竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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情報の対価

「貴方の意見も聞きたい。一緒に来て欲しい」

 ステラさんからそう言われて、この日の午後にはユウリィさんの店に行くことになった。

 ユウリィさんに竜石の情報を教えたことで約束されていた『報酬』の件だ。

「事前に店を訪れ、三つまでは絞った。しかし、さらに絞り込むのは困難」

 それで、俺に同行を求めてきたというわけだ。

 でもステラさんはきっと俺よりも品物の目利きはできるはずだし、はたして選択の役に立つようなことを言えるだろうか……と考えていると、ステラさんが付け加えた。

「貴方は率直な意見を言ってくれれば良い。それを参考にするかどうかは私が決める」

 そういうことなら気楽だ。

 

 村にある、ユウリィさんのお店。といっても、店番はほとんど弟子のニコルくんだ。今日もニコルくんが応対した。

「あ、ステラさん。お待ちしていました。先日の件ですよね? そこのテーブルに並べておきました」

 手で示された方を見ると、大きなテーブルに品物が飾られていた。

 ステラさんがあらかじめ三つまでは絞ったと言っていた。ここにある品物も、三つ。値札は……少し探してみたけど、見当たらない。

「値段を気にしない意見が欲しいというご要望でしたから」

 ニコルくんの補足が入って、ステラさんが頷いた。

 ……迷ってるならとりあえず高い物にすればいい、とは、やっぱりちょっと思ってた。先手を打たれたな。

「今回は僕が解説してもうるさいばかりでしょうから、決まったら呼んでください」

 ニコルくんはそう言って、少し離れた。といってもさほど広くない店だからすぐ近くだけど。一応、帳簿を開いて聞いていない振りはしてくれている。

 改めて、品物が置かれたテーブルに気持ちを向ける。

 ステラさんが最初に選んだのは、一番左の置物。凝った装飾が施された金色の台座が、大きな球体を支えている。

「地球儀。大地が球体であるという説に基づいて作られている」

 そういうものがあるのは知ってた。どこで見たんだったかな。思い返してみると、古き契約の宮にあったデュークの書斎のような。あそこにあったのはもっと小さかったけど。

「これは新しい物で、使われている地図も近年のもの。竜牙の村はこのあたり。ここが雷王都市、こちらが天命都市、鉄騎都市、そして救世の都、渇きの都、さらに東には朱華、聖桜まで」

 全く想像も及ばないくらい遠くの地名が語られて、ちょっと理解が追いつかない。この地球儀によると、俺が暮らしているのは本当に大陸のごく小さな一地方でしかない。俺からすると世界の果てみたいに感じていた鉄騎都市や渇きの都ですら、大陸の西半分に収まっている。

「詳細な地図は外敵の手に渡ると危険なので、どの都市もあまり公開したがらない。これは船乗り達が作った地図が元になっている。そのため、内陸部にはやや曖昧な部分が多いが、許容範囲」

 使われている地図のことはわかった。気になるのは、この球形……。

「これ、横の方に行ったら落ちるんじゃないですか」

 上に立つことはできるだろう。でも横の方……地図でいうと、ええと、南の方か。行けば行くほど傾斜が急になって、落ちてしまうんじゃないか。落ちたらどうなってしまうのかは、わからないけど。

 俺の質問に、ステラさんは首を横に振った。

「落ちない。大地には中心に向かってものを引きつける力があり、その上にあるものは常に大地を下と認識する。なぜそうなのかはこれから解明されるべき事象だが、ともかくそういうもの」

 何でもよく知っているステラさんですら『そういうもの』としか説明できないなら、俺が考えてもどうにもならないな。納得するしかないらしい。

「私の検証では大地球体説は正しい。いずれ実際に一周したという者が現れれば、検証も進み、世間にも広く知られるようになる」

 それは、ジョアンさんみたいな船乗りから、そういう人が現れるんだろう。この大陸の裏側にある、海しかない半球を突破するのが大変そうだけど……。

「欲しい……」

 ともかく、ステラさんがこれを欲しがっているのは理解した。

 さて、二つ目……。

「これは、宝石ですか?」

 そんな感じの物。綺麗な織物の上に、大きめの石が、どん、と置かれている。きらきらと不思議な色合いで輝いているけど、特徴的なのは形の方か。

 不自然なほどに真っ直ぐで、それでいて複雑な構造は、まるで小さな迷宮を上から覗いているかのよう。それが何層も連なっていて、じっと見ていると吸い込まれそうになる。

「金属の一種。蒼鉛の骸晶。その中でも特に色鮮やかなものは『とこしえの虹』とも呼ばれる。非常に脆いため、慎重な扱いが求められる」

 ステラさんが解説してくれた。

 確かに、とても綺麗な物だ。ただ、ステラさんが欲しがるくらいだから、綺麗なだけってことはないだろう。

「これは、何かの素材になるんですか」

 脆いと言っていたからこれを武具に加工するってことはないだろうけど、何か魔法の品を作るために必要だとか、そういう物だろう。

 俺に質問に、ステラさんは頷いた。

「なる。……が、これは観賞用の工芸品。これほど大きい物は私も初めて見る」

 改めてその石をじっと見つめたステラさんが、小さく呟く。

「……欲しい」

 どうやら、単純に綺麗だから欲しかっただけらしい。

 俺もまだまだ、ステラさんについて知らないことがあるな……。

 気を取り直して、最後のひとつ。

 本だ。題名は、俺にも読める字で書かれている。どうやら動物譜というもののようだ。

「これは、すでに館の書庫にある本……内容は動物の図鑑……」

 ステラさんの説明は、他の二つと違って少し頼りない。

「もう持ってる本なのに、外せないんですか」

 気になったのはそこだ。ステラさんも自覚はしているようで、そこが、珍しく歯切れが悪い原因らしい。

「館の書庫にあるものと、文章はほぼ同一。異なるのは挿絵。全ての挿絵が彩色されている、特別な版……珍しい本……」

 なるほど。確かにこれだけ厚みのある本で、全て色が着いているとなると、かなりの手間がかかっているだろう。それに内容は図鑑。色がある方が理解も深まるだろうから、無意味とは言えない。

「……欲しい……」

 ステラさんがほとんどため息のような声で呟いた。

 これで、三つ。これ以上は絞れない、とステラさんが言っていた理由はわかった。どれもそれぞれ欲しい理由があって決められないというわけだ。

「きっと気に入ると思って、持ち出さずにここの倉庫に保管しておいた。どれもいい品だ。オレが改めて説明するまでもないだろう?」

 いつの間にか店内に来ていたユウリィさんが、そう言って笑った。自宅とも言える店でくつろいでいるせいか、ユウリィさんらしからぬ軽装……だけど、それは今はいい。

 ステラさんがこの三つからはどれがいいか決められなくて、それで俺の意見が欲しい、という状況。とすれば、ステラさんが本当に欲しいのはどれか、なんて俺が推測して選ぶのは間違いのような気がする。

 今回は難しく考えない方がいいだろう。

 それなら、これだ。

「本がいいんじゃないですか」

「理由を聞きたい。言える?」

 俺に悩んだ様子がなかったからか、少しいぶかしんだ様子で、ステラさんが訊ねてきた。

 直感、と言えばそうだけど、理由は一応ある。

「他のふたつは、後でも似た物なら手に入るかもしれないから。でもその本は特別に珍しいものなんですよね? この機会を逃すともう手に入らないかも」

 合理的な考え方のできるステラさんが、挿絵以外の内容はほぼ同じという本をすでに持っているのに、それでも欲しがるくらいだ。それほどの物なんだろう。

 ステラさんは俺の言葉を吟味する間を少しだけとってから、すぐに頷いた。

「……わかった。その言い分は正しい。本にする」

 そういうことになった。

 多分、俺がどれを選択しても、それに決めるつもりだったんだろうと思う。コップいっぱいに満ちた水に、最後の一滴を注いで欲しかった、というところかな。

「他のふたつは俺が買います」

 俺がユウリィさんにそう告げると、本に手を伸ばしていたステラさんが急に振り返った。

「…………?」

 何も言わないけど、説明を求める視線なのはわかる。

「地球儀は俺も興味があるし、執務室に飾りたいと思って。虹色の石は……ステラさんにプレゼントしようかと」

「……もらう理由がない」

「いえ、いつもお世話になっているので」

「しかし……」

 ステラさんは渋っているけど、一度プレゼントすると言ったのを引っ込めるのも気まずい。どう説得しようかと悩んでいると、ユウリィさんが助け船を出してくれた。

「ははっ。いいじゃないか。領主様は他人に感謝を伝える方法をそれしか知らないんだ。なあ?」

「言い方は気になるけど、まあ、だいたいそんなところです」

 倒すべき敵がいる時なら身体を張った戦いぶりで恩返しができるんだけど、なかなかそうもいかないこの頃。こういう時に返さないと、溜まる一方だ。

 今回の場合、ステラさんがこの品物を欲しがってるのはわかってるから、その点では楽をしてるとも言える……。

「……ありがとう。自室の机に飾る……」

 根負けしたステラさんがそう言うと、ユウリィさんが手を叩いた。

「話がまとまったところで、領主様は答え合わせだな? これが今回の品物につけてあった値札だ」

 差し出されたそれには、……えぇ……。

「……こんなに高いんですか」

「まさか、今さら『やっぱりやめます』なんて格好悪いことは言わないよな?」

 ユウリィさんがそう煽ると、ステラさんが少し申し訳なさそうに呟く。

「無理をする必要はない」

 まあ、無理かと言われるともちろんそんなことはない。ただ、ちょっとした魔剣なら買えてしまうという値段に、少し驚いただけだ。今の財布の中身だけじゃ足りないけど、館にある貯えを引っ張り出してくれば十分に足りる。

「余裕です、余裕」

 ステラさんもユウリィさんも、俺よりも俺の資産のことについて詳しいから、強がりじゃないことはわかってもらえてると思う。

 支払いは地球儀を届けてもらった時にまとめてすることに決まって、ユウリィさんは笑った。

「いい買い物したよ、あんた」

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