夕食後。マリアさんとマーシャがリュートの練習をしているのを眺めつつ、迷香の街に向かったメルツァーさんとウェルースさんのことを思う。傭兵組合主催の催しに出るために慌ただしく出かけていくことになったけど、まあ、あの二人なら心配はしなくても大丈夫だろう。
「隣、いいですか?」
慌ただしくなった元凶の一人が、そう声をかけてきた。
傭兵組合の記者の、ネスケさんだ。手には飲み物の入ったコップを持っていて、一瞬、また何かやらかしそうな気配を感じたけど……。
「あ、お茶です」
それならひとまず安心かな。俺は安堵のため息。
ネスケさんがここにいるのは、ロウシェさんから「お詫びにこき使ってくれ」と言われたからだ。
それをとても喜んでネスケさんをあちこち連れ回して酷使していたのがペトラ。普段からよくがんばってくれてて俺としては助かってたけど、腹の中には鬱憤がたまっていたのかもしれない……。まさにこき使うという表現がぴったりな激務が、ネスケさんに降りかかっていた。
ようやく解放されたネスケさんは他のみんなと一緒に夕食の席についた。つきあいもそこそこ長くなったけど、普段から一緒に住んでるってわけではないから、久しぶりに食べるニーナの料理には感激していたな。
それで今夜はそのまま泊まっていくことになって、食後のお茶を……
……何か、
と思った直後、ネスケさんが「にへらっ」と笑った。
「香り付けにちょっとだけ。ちょっとだけです」
「……やっぱり入ってるんですか」
「お酒なしだと眠れない体で……でへへぇ」
今回のミスもお酒が原因だったようだし、そのことを本人もわかってないはずないのに、それでもお酒はやめられないらしい。かなり重症だと思う。
普段は村の酒場で親方と飲んでるんだよな。親方もお酒好きで、しかもかなり強い方だから、ネスケさんが飲み過ぎてしまうのはそのせいもあるだろう……。
「それにしてもネスケさん、いつの間に俺の番記者になってたんですか」
今回のことで不思議に思ったのはそこだ。少なくとも俺はそのことを聞いた覚えがない。
番記者というのは特定の誰かに密着取材する記者のことだそうで、確かに一応、継続して取材を受けているのは感じるけど。
「最初の記事を書いて送った後、先輩からの返信で、そうなりまして」
言われてみれば、その兆候はあった気がする。ネスケさんがクルシスの取材をした時だったかな。それでひと仕事終わったし、ネスケさんも次の取材に旅立つんだろうと思っていたけど、そうはならなかったんだ。
「確か、俺のことを秘密裏に調べろって言われてたんでしたね」
「……それは気のせいです」
ネスケさんがそう指示されたことを自分の口からうっかり漏らしてしまって、俺もしばらくは傭兵組合のことを警戒していた。結局、今日までは何事もなかったけど。
本来なら間のどこかの時期に、今回の商談会に出席するよう要請があったはずなんだよな。ネスケさんが夢と現実の区別をちゃんとしていれば。
「リオンさんがいざ傭兵を雇おうとなった時に『ネスケの紹介なら安心』と思ってもらえるくらい親しくなっておけ、って先輩が」
確かに、気心の知れた仲というくらいには言えるようになったと思う。ただ、ネスケさんの紹介なら安心と思えるかどうかは……正直に言うと、そこまでの信頼はしてないな。主にお酒のせいで。
「先輩って、ロウシェさんのことですか」
前々からネスケさんの話にときどき出てきて、気になってはいた。
俺の問いに、ネスケさんは頷く。
「すっごい有能な人で、私にもいつも的確な助言をくれるんですよ。私が傭兵組合に入ったのって、先輩に憧れたからなんです」
俺から見るとネスケさんは傭兵に向いてない気がしてたから、どうして傭兵組合に所属することになったのか疑問だったんだ。どうやら、目標にしてる人を追いかけたらそこだった、ということらしい。
ロウシェさんは確かに、立ち居振る舞いや眼光から手練れの傭兵の雰囲気を感じた。とはいえ、俺より強いってことはないだろうけどね。……これは、自慢じゃなくて事実だ。
ネスケさんが続ける。
「初めて会った時は先輩も現役の傭兵で、なんと自分の傭兵団を率いる団長だったんです。先輩は小規模な団だって謙遜してましたけど、これがもう、精鋭揃いで!」
興奮して語ったのは、過去のロウシェさんのこと。
「誰が呼んだか、通り名は〈
「
うーん……何やらすごそうだ。
そんな称号があるってことは、俺が会ったあの場で感じたより強いのかもしれない。興味が湧いてきたな。
ただ、ネスケさんがさらに口にした言葉を聞くと、そうとばかりも言ってられず……。
「私の住んでた町も先輩の活躍のおかげで平和になったんです。領主様が魔獣の駆除のために先輩の傭兵団を雇い入れて、それはもう、ものすごい大活躍だったらしいです」
「……ふむ」
熱っぽく話すネスケさんを、俺は少し警戒した。
これは、あれか。
「もしかして、俺が傭兵を雇いたくなるように、宣伝してるんですか」
俺がそういう気持ちになるくらい仲良くしておけと先輩から言われた、という話の直後だ。そう感じるのも自然だろう。
「いえいえ、そういうつもりではありません。先輩はすごいってだけの話です」
ふむ。酔ってないネスケさんがそう言うなら、そこは信じてもいいか。酔ってないなら。
「それでですね、幼い頃の私、先輩に……まだ当時は私の先輩じゃなかったですけど、とにかく、どうしてそんなに強いのか訊いてみたんです」
それは、幼いペネロペもそうだったな。レベッカさんに助けられて、その質問をした。レベッカさんの答えは確か、弱い者を守るという気持ちで聖騎士は強くなるんだ、というものだったそうだ。
一方、ロウシェさんは……
「そしたらなんと! 先輩の右腕には〈終焉ノ朧月・滅〉という大悪魔が封印されていたんですよ! そのチカラが時折溢れ出してくるんだって!」
「ほう」
終焉の朧月……滅? 何やらすごそうだ。
名前からすると、大陸を滅ぼすほどの能力か、少なくともその意思を持った魔神のような存在なんだろう。そいつの力を借りて使えるとすれば、確かに強いはずだ。
俺の知り合いだと、クレールのお父さんである〈
ロウシェさんもまさか、それほどの力を……?
「でも私は〈邪眼〉がないから見えなくて」
「邪眼?」
「先輩が『邪眼を持たぬ者にはわかるまい……』って言ってたのでそういうものなんだと思います。〈終焉ノ朧月・滅〉のチカラが満ちている時は邪眼の方の瞳だけ色が変わるんだそうです。すごいですよね!」
何か特別な素質を持って生まれて、その上で、その素質がなければ使いこなせないような力を、封印したなにものかから吸い出しているわけか。
聖竜から「特別な素質も血筋もなかった」なんて断言された俺より、よっぽど伝説の人物だな……。
そんな人がなんで傭兵組合の広報担当なんかにおさまっているのかはわからないけど、俺も邪神を倒した大冒険の後で田舎村に住んでるし、そこは人それぞれというもので、何かしら理由があるんだろう。
「あっ、でもこの話は秘密ですよ。傭兵組合で先輩と再会した時に『その話はもうするな』って言われたので」
ネスケさんが付け加えた。
「そうなんですか」
「邪眼のチカラを狙っている組織があるから、絶対に秘密なんだそうです」
なるほど。確かに話の通りの能力があるならそれを狙う輩は後を絶たないだろう。
そんな重大な秘密の話を俺にするなんて……
それだけ信頼されてる、ということかもしれない。でも、ネスケさんの口が軽いだけって可能性もある。
「リオンさんなら大丈夫ですよね? その組織の人間じゃないですよね?」
真剣な顔で訊ねてくるネスケさんに、俺は「大丈夫」と答えたけど、そこは秘密を話す前に確認した方が良かったと思うな。
……もっとも、本当にその組織の人間だったら正直に答えるわけないし、結局は同じことか。