竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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墓参

 解放記念日を目前に控えたこの日、俺は教会の裏手にある墓地に来ていた。

 俺の他には、二人。

「リオン様、お待ちしておりましたのでして」

「おー。来てくれたね、リオンさん」

 今回のことを取り仕切ってくれるヨハナ司祭と、そして、親方。

 本来ならもっと大勢いてもいいはずだけど、親方が認めなかった。せっかく解放記念日に祭りをやるのに、その前の日に暗い顔はして欲しくないって。

 それで、たったの三人。

 目の前の墓石にはこう刻まれている。

『寒寂の村の最後の長。平和を望み、平和を見ずに逝き、平和の中に眠る』

 ……今日は、前村長の命日だ。

 

 前の村長は、親方の旦那さん。元からこの村の住人で、代々村長の家系だったんだそうだ。

 一年とちょっと前、俺がこの村に来た時にはもう病床にあった。それで俺も直接は会っていない。

「旦那は……まー、人の良いやつだった」

 花束が供えられた墓の前で、親方が呟いた。

「けど、身体が弱かった。人が良くて病弱って、こんな時代だから早死にすんのも仕方ねーわな」

 親方が言うことは、そうかもしれない。

 邪神を倒したことで本当の大災厄は免れたとはいえ、邪神の降臨が間近に迫っていた大陸では多くの災いが起きた。俺の村を滅ぼした剣鬼の騒動もたぶんそのひとつで……もしかするとこの村のことも、元凶を探れば、世界にはびこった〈歪み〉のせいだったのかもしれない。

 そんな時代だから、平和な時ならもっと生きられたかもしれない人が、命を落とすこともあった……。

「他人の悪口を言わねーやつだった。あのクソ領主とですら、争いは話し合いで解決したいって言ってた。そのクソ野郎が村の稼ぎを全部吸い上げたせいで薬が手に入らなくなって、旦那は死んだ」

 その顛末を知った村の人たちは、すぐにでも領主を打倒しようと集まった。

 親方はそれを止めた。みんなをなだめて、解散させて……

 そしてその夜、自分一人だけで館に乗り込んだ。

 俺がたまたま気付いたからよかったけど、そうでなかったら親方も一年前のあの夜に死んでいたかもしれない。

 もしかしたらそれを望んでいたのかも、と感じたこともある。

 でも俺は、あのとき親方を助けたのが間違いだったとは思わない。

 もし親方がいなかったら、今のこの村もこんなに明るく前向きな雰囲気にはなっていなかっただろう。

 何かをぶち壊すことでしか他人を助けられない俺とは違う、親方みたいな人が、平和な時には必要なんだよな。

「思い返せば、リオンさんとも少し似てるとこあったな。身体が弱かったから、リオンさんと同じことはできなかったろーけどさ」

 俺は、そうだな。身体が丈夫なのは確かだ。ドラゴンに思いっきり殴られてもまあまあ耐える。記憶はときどきなくしてることもあるけど、大抵それは俺のせいじゃないし。

 親方の旦那さんと似てるところがあるかどうかは……

 本人と会ったことがないから、俺からは何とも言えないな。

「あと何日か早く動いてたら、もー少しだけ、安らかな気持ちで死ねるよーにしてやれたのかねー」

 うーん。そう言われると……

「……それは、すみません。俺がもう少し早く……」

 俺自身、思わなくもなかったことだ。

 実際、俺はあの日より少し前からこの村に滞在してたし、どうせやることになるなら、もう少し早くても良かった。

 俺がもっと早く決断していれば……

「あー、リオンさんを責めてるわけじゃーないよ」

 親方がそう言って、俺の肩を叩いた。

「あたしが言いてーのはさ」

 墓を見下ろしながら、親方は寂しげに笑う。

「旦那が最後に見たあたしの顔、酷い顔だったんだよな。そこだけは、できればやり直してーなって、それだけなんだ……」

 ささやかな願い、というものだろう。

 でも、時間を遡りでもしない限りは、その願いが叶うことはない……。

「今の貴女が笑顔でいれば、それをきっと故人も見ておられるのでして」

 ヨハナ司祭がそう慰める。

 決まり文句ではあるけど、そうだといいな、というものでもある。だからこそ、よく使われるんだろう。

「そーゆーもんかねー」

 そう応じてから、親方は持ってきていた酒瓶を手に取り、その中身をぐいっと呷った。

「……それ、こういう時はお墓にかけるんじゃないですか」

「そのつもりで持ってきたけどさー、よく考えたらあいつ下戸だったわ。あっはー」

 あっはー、って。……まあ、親方がそれでいいならいいけど。

「それじゃー司祭さま。忙しいだろーし、お祈りは簡単でいーから。ひとつ頼むよ」

「では……」

 ヨハナ司祭は首から提げた聖印を握り、目を閉じて、祈りの言葉を紡いだ。

 ――人は、死んだらどうなるんだろう。

 それについては、多くの人が頭を悩ませてきたに違いない。

 大教会の教えでは、こうだ。

 死者の魂は肉体から別れてまず冥府へと向かい、そこで生前の行いによって裁きを受ける。その結果、善人の魂は天国へ昇り、悪人の魂は地獄へ落ちる。どちらに行くにせよ、行った先で魂を清めた後、ふたたびこの世界へ生まれ変わる……。

「それって、何日くらいなもんなのかね」

「生前の行いのみならず死後の行いによっても変わるそうなので、決まった日数というものはないようなのでして」

「ふーん。じゃー旦那が生まれ変わる頃には、あたしは地獄にいる可能性もあるのか」

「一説にはおよそ千六百日だとか」

「ってーと、えー……あと三年半くらいか? さすがにまだ死ぬ予定はないわなー」

 今は村も平和だし、そう期待してもいいだろう。ただ……

「親方は、長生きしたいならお酒を少し控えた方がいいんじゃ」

 さっきも飲んでたし。会う時はだいたい飲んでる。同じお酒好きでもネスケさんは弱い方だから実際の量はそう多くなさそうだけど、親方はものすごい量を飲んでる。

 でも親方は笑うだけ。

「別にそんな長生きしたいわけじゃーないね。だいたい、好きなこと我慢してまで長生きして、それの何が楽しーのかって話だよ」

 ……うん。その意見もわからないではない。親方らしいと言えばそうだ。太く短い人生が好きそうな感じ。この人の経歴を考えると、仕方ない部分もあるな。

「でもまー、だからって早死にしたいってーわけでもない。最近は、そう思うよーになった。村が活気づいてくのが面白くってさ。これは、リオンさんのおかげかねー」

 言われて、俺は苦笑。

「それは俺を買いかぶりすぎです。村のことは、俺はほとんど見守ってるだけなので。たぶん、親方の手腕だと」

 確か、前に親方が言ってた。親方の旦那さんは、村の発展を夢見ていたって。

 その夢を引き継いだんだろう。そして、その結果が出てきている。まあ、そういう話だ。

「んーまーとりあえず、旦那が生まれ変わってくるってーなら、もーしばらくはここにいてやらねーとな。戻ってきたときあたしがいなかったらさびしいだろーしさ」

「それがよろしいと思うのでして」

 ヨハナ司祭が頷くのに笑顔を返してから、またお酒を一口。……やっぱり、お酒をやめるつもりはないらしい。

「ありがとーよ、司祭さま。今ごろ旦那もあの世で嬉し涙におぼれてるだろーと思う」

「そう思うのでして。あなたがた夫婦に、自由と光の加護があらんことを」

 ヨハナ司祭はほほえみ、その言葉でこの集まりを締めくくった。

 

 村の方へと戻ると、いろんな場所に祭りの準備が目についた。

 明日は解放記念日。

 俺が前の領主を追い出したのが、ちょうど一年前の今夜だ。

「……今度の祭はリオンさんが主役だ。その前にこんなことに呼んで悪かったけどさ。どーしても今日、リオンさんにも来て欲しかったんだ」

 一年経って、親方はいろんな気持ちに決着を付けて、そして、ここにいる。

 ……俺はどうだろう。

 俺は、一年前よりも成長したと言えるんだろうか。

 何かを成し遂げたと、胸を張って言えるだろうか。

 正直、自信がないな。

 でも、そんなことはお構いなしに、時は経つ。

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