今日は朝から出発して、村に近い森で、魔剣の材料になる植物の採集。
村で使う木材は昔からこの森で切り出していたそうで、それを通すための道がある。昼間に通る分には強い魔獣も出ないと聞いてる。街道のように舗装されたものではないけど、薬草採りで通るには十分な道だ。
俺と一緒に来ているのは、ナタリーとマリアさん。三人でここまで歩いて来た。
さすがに森に入るのにサンダルってわけにもいかない。かといって、未開の地に分け入るほどの重装備も要らない……。というわけで、ちょっとした野外活動に支障がない程度の準備。水を入れた革袋なんかの、ちょっと重い荷物は俺が背負っている。大したことはないけどね。
マリアさんはなかなか休みを取れないんじゃないかと思っていたけど、魔女の『おばさま』に言ったら、すぐに休みを作ってもらえたそうだ。
「私があんまり働き過ぎだから、そろそろ無理矢理にでも休みを取らせないと、と思ってらしたみたいで……」
とは、マリアさんの言葉。
「私、そんなに働いてましたか?」
「あたしよりずっと働いてたと思うですよ!」
ナタリーも言うほどだらけてはいないと思うけど、まあ、マリアさんが他の人より働いてる様子なのは俺も同意する。
ニーナがしてるような館の中での仕事なら、手伝って負担を減らすこともできるけど、マリアさんは村にある魔女の店で働いていて、しかも専門的な知識も必要な仕事だから、なかなか手が出せない。
帰ってくる時間が遅いことも多いし、みんなも心配してはいるんだ。
「今日はお休みなので、がんばります」
マリアさんがそんなことを言ったので、俺はナタリーと顔を見合わせた。
ちょっと笑ってしまったけど、笑い事じゃない気もする。
「お休みなんだから、あまりがんばらない方がいいんじゃ……」
連れ出しておいて何だけど、これも本心。
「元々、何かしていないと落ち着かない性分なんです」
マリアさんはそう言うけど、今日はなるべく俺とナタリーががんばって、マリアさんには散歩気分で気晴らししてもらいたい。
「それにしても、この三人の組み合わせは珍しいですね!」
「そうかな?」
ナタリーの言葉に、改めて思い返してみると……。
「そうでもないような」
この前も一緒に話した気がするし、頻繁かというと違うけど、珍しいというほど珍しいわけでもないはず。
「あれ? うーん? マリアさんが普段お仕事忙しいからそう思うんでしょうか」
「それは、そうかも」
生活時間が合わないとか、そういうことかな。なるほど。
ナタリーの仮説に俺が頷くと、
「もっと忙しく働いている方もいますよ?」
と、マリアさん。
……そりゃあまあ、そうだろうけど。
さっきから何となく、マリアさんの働き方に危うさを感じるな……。
マリアさんが休みを言い出しやすいように、何か理由を付けてあげた方がいいのかな。近いうちに魔女の『おばさま』とも話して、調整しよう。
「せっかくのお休みなので、ミリアも一緒に来られたら良かったのですが……」
ああ、そうか。館にいるときはだいたい、マリアさんがいるところにはミリアちゃんもいるから、そこに俺とナタリーが一緒にいても『三人』にならずに『四人』になるんだな。
一緒にいるとマリアさんよりミリアちゃんがしゃべりがちだし、マリアさんはそれを静かに見守ってることが多い……。
そう考えると、ナタリーの「この三人の組み合わせは珍しい」という感覚が合ってたのかも。
「ミリアちゃんは、ステラさんと魔剣製作用の魔法回路作りをがんばっているみたいでしたね」
持続的な魔法付与をする場合はいろいろ入念な準備が必要で、まずは魔剣を作るための道具から作らないといけない。……と、ステラさんが言っていた。
そのあたりは俺じゃ詳しく説明できないけど、ステラさんが必要だと言うなら必要なんだろう。
ステラさんの話を理解して、ちゃんと手伝えるミリアちゃんは、魔法に関して俺よりずっとよく知っている。
マリアさんは「そうですね」と頷いて、ふっと微笑んだ。
「成長しているんだと思うと、嬉しい反面、寂しさもありますけど……」
マリアさんとミリアちゃんは、両親を亡くしてから二人で生きてきたと言ってた。それもずっと前のことだから、ミリアちゃんは今よりもっと小さくて、マリアさんは親代わりにもなってミリアちゃんを守ってきたんだそうだ。
俺が二人と知り合ったのも、ミリアちゃんの病気を治す手伝いをしたのがきっかけだし。
そういう絆のある二人だから、その間にある感情は、俺では想像できない部分も多いな……。
それで俺は、マリアさんにどう声をかけるべきかちょっと迷っていたんだけど。
「それならマリアさん! あたしを妹と思っていいですよ! あたしなら、まだまだ手がかかることうけあいです! 特級甘えちゃうですよ!」
ナタリーはいつもの調子でそんな風に言って、マリアさんに抱きついた。マリアさんは突然の体当たりにちょっとびっくりしたようだったけど、すぐに微笑んで、ナタリーの頭を撫でた。
「ふふ。ありがとうございます、ナタリーちゃん」
ナタリーは気持ちよさそうに目を細めている。
……俺にはナタリーの真似はできないな。むしろ、軽々しくやっちゃいけないと思う。
マリアさんとナタリーが手を繋いで歩くのに後ろからついて行くこと、しばし。
「あっ! 発見です! 薬効のある、えっと……ナンタラゴラです!」
ナタリーが指差した先を見ると、……どれだろう。ちょっとよくわからないな。いろんな植物が生えているし。
「ああ、それです。良く見付けましたね」
「物を見付けるのは特級得意です!」
マリアさんとナタリーはどれだかわかってるみたいだけど、俺にはまだよくわからない。どれがそうなんだろう……。
「毒がある植物なので、素手で触れないようにしてくださいね」
さすがに、薬草を専門としているマリアさんと、目敏いナタリーが組むと早いな。俺は感心することしかできない。手を出す暇もないし、荷物持ちに徹することにするか……。
「ナンタラゴラ、動いてるのしか見たことなかったです! 土に埋まってるものなんですね!」
「マンドラゴラね」
「それです!」
マンドラゴラ。俺も魔獣の一種としか見てこなかったな。ナタリーと同じで、歩き回ってるのしか見たことがなかった……気がする。
魔獣としての強さは……群れてた時は結構危ないこともあったな。当時は俺がまだ駆け出しだったせいもあるけど。その時でも、一匹なら大したことなかった。戦ってると強い眠気に襲われたり、毒をもらったりするけど、その程度。ちゃんと準備して気を付けてれば、戦いを専門にしてる人でなくても対処可能だと思う。
植物として生えてるのも見たことがあるかもしれないけど、そうと意識したことはないな。故郷の村のあたりには生えてなかったと思う。気候の関係かな。
「成熟すると這い出してきて、生育に良い土地を探して歩くんだそうですよ」
なるほど。青虫が蝶になるとか、オタマジャクシがカエルになるとか、あんな感じか。幼生と成体で姿や過ごし方が違うっていう生き物。なんだろう。たぶん。
ほっといたら、今植わってるそこからも這い出して来てそのへんを走り回るのかと思うと、ちょっと面白い。
前に群れてたのは知人の館だったから、あんまり笑い事にもできないんだけど。
よっぽどいい土地だったんだろうなあ。庭だけでなく館の中にまでマンドラゴラが入り込んでたし……。みんなで退治したから、今はもういなくなってる……はず。
と、俺が思い出に浸っているうちに、ナタリーはもうマンドラゴラを掘り出そうとしていた。
「植物として埋まっている間の方が毒性は強いので、気を付けてくださいね。根を傷つけないように、そっと掘り出してください」
「わかったです!」
ナタリーはしっかりと手袋をした上で、手持ちのスコップを器用に使ってマンドラゴラの周囲の土を掘っていく。
腰に
マンドラゴラを『倒す』つもりなら、もちろん、その短剣を武器として使うだろうけど。
それにしても、だ。
「魔剣の材料って、こんな植物まで使うんだな……」
吟遊詩からの印象だと、こう、魔法使いが「えいっ」とやるだけで即座に魔剣になるのかと思ってた。ステラさんにそう言ったら返ってきた説明によると、一時的な強化ならそれこそ「えいっ」でできるらしいんだけど、今回は長期間持続する魔剣化だから話が別なんだそうだ。
でも、マンドラゴラなんかをどう使うんだろう。
「私は魔剣化には詳しくないですが、魔女としての見地からすると……マンドラゴラに含まれる魔法の力を使うのかもしれませんね。マンドラゴラには、魔女の薬にも使われるくらい強い力がありますから」
俺の呟きに、マリアさんが返事をくれた。
「魔女の薬……ですか」
マリアさんが働いているのが、魔女の店。怪我や病気の治療を行っていて、その一環で薬も売ってる、というのは俺も知ってる。
でも『魔女の薬』って言葉には、なんだか、妖しい響きがあるな。
「マンドラゴラは効果が強すぎるので、普段はあまり使いませんけど……リオンさんにも馴染みのあるものですと、そうですね……催眠魔香や錯乱魔香にはマンドラゴラが使われていますよ」
「ああ。ああいうものに使われてるんですか。なるほど」
魔獣相手に何度か使ったことがある粉薬だ。魔香の名前の通り、本来なら焚いて使う物だけど、魔獣相手には粉の入った袋をそのまま投げつけてた。
催眠魔香は相手に強烈な眠気を引き起こして、錯乱魔香は相手の意識を混濁させて放心させる。
そんな薬だからもちろん、人間相手に使うのは推奨されていなくて、もし使ったら投獄されるって聞いた。結構高いから、普通の人はそもそも気軽には使わないと思うけど、盗賊団や暗殺者はときどき使うっていうから、まあ、危ない薬ではある。
「いかにも身体に悪そうでしょう?」
俺がどんなことを考えてたか、顔に出てたかな。
マリアさんの問いに、俺は苦笑いで頷いた。
「人を癒やす効能もちゃんとあるんですが……そちらは、最近はもっと扱いやすい薬草に置き換わってきていますね。やはり強い薬は扱いも慎重にならざるを得ませんから」
なるほど。いろいろ考えてるものなんだな。
俺はこれまで、そういうのをあんまり深く考えずに使っていたけど……。
普段何気なく使ってる物も、どこかで誰かが作っていて、それぞれなりの材料があって、苦労があって、ようやく俺たちの手元にある。
まあ、そういう話。
「掘り出せたです! 特級気持ち悪い感じのが出てきたです!」
確かに……。人型に見えなくもない根っこに、顔みたいな凹凸があるから、不気味に感じる。
歩き回ってるのと戦ってたときには、他にも気持ち悪い感じの、たとえば骸骨戦士やら亡霊やらいたからあんまり気にしなかったけど、いま改めて見ると……うん、やっぱり気持ち悪いな。
「必要なマンドラゴラは一匹ですかっ?」
「うん。でもできれば予備にもうひとつ欲しいって」
「了解したです! あと一匹探すです!」
ナタリーはどうも、マンドラゴラのことは植物扱いしてないみたいだ。気持ちはわかるけど。最初の印象って大事だよな。
ナタリーがマンドラゴラをもう一匹見付けたのはそのすぐあとのことだった。