっぱりいいです。気にしないでください」
こうやって呑み込んでしまうことすらある。
似た傾向のあるマーシャはそんなところを少しずつ変えていこうとしているみたいだけど、マリアさんはマーシャよりかなり長い月日をこの性格でやってきてるから、なかなか、今から変えようというのも大変かもしれない。
もちろん、こんな性格じゃいけない、なんて言うつもりはないけど……
「そこで止められると気になるんですが」
これは、今の俺の正直な気持ちだ。
「……では、言いますけど……」
少し悩んだ末、ひとまず今日のところは口を開く気になったみたいだ。
それで、その内容はというと。
「その……リオンさんはもしかして、ミリアやマーシャのような小さい女の子にしか興味がないのでしょうか……?」
……わけがわからない……。
「どうしてそんな風に思っちゃったんですか」
もちろん、ミリアちゃんやマーシャのことは嫌いじゃない。一緒に苦難を乗り越えた仲間だ。どちらかと言ったら好きに決まってる。
でも、マリアさんが言ってるのは、どうもそういうことじゃなさそうだ……。
「リオンさんに好意を寄せている子はたくさんいますし、それはリオンさんだって気付いているでしょう。それなのに、そういう点ではリオンさんはみんなとの間に壁を作っています……」
マリアさんのその意見は、その部分に関しては、ほぼ正解だ。
俺の身体は
そんな状態で誰かと、たとえば恋人同士みたいな、そういう深い関係になるなんてありえないだろう。そうなればきっと絶対触れ合いたくなってしまう。
それで確かに、ほんの少しだけど、気持ちの上でも距離を取ってるし、決定的なところには踏み込ませないようにしてる。そのへんが『壁』に見えてしまうんだろう。
「でも、ミリアやマーシャには何だか、とても親しげに接している気がして。それで、だから……」
だから、俺が『とても年下の女の子』にしか興味がないんじゃないかと疑うに至った、というわけだ……。
「もしそうなら、二人の姉として少し心配なので、リオンさんからお話を伺わなければいけないと……」
今回は誤解を発端にした行動だったけど、妹たちのためとなれば勇気を振り絞れるのがマリアさんだ。些細な違和感も放っておかないという決意だ。
話せる範囲のことでマリアさんが納得するかどうかわからないけど、ともかく、なるべく誠実に説明しないといけない。
「ええと……逆なんです。みんなのことは意識してしまうから、どうしても少しだけ距離をとってしまうんです。ミリアちゃんやマーシャに自然に接してるように見えるなら、まだそういう対象でないことの表れで……」
いけない……あんまり必死に抗弁するのも逆に怪しいような気がしてきた。
「まあ、妹みたいな感じです」
なるべく短い言葉で正直に言うと、そうなる。
俺には本当の兄弟姉妹はいないけど、ミリアちゃんは俺のことを『お兄ちゃん』と呼ぶし、そう呼ばれた時に俺が感じているのは兄の気持ちってことで合ってるはずだ。
マリアさんはその言葉に「ああ」と声を上げて頷いた。
「そういうことだったんですね。よかったです。安心しました」
どうやら納得してもらえたらしい。俺としても、ほっと一息。
……と思ったのも束の間で。
「えっ、あれ? でも、それでは……」
何かに気付いた様子で、マリアさんは俺から視線を逸らして何事か考え始めた。
「ミリアとマーシャが妹……」
漏れてきた呟きから察するに、さっきの俺の言葉を反芻しているらしい。
おかしいところがあったかな。何も思い至らないけど。
「マリアさんと同じですね」
思った通りのことを言い足すと、マリアさんの困惑顔はさらに深まった。
「それは、どういう意味で?」
「意味?」
マリアさんが何を言いたいのかよくわからなくて、つい訊き返してしまった。
「……あ、その……深い意味はないんですね?」
「そのままの意味ですけど」
深い意味って何だろう。俺に何を答えさせようとしているんだ?
よくわからなくて首を捻っていると、マリアさんは小さくため息。
「そうですね……リオンさんはそういう人です……」
何やら、ちょっと呆れられてしまった。
でもともかく、俺が小さな女の子だけに特別な好意を向けてるわけじゃないってことはわかってもらえた。そのはずだ。うん、たぶん。
温室の世話の邪魔にならないよう俺だけ外に出ると、ちょうど爽やかな風が吹いた。夏の暑さはまだまだつらいと思っていたけど、温室の中は蒸し暑いというやつで、それよりは外の方がいくらかマシに感じる。
「……聞いちゃいました」
背中の方から急に言われて、俺は一瞬、どきりとした。
振り返ると、温室の入口の近くにマリアさんがいて……
いや、よく見たらマーシャだった。大きさが全然違うのに、一瞬、見間違えてしまった。
「聞いたって、何を?」
温室の中でマリアさんと話してたのを聞いた、ってことかな。だとしても、聞かれて困るような話はしてないはずだけど。
俺の問いかけに、マーシャは少し憂いを帯びた顔で答えた。
「この村では十五歳で成人だって、聞きました」
それは、俺にとってはいまさらの話だった。でもマーシャは今日はじめて聞いたんだろう。ただ、その表情が晴れない理由は、いまいちわからない。
「あと四年……とても長い時間だと思います……」
「もしかして、早く大人になりたい?」
そう訊ねると、マーシャは頷いた。その顔はやっぱりちょっと暗い。
「誰かに先を越されちゃいそうで、心配です……」
マーシャはそう言ったけど、誰にとっても一年は一年。年を重ねるのはもともと競争するようなことじゃない。誰かに先を越されるなんてあり得ない。
……これはやっぱり、中での話を聞いてたんだろう。その上でこの発言となれば、あまり突っ込んで訊くと俺も言葉を選ぶのが難しくなりそうな気がする。
そのあたりには気付かなかったことにして、俺は言った。
「慌てなくても大丈夫だよ。目の前のことを頑張ってれば、その時は自然と来るからね」
それを受け取ったマーシャは、やっぱり少し、これは不満の顔かな。
「……リオンさんは、そういう人ですね……」
そう言ったあとのマーシャから、小さなため息が漏れた。