「竜石……」
そう呟いたのはステラさん。
「得意先から注文を受けてな?」
ユウリィさんが訊ねた、その反応だ。
俺が竜石のことを頼んだ直後。ユウリィさんは早速、まずはステラさんから話を聞きたいと言い出して、俺がステラさんをエントランスまで連れてきた。
もちろん、俺からの依頼ということは伏せてある。ユウリィさんもそこはわかってる。あくまで、ユウリィさんがどこかで受けてきた商売の話、というていだ。
ステラさんなら何か知っているかもしれない、とは俺も考えてた。ただ、俺が訊くと逆に「なぜそんなことを?」と質問を返されるのは簡単に予想できるし、それをうまくごまかせる自信がないから黙っていた。
今のこの形なら、俺が同席して話を聞くのも、まあ自然な流れだろう。
「何でもいい。知っていることがあれば教えてくれ。もちろん、情報料は払う。金以外でもいい」
ユウリィさんがそう言う間、ステラさんはぴくりとも動かないまま、ぼんやりと遠くを見ている。でも、ステラさんが知識を探っている時にはよくこうなってるから、心配することはない。
しばらくして、ステラさんの視線がユウリィさんに向いた。
「古王国の文献に、王家の秘宝のひとつとして『翠竜石』の名がある。この宝石は古竜がその死に際して遺したものだという。しかし古王国の滅亡によってこの石も失われ、現在の所在は不明」
古王国の滅亡……以前に聞いた話だと、確か千年くらい前のことだ。その頃から行方知れずとなれば、簡単に見付かる気はしないな……。
「他には、何かないか? 強いちからを秘めている石だ。おそらく、見た目でもそれとわかるような」
ユウリィさんが続けて訊ねる。
……このやりとり。覚えがあると思ったら、フューリスさんが〈太陽の聖石〉についてステラさんに訊ねたとき、同じような話をしてた。改めて思い返すと、あの石自体も竜石と似た特徴があるみたいだったな。何か近い関係にあるのかもしれない。
俺がそんなことをぼんやりと考えている内に、ステラさんの思考の旅は終わった。
「……その条件に合う石を、師匠が所有していた。名称は〈月光の聖石〉。これはフューリスの探し物であった可能性が高く、フューリスは〈太陽の聖石〉と呼んでいた。竜石ではないと判断している」
返事もまさに、俺が思っていたあの時に話題にしたものだった。ユウリィさんは初めて聞くかもしれないけど、俺にとっては新しい話じゃない。少し落胆していると――
「もうひとつ」
ステラさんの言葉は、そう続いた。
「師匠が所有していた中に、あったかもしれない。師匠にしては珍しく、尽きない興味を傾けて手元に置いているようだった。正式な名称は私も聞いていないが、その石を指して『竜のちから、
「触れるとどうなる?」
ユウリィさんの質問に、ステラさんの返事は早かった。
「石が内包する
……そうなのか。
いや、でも考えてみれば確かにそうだ。
竜石が内包している
俺は多くの魔獣を倒してきた経験で身体が丈夫なのと、多くの竜を倒すことで少しずつ
そういえば霊峰の聖竜も「ゆっくり変化した例は知らない」と言ってたな。一気に変化してしまうかその場で死ぬかの、分の悪い二択であることがほとんどなんだろう……。
「師匠はその影響を避けるため、特殊な手袋を使っていた。他の危険物への注意と同じ口調と態度だったこともあり、私はそれを真実だと理解した。ただし、その
「ふむ。なかなか手強い品物らしいな?」
さすがのユウリィさんも、少し思案顔になった。
「その話、フューリスさんには?」
「した。そして彼女の探し物とは外見的特徴が一致しないとの結論を共有した」
ええと……太陽の聖石とは見た目が違う。そのことをフューリスさんも納得してるってことか。
「水晶のような透明な石の中に、銀色の液体がヘビのようにうごめいていた。今になって思い返しても不思議」
ステラさんが語るその様子は、確かにヴァレリーさんが見せてくれた竜石に近いところはある。石の内部に何かが見える、というのは竜石の共通の特徴なのかもしれない。
となると、確かにこれが竜石……その一種である可能性は高いと思える。
「それは、金で譲ってもらえるものなのか?」
ユウリィさんが訊ねると、ステラさんは首を左右に振った。
「困難であると推測される。貴方からそのような要請があったことを師匠に知らせても良いが、その返信がいつになるかはわからない」
気の長い話ではあるけど、ステラさんの師匠はときどき住処を変えているそうで、直接訪ねていくのは難しいんだそうだ。まずは手紙のやりとりで情報を得るしかない。
この場でステラさんから聞き出せたのはそのくらいだったけど、館にある本の中から情報を探してくれることになった。ありがたい。
「それで、あんたは情報の対価に何を望む?」
ユウリィさんが言うと、ステラさんは少し悩んでから、告げた。
「店にある品から選ぶ。後で行く」
「なるほど? では、ご来店をお待ちしております――というところだな? ニコルにも伝えておこう」
そういうことに決まった。
ユウリィさんを正門まで見送ると、すでに日は傾きかけていた。ステラさんがユウリィさんの店を訪ねるのは後日になりそうだ。
「言っておきたいことがある……」
荷馬車の御者台に乗る直前、ユウリィさんが俺に言葉を向けた。
「もし本当に危険そうだと感じたら、オレはあんたに品物の在処を伝えるところまでで、この件から降りる」
それは、……さすがに無理は言えないな。
さっきのステラさんの話。触れるだけで死ぬかもしれない、ってものだった。危機感を持って当然だろう。そういう嗅覚があるからこそ、旅商人としてやっていけるんだと思う。
「正直に言うと、依頼人があんたじゃなければもうとっくに降りてる。だが、ことはあんたからの依頼。それを、まだ正式な契約の前、口約束だけとはいえ、すでに引き受けた。あんたをぬか喜びさせるわけにはいかないな?」
ユウリィさんは、そう言って薄く笑った。
「ここまでするのはあんただけだ」
特別扱い、というわけだ。そう言われると悪い気はしない……けど、ユウリィさんのことだから当然、俺がそう思うところまで計算して喋ってるんだろう。
「それでだ。これから情報を集めようというオレには、あんたからぜひ受け取っておきたい物がある」
まあ、こういうことを言うための前振りだったわけだ。いいけどね、別に。俺としても頼んだ仕事が円滑に進む方がいいし。
「できる限りの手助けはします。何が必要なんです」
俺が言うと、そうもったいぶることもなく、ユウリィさんはすぐに必要な物を口にした。
「雷王都市の、とある高貴な人物への紹介状。あんたなら快く用意してくれると思うが?」
とある高貴な人物、ね。心当たりはある。ここに滞在していた時にユウリィさんと直接話したこともある、ヴィカ……王女ヴィクトリアのことだろう。その人脈は俺とは比べものにならないくらい広いはずだ。助力を得られれば、確かに心強い。
「それは、わかりました」
俺はそういうのをすらすらと書ける方じゃないけど、クレールに手伝ってもらえば失礼のないものを用意できるだろう。
竜石については、少し進展……というところかな。