メルツァーさんとウェルースさんが戻ってきて、ネスケさんが激務から解放された日からさらに数日が経って……
「今回は本当に申し訳なかった」
ロウシェさんが、改めて挨拶に来た。
それでいくらか堅苦しい話をして、こっちからは事前に作っておいた請求書を手渡した。
この請求書についてはクレールやステラさんが事前に話し合った結果、
「優秀な騎士を二人も向かわせたから、不在中の特別態勢を急いで整えるのにかなりの手間とお金がかかったよね? って方向でどう?」
「そのようにする」
……ということになったから、そのあたりのことと、ネスケさんがこの館で働いた分の給金を立て替えておいたのの返済と……と、あれこれ突っ込んでいったら結構な額になった。まあ、ここから向こうも値切ってくるから、最終的にはこの半分くらい出してもらえればちょうどいいだろう、という感じだ。
「請求額は承知した。こちらで用意した金で足りそうだ。数えたいから、そこのテーブルを借りてもいいか?」
「えっ、あ、はあ、どうぞ……」
……言い値であっさり決まって、俺の方が逆に驚いた。安すぎたわけじゃないと思うんだけどなあ……。
ロウシェさんが鞄から取り出した大量の銀貨がテーブルに積まれている。その並べ方から察すると、ロウシェさんは丁寧な仕事をする人だ。地味な作業だけど、無駄のない動きで無駄口もなく黙々とこなす姿からも、それが感じられる。ステラさんに似たタイプかな。ネスケさんが尊敬しているというのも頷ける。
「商談会のことは聞いたか?」
ロウシェさんが銀貨を数え終わった後、念のため、ステラさんとクレールが手分けして数え直している。その間の雑談に、ロウシェさんがそう切り出した。
「力比べをして全部追い返したとか」
俺の代わりに参加してくれたメルツァーさんとウェルースさんが、実力試験という名目で、会場を埋め尽くすほど大勢の傭兵たちを相手に大喧嘩を繰り広げて、全員を完膚なきまでに叩きのめしてきた……と、メルツァーさん本人は言っていた。どこまで本当かは知らないけど。
「あの二人、まさに一騎当千というやつだな。苦戦らしい苦戦もなく、軽く百人は倒していたぞ。組合の担当者たちも唖然としていた」
……真面目なウェルースさんも否定してなかったから、近いことはあったんだろうと思ってたけど。
「あれほどの人材がいたら傭兵に必要性を感じないのも無理はない。しかし我が傭兵組合には元は騎士だったという傭兵もいるから、そういう人材をあの二人の下に雇って、騎士隊の拡充をな――」
「ええ、ええ。それは必要になったらこちらからネスケさんを通して連絡しますから」
商談会での売り込みは二人のおかげで回避できたけど、ロウシェさんはまだ諦めていないらしい。話題を変えよう。
「……そういえば、ロウシェさん。以前は傭兵だったんですよね。小規模ながら精鋭揃いの傭兵団を率いていたとか」
ネスケさんがそう言っていたことを思い出して振ってみると、ロウシェさんは小さく頷いた。
「ああ、まあ。だが本当に小規模で、傭兵団などと名乗るのは憚られるような、単に
そうなのか。俺と仲間たちみたいな感じだったのかな。血盟の団とかではなくて、たまたま目的が同じだからとか、一緒にいて楽しいからという具合で、なんとなく集まって一緒にいる感じ。
「組んで数年やったが、少人数で続けるのに限界が見え始めた頃、ちょうどメンバーに移籍の誘いが来てな。それを機に解散したんだ」
俺と仲間たちとの関係と比べるとやけにあっさりしてる……なんて思ってしまうけど、そういうところにあまり拘らず集まったり離れたりできるのは傭兵にとって大事な資質なのかもしれない。ロウシェさんも元は凄腕の傭兵だったらしいから、そのあたりは割り切っているんだろう。
……凄腕の傭兵……。
そういえばこの人、何か異名があったな。ネスケさんが言ってた。確か……
「ああ、思い出した。確か〈
「グェフッ!」
俺がその話題を出すと、お茶を飲んでいたロウシェさんがいきなり咳き込んだ。
「どうしたんですか?」
「い、いや。少し古傷が痛んでな……」
顔を伏せてそう言ったロウシェさんの右手には不自然に力が入っていて、お茶の入ったカップが揺れていた。
「……もしかして、右腕に封印している大悪魔が暴走を?」
「うぐっ、ぐうぅ……」
苦しそうに呻くロウシェさんだけど、俺には原因がわからない。少なくとも
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫だ……」
ロウシェさんはそう言うけど、やはり様子がおかしい。
「俺にも邪眼があれば、何とかできるかもしれないのに……」
「――ッ、はあっはあっ」
荒い息を吐いて、ロウシェさんが左手で頭を抱えた。
そして、かすれた声。
「そ、その話……ネスケから……?」
訊かれて俺は「はい」と頷いたけど、そういえばこの話は秘密なんだったと思い出した。
「あっ、安心してください。俺はそのちからを狙ってる〈組織〉とは無関係なので……」
慌てて付け足したけど、ロウシェさんの耳には届いていないらしく……
「ネスケェ……! 後で絶対泣かす……ッ!」
どこか遠くを睨みながら、底冷えするような声で怨嗟の言葉を吐いた。
……組織と関わりがなくても、他人に話すのは禁止だったらしいな……。
やがて、カハァーッ! と長い息を吐いたロウシェさんは、少なくとも表面上は落ち着きを取り戻した顔で、俺に向き直った。
「心配には及ばない。ネスケが言ったことは嘘だ」
「嘘?」
そうなのか。結構、信じてたんだけどな、その話。
でも、ネスケさんが俺にそんな嘘をつく理由がわからない。
首をひねっていると、ロウシェさんがため息。
「もっと正確に言おう。私がそういうことをネスケに言ったのは本当だ。あいつも騙そうと嘘をついたわけじゃないだろう。だが、そもそも私がネスケに語った内容が、嘘なんだ」
なるほど。経緯はわかった。ネスケさんは悪くは……いや、他人には話すなと口止めされてたのに話しちゃったあたりが悪かったのか。
「じゃあ、大悪魔〈終焉ノ朧月・滅〉はいないんですか」
「ああ。だからその名をそんなに正確に覚えてなくていい。むしろ忘れろ」
うーん。ちょっと残念だ。大悪魔のちからを封じる仕組みがわかれば、俺の
まあ、いつ暴走するかわからない大悪魔なんて、存在自体が嘘ならその方が平和でいいんだろう。
「でもどうしてそんな嘘を?」
訊ねると、ロウシェさんは俺から目をそらして、片手で顔を覆った。
「詳しく語るのは少々恥ずかしいんだが、これは若い傭兵にはよくあることで……」
その口から語られたのは、そう遠くない過去の話だ。
「私がまだ傭兵として駆け出しだった頃、全く仕事に恵まれなくてな。割のいい依頼があると傭兵同士で取り合いになるんだが、そうなるとベテランの傭兵や大手の傭兵団には勝てない。ようやく私の手の届くところまで降りてくるのは、他の奴らが手に取らなかった条件の悪い仕事ばかり。危険は大きいくせに報酬は少なくて、その上、依頼主の性根が最悪。そういう仕事だ。……苦労するんだ、駆け出しの頃は」
それは……仕方ないのかな。依頼する方も、同じ金額なら実力のある人に来てもらいたいはずだし、これといった実績のない傭兵を雇うなら報酬は安くするだろう。
「それでだ。とにかく名前を知ってもらわないといい仕事の指名は来ないと考えて、たまたま食い逃げ犯を捕らえた一件を『盗賊団を壊滅させた』なんて大げさに言ってみたり、仰々しい二つ名を自称したり、他の傭兵にない特別な能力があると言ってみたり……」
……そうして生まれたのが、大悪魔〈終焉ノ朧月・滅〉のちからを振るう凄腕の傭兵、〈
「身近にベテランがいればそういう過度の脚色はやめるよう若手に指導するんだが、同年代が少人数でやってる傭兵団だとなかなか目が届かなくてな。仲間内の冗談で留めておくべきほら話が、宣伝文句に入ってしまうんだ。……若い傭兵には、よくあることなんだ……」
ロウシェさんは自嘲するように笑って、そう締めくくった。
どうやら、あまり思い出したくない過去だったらしい。これはもうあまり話題にしない方がよさそうだな……。