竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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凄腕の旅商人は竜石を扱うか

「いい買い物したよ、あんた」

 ユウリィさんはそう言って今回の取引を締めくくった。

 この人は、ときどきこの館を訪ねてきて必需品や備蓄の補充をしてくれている旅商人。経営するお店はこの村にあるんだけど、そっちは弟子のニコルくんに任せて、自分は今でも荷馬車での旅を続けている。そういう商売が趣味なんだそうだ。

 久しぶりに会った、と思ったけど、日にちを数えると案外そうでもなかった。前の時にはフューリスさんとヴィカがいて、その二人はもうこの館には滞在していない。身の回りに起きたそういう変化のせいで、長い時間に感じられていただけらしい……。

「荷物は俺が運んでおくから、仕事に戻っていいよ」

 そう言ってペトラを下がらせてから、俺はユウリィさんと一対一で向き合った。

「……実は、ユウリィさんに頼みたい物があるんですが」

 俺がそう切り出すと、ユウリィさんは「ふむ」と鼻を鳴らして俺を見た。

「その顔。どうやらかなりの稀少品らしいな? 自分で探し回ったが見付からず、頼れるのはもはや凄腕の旅商人しかいない……と、そんなところか」

 顔からそこまでわかるものなのかと思ったけど、それっぽいことをためしに言ってみて反応を探っているだけかもしれない。ただ、実際に凄腕の商人であるユウリィさんならわかってもおかしくはないな……。

 いずれにせよ、目的の物をはっきりと言わずに依頼するのは難しい。少しは事情を話す必要がある。それでも、他の人たちと比べた時、口が堅いことは期待できる。

 それに、フューリスさんの依頼で邪鋼の短剣を仕入れてきた手際を俺も信頼してる。スレイダーさんやガルナシリアさんに頼みそこねたから、ユウリィさんには確実に依頼しておきたい。

「竜石、というものを探してるんです。どうにか手に入りませんか」

「竜石?」

 俺の身体は竜に近付きつつある。大量の竜気(オーラ)を溜めてしまったせいだ。

 その竜気(オーラ)をどうにかできないかと、古竜でありながら今は多くの時間を人間の姿で過ごしているヴァレリーさんに相談したところ、竜気(オーラ)は『竜石』という物に移すことができると教えてもらったんだ。

 でもこれが見付からない。そもそもここを離れて探しには行けない俺じゃ、どうしたって限界はある。

 それでデュークには相談した。でもあまり有益な話は聞けなかったな。

 スレイダーさんとガルナシリアさんは異界にも顔が広いみたいだから相談できたらよかったけど、まあ、運に恵まれなかった。

 頼れるのはもはや凄腕の旅商人しかいないってのはほぼ正解、という状態だ。

「噂には聞くが、領主様がなんだってそんな物を欲しがる?」

「ええっと……」

 身体のことをみんなには秘密にしてる。あまり心配させたくないからだ。

 それで、竜石について知ってる可能性がありそうだと思いつつ、クレールのお父さんである〈暗黒卿(ロードオブダークネス)〉ルイさんや、ステラさんの師匠である〈西の導師〉には相談できていない。

 ユウリィさんは口が堅いだろうとは思いつつ、館のみんなとも面識があるから、やっぱり少し慎重にならざるをえない。

「まあ、贈り物、というところです」

 ……たまには、頑張っている自分にだって贈り物をしてもいいだろう。うん。

 ユウリィさんは俺の言葉の真意を探るような目で俺を見る。

「ふぅん? まあ、余計な詮索はしないでおこうか。オレにとって大事なのは、それがいくらになるのかだ。……期待していいんだろうな?」

 おおよそ、俺の予想通りの話になった。

 ユウリィさんは商人だけど、ただ金を積むだけじゃ積極的には動いてくれない。

 でも、稀少な品物を頼まれるとやる気が出るらしい。そしてその結果としての報酬が『商人としての力量に対する評価の数字』ということで、そうなると額が大きい方が嬉しい……と、そういうことになる。

 だけど今回は、それに対してちゃんとした数字では返事ができない。

「俺が自由に出来る範囲の金額なら」

 ユウリィさんは俺の資産額をひょっとすると俺自身より知ってる。だからこれでも俺が出してもいいと思ってる額の大きさは伝わると思う。

 ただ、俺から明確な数字が提示されなかったのはやっぱり不満らしい。

「褒美は望むまま、か。ずるい言い方だな? それを全部むしり取ったらまるでオレが悪党みたいじゃないか」

 まあ確かに「有り金全部置いていけ」は悪党の常套句だし、ユウリィさんの言い分もわかる。……とはいえ。

「竜石の相場なんて俺は知らないので、ユウリィさんが不満に思わないだけ出そうと思ったら、そういう言い方しかできないんですよ。でも、そのくらいのことと理解してもらえれば」

 俺に説明に、ユウリィさんは腕組み。

「それじゃあ引き受けられないな?」

「えっ」

 意外な返答に驚いた。これで受けてくれると思ってたのにあてが外れた。

 ユウリィさんはそんな俺の顔を楽しげに眺めてから、続けた。

「あんたは実のところ、究極的には、金なんかなくても暮らしていけるやつだ。そうだろう? そんなやつが金をどれだけ積むと言ってもオレの心には響いてこない」

 そう言われても……最大限の提示をしたつもりなんだけど。

 でも、ユウリィさんの言うことは、確かにそうかもしれない。俺一人が生きていくってだけならそんなにお金は必要ない。竜気(オーラ)に影響ない範囲で適当に魔獣を狩ってればまた貯まるだろうし。

「オレがこの仕事を引き受けたら、あんたの求めるモノを探すのに多くの時間と、手間と、もちろん金も費やすし、危険も冒すだろう。あんたはどうだ? それに対してどう報いるつもりなんだ?」

 それはなかなか、頭が痛いところだ。

「俺の一存だけで譲れる範囲の物なら、お金以外の物でも何でも、とは思うんですが」

 その気持ちは確かだ。

「でも、その中にユウリィさんが欲しい物があるかどうか。例えば俺の爵位なんか、ユウリィさんは欲しがらないでしょう」

 そもそも俺自身もさほど必要とは思ってないから、その意味ではお金と同じ。

「なら、出せるモノの中で一番失いたくない物は?」

 失いたくない物、無くなると困る物。それはいろいろあるけど……。

 一番、というなら、仲間たちとの絆や思い出になるかな。でも、それは形のあるものじゃないし、出せない。

 形のあるもので、となると……

「着てる服全部をその場で剥ぎ取られたら、さすがにしばらく困りますね」

 俺がそう言うと、ユウリィさんは「くっ」と笑った。確かに笑った。

「……なるほど? あんたはオレの働きに対して、自分の人間としての尊厳を賭けることになるわけだ。うんうん、面白そうだ。よし、それで手を打とう」

「それは……ええぇ……」

 思ったよりはるかに受けが良かったから、俺としては逆に困惑してしまった。でも、ユウリィさんが乗り気なのは、これはいい徴候だ。

「いや、わかりました。十分な額のお金と、そのとき俺が着ている服全部で」

「うん? やけに素直だな?」

 ユウリィさんはもう少し俺が抵抗するのを予想……というか、期待、していたのかもしれない。何しろ着ている服をその場で渡すってのは、人前で全裸になるってことだ。もちろん、普通なら絶対やらない。だからこそ、半分冗談とはいえ『出せる物の中で一番失いたくない物』に挙げた。

 だから……

「まさか、本当は見られたい欲があるとかじゃないだろうな?」

 ……人聞きの悪い言い方はやめていただきたい。

「それが誠意だと思ったので」

 俺がそう説明すると、ユウリィさんは「ふむ」と考えを巡らせるしぐさをした。

「贈り物にそれほどの決意、とすると――なるほど。奥手な領主様もようやく誰かに求婚する意志を固めた、という理解でいいか?」

「そうではないです」

「おっと、それは残念だな? お祝いの特需があるかと期待したんだが」

 改めて考えてみると確かにそんな誤解をされる要素はあったけど。そうじゃない。

「報酬のことはわかった。その条件で受けよう。期限は?」

「なるべく早く。現物はなくても、この村に立ち寄ったときには噂話だけでも届けてください」

 大枠が決まったところで、情報交換。俺からは、知人……ヴァレリーさんが持っていた竜石の特徴を思い出しながら伝えた。ユウリィさんは頷き、少し考えて――

「オレが聞いたのは、確か……竜のちからを封じた石で、それを手にした者は竜になれるんだとかいう話だった。そういうモノだな?」

「ともかくちからのある石なのは間違いないと思います」

「わかった。心当たりを調べてみるとしよう」

 今のところ、所在についての情報はない。見付けるのは困難だろう。ユウリィさんに頼んだからもう安心、というほどの期待はしてない。

 でも、ユウリィさんならもしかしたら、というくらいの期待はしてる。

「この滞在中に契約書を作るが、立ち会いは?」

「いえ。他の人には秘密に。……その、後で驚かせたいというか……」

「贈り物だものな?」

「そうなんです」

 実際の理由は逆で、驚かせたくないから秘密にしているわけだけど……

 ユウリィさんはそこまで感付いているのかもしれない。それでもあまり詮索しないで引き受けてくれた。俺としてもそういうころを信頼してユウリィさんに依頼した。その判断が正しいことを祈ろう。

「直前のサプライズにかき消されないといいな?」

 それって、ああ……。

 ユウリィさんが本当に竜石を見付けてきたら、俺は全裸にならないといけないんだった。

 ……ちょっと複雑な気持ちになった。

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