明けて、翌日。
書庫でこんなことがあった、とステラさんに話したところ。
「作れる」
「えっ」
「作れる、と言った」
意外な返答があった。
「付録とされた素材のリストを作ってみたが、多くの素材が現代にも存在するもので代用可能」
「そうなんですか」
リストを作ったってことは、百巻分を読んだのか。そもそもちゃんと揃ってたのか。前の領主もよく揃えたな、それ。
でもそういえば、ミリアちゃんもきっと全部読んだから俺に勧めてくれたんだよな……。本好きってすごいな。
「これがそう」
ステラさんは、持ち歩いている鞄から雑記帳を取り出して見せてくれた。
そこには確かに、百巻分の素材が列挙されている。
すでに古王国語での記述からステラさんを通して現代語に書き換えてあるので、そうしてみると確かに、見知った材料が多い。
「いくつか、入手が困難なもの、入手不可能なものがある。だから、それに合わせて途中の手順をいくつか変更する。それにより、作ること自体は可能になる」
印がつけてあるものがそうかな。熱核滅珠とか、物騒なものもあるな……。
「威力はさほど強いものにはならないが、この本の内容自体が元々、魔剣技を有する銘入りを作れる理論ではない。古王国の術士たちの趣味のための本」
ステラさんにとっては、それでも銘入りの魔剣に至る理論のひとつとして「非常に興味深い」とのことなので、作れるというなら、一度試してみるのも悪くないな。
「特性としては、普通の武器と比べると?」
「壊れにくくなる。威力が高まる。
そうなると、俺と俺の仲間たちの間では、武器としての有用性はあんまりないかな。みんなもっと質の高いのを持っていると思う。
かといって、この材料のリストから考えると、自警団の人たちに行き渡らせるほどの数が作れるとは思えない。
それ以外だと……。
「例えばですけど、その本のやり方で包丁を作ることはできそうですか?」
「……魔包丁」
俺の質問に、ステラさんが呟いた。
そうか。形状が剣じゃなくて包丁なら、魔包丁だ。
「日用品への付与……興味深い。良いと思う」
ステラさんも乗り気のようだから、ともかく一度やってみよう、ということになった。
*
「……というわけで、材料集めをすることにしたんだ。基本的には俺がやるけど、手が空いてる人には手伝いをお願いするかも」
夕食の席で魔剣制作計画について話すと、みんなも興味を惹かれたようだ。
「僕も手伝うよ!」
真っ先に賛同の意を示してくれたのはクレール。両手に握りこぶしでそう宣言した。
手伝ってくれるのはありがたい。その意思を真っ先に表明してくれたのも。
でも、気になることもある……。
……クレールに熱核滅珠とか持たせたら危ない気がする。
「どういう意味?」
おっと……。うっかり口に出ていたのを聞きつけられたか。
クレールは握ったままの拳に力を込めて振るわせつつ、不信感を湛えた目で俺を見ている……。
「……クレールが怪我したら嫌だなって」
まあ、嘘じゃない。熱核滅珠が危ない代物なのは確かだ。普通に持ち歩いてる程度で爆発してしまうことはないはずだけど。少なくとも俺にはその経験がない。あったらここにはいなかったかもしれない。そのくらいの威力があるってのは知ってる。
「んふ。そっかー。そういうことならいいけどねー。僕、てっきり……」
「転ぶ」
クレールが自分で言おうとしていたのを遮ってまで、ステラさんがその言葉を被せた。
「いつも転ぶ人扱いしないでよね!」
クレールは俺に振り下ろされるかもしれなかった拳をステラさんに向けて振り回したけど、テーブルを挟んでいるから届かない。
こういう反応が予想できたから、俺は言わなかった。思ってはいても。
まあ俺の記憶でも実際、クレールってそんなに頻繁に転ぶわけじゃない。たまたま、みんなの印象に残るような転び方をするだけだ。
「あたしも、近所で拾ってくれば済むものならお手伝いするですよ!」
そう言ってナタリーが元気よく手を挙げた。
続けて、マリアさんも手を挙げる。
「薬草類なら、お店がお休みの時にはお手伝いできると思います」
マリアさんは薬草の専門家だし、ナタリーはもう、俺たちの中では一番、このあたりの地形に詳しい。必要な材料には薬草の類いもあったはずだから、二人が手伝ってくれれば確かに、拾ってくれば済むものも結構ありそう。
「あたしも手伝うよ! えっとー……何かで!」
ミリアちゃんも……うん、何かで手伝ってくれそう。
「私は……直接はあんまり手伝えることないかもしれないけど、出かけるときには言っといてくれれば、お弁当作るからね」
ニーナは控えめにそう言ったけど、ニーナが普段からやっている館の管理が一番大変な仕事のような気がする。
「ありがとう、助かるよ」
とりあえず、みんな賛同はしてくれた。もしかすると『男のロマン』みたいなものかも、と思っていたから、賛同をもらえたのは素直に嬉しい。
「……意外」
ステラさんがそう呟いたので、みんなが注目。
「むむっ、僕が手伝うのがそんなに意外?」
さっきのことを根に持っているのか、クレールがそう突っかかった。冗談で言ってるのはすぐにわかるけど。
「そうではない」
それに対して、ステラさんは律儀に否定の返事をした。
「こうした作業は『術士の道楽』であって、他の人たちには理解されないものと思っていた。なので、意外」
ああ、俺が思ってたのとまさに同じことだ。
「えー。だって、魔剣って何かかっこいいじゃない?」
クレールがそう言うと、ナタリーとミリアちゃんがうんうんと頷いた。
三人に共通してるのは、ちょっと子供っぽいところがあるってところかな。
……一人、実年齢ではまったくそんなことはない子が混じってるけど。
「でも、ほんとに包丁でいいの? みんなで作るんだったら、誰でも使えるような、ナイフとかの方がいいんじゃない?」
ニーナの指摘。包丁として作ると、ここではほとんどニーナ専用だから、少し気が咎めているのかもしれない。
ただ、そこのところは俺の中では結論済み。
「短剣なら、他にもっといいのがあるから。でも包丁は、古王国遺産でも魔剣化したのは見たことない。あれば便利だと思うんだけど」
「私もそう思う。日用品はもっと便利になるべき。魔法を戦いのためだけに使うのは心の貧しさだと思う」
俺の説明に、ステラさんも持論を乗せた。
「確かに、短剣はあたしも他にいいのを持ってるです!」
ナタリーは特に短剣を得意としているだけあって、かなりいいものを持っていたはず。多分、不壊性のある
「それでニーナの料理が今よりもっと美味しくなるなら、それはみんなのためにもなるし」
「そうですね。いいことだと思いますよ」
「あたしもそう思うなっ!」
マリアさんとミリアちゃんからも賛成の声。
「そう……なのかな?」
「魔包丁でどんな料理ができるのか、楽しみだなー」
クレールもそう言ったから、今回の魔剣化を包丁に施すことについて、ニーナ以外はみんな納得してるってことになった。
「それなら……うん。その包丁でおいしい料理を作って、お礼するね」
ニーナも納得してくれたから、これで全員。
「決まりだねー。僕もその美味しい料理を食べるのをがんばるよ!」
「そこはあたしがやるから、クレールは引っ込んでるがいいですよ!」
「えーっ!」
……まあ、これでひと安心というところではある……はず。
「具体的にどの包丁を魔剣化するかは、ニーナが決めることになる。これまで使っていたものを魔剣化しても良いし、新たにあつらえても良いと思う」
ステラさんが、ニーナに具体的な提案をした。
「それは、いつまでに決めたらいい?」
「形状に応じて魔法回路を微調整する必要がある。今日明日というほどではないが早い方が良い。特に、新たにあつらえる場合は、刃物職人にも話をしなければならないため、五日のうちに方針だけでも決めてもらいたい」
「ん、わかった。少し考えるね」
新しく作るとしたら、うーん。
村の鍛冶屋に頼むか、それとも、刃物で有名な街から取り寄せるか、いっそその街まで見に行くか……? 確か、神託の霊峰よりも北の方に、刃物で有名な街があったはず。どのくらいの距離があるのかな。
ニーナがどうするか決めたら、その辺も話し合わないとな。
「材料以外の、魔法的なことはステラさんが担当ということで」
「了解している」
そんな感じで、魔包丁を作る計画が始まった。