今日の主目的は魔剣化に使うマンドラゴラだけど、その他にもマリアさんが個人的に欲しいという薬草を何種類か採取した。
何に使う薬草なのか聞いてみたら「秘密です」と言われてしまったけど。
ちょっと気にはなるけど、俺はその植物が何ていう名前なのかも知らないから調べようがない。
まあ、マリアさんのことだから、悪いことに使うものではないだろう。
そうしてたどり着いたのが、森の中にある広場。
猟師たちが休むための小屋もある開けた場所で、頭上からは日が差し込んでいて明るい。近くには水場もあるし、休憩にちょうど良さそうな切り株もある。事前に村の人たちから聞いていたとおりの場所だ。
今日はここで折り返して帰る予定になっていたから、採集カゴを降ろして中身を確認。
「……うん。今日採取する予定の分は揃ってるみたいです。あ、パエトの根以外は、ですね」
カゴの中を覗き込んで、マリアさんがそう言った。
ステラさんから「あれば採ってきて欲しい」と言われていたパエトの根は見付からなかった。
マリアさんによると、大昔の大災厄が原因で絶滅した植物なんだそうだ。もしまだ生えているのが見付かれば大発見ってことになるけど……あるとしたら秘境の奥地とかなんだろう。
そこはステラさんと相談して、代替策を検討しないといけないな。確かな情報さえあれば、探しに行くこともあるかもしれない。
とはいえ、今日のところはひとまず、これで終わりだ。
「じゃあここで一旦、休憩にしよう」
他の二人にそう言って、俺は背負っていた荷物を降ろした。さすがにちょっと疲れた。
日差しの中で、ぐーっと伸びをして深呼吸。気持ちがいい。
それにしても、最近はよく疲れを感じるな。戦いばっかりだった頃は、あんまり感じなかったのに。
単に身体がなまってるだけって可能性も否定はできないけど。最近は朝の素振りくらいしかやってないし。
もう少し運動を増やした方がいいのかな……なんて考えていると。
「休憩なら、必要なものがあると思うです!」
ナタリーがそう言って、俺が降ろした荷物に視線を送っていた。
そこに何が入ってるのかは事前に話してあるし、もちろんナタリーも知ってる。
「それじゃ、みんなで食べよう。ニーナが持たせてくれたお弁当」
「わーい! 待ってたです! 特級おなか空いたです!」
そう。今日は森に植物採集に行くと話してあったから、ニーナがお弁当を用意してくれていたんだ。その味についてニーナは「今日のも自信作」と言っていたから、間違いなく美味しいはず。
俺も道中楽しみにしていた。
「危険な植物を触った後ですし、まずはよく手を洗ってくださいね。泥もついてますよ」
「了解したです!」
マリアさんの指摘を受けて、革袋いっぱいに詰めてきた飲み水で、まずはみんなの手を洗うことに。
さっきの話を聞いた後だと、マンドラゴラの毒は特に念入りに洗い落とさないとって気になって、掘り出していたナタリーの手には特にたっぷり水をかけてあげた。
「そういえば、この三人は誰も〈
使えれば便利だとは思うけど、俺の場合は〈解毒〉には適性がなかったみたいで、未だに身に付かない。解毒の魔石を介せば一応は使えるけど、今日は持ってきてないな。
「毒消しは持ち歩いてるです!」
ナタリーが、腰のポーチをぽんっと叩いてアピールした。
準備がいいな、と思ったけど、ナタリーのことだからいつも持ち歩いているんだろう。
ともあれ、準備があればちょっとくらいなら平気……
かと思いきや。
「冒険者向けに売ってる毒消しを過信しちゃダメですよ。あれは基本的には、よく出会うタイプの魔獣の毒にしか効きませんから」
「あれ、そうなんですか」
マリアさんの指摘に、ナタリーも「えーっ」と驚いている。
「実用上はほぼ問題ないですけど、あれでは対応できない毒もありますよ」
うーん。咬まれた時には傷口に塗って、毒を飲み込んだ時には毒消しも口から飲む、と説明されて、その通りに使ってきて、これまでちゃんと効いてたけど。
「それじゃ、〈解毒〉の法術の方は?」
ナタリーの手伝いを受けて手を洗っているマリアさんに訊ねると、マリアさんはちょっと困ったような顔をした。
「ミリアが言っていることを聞いた感じでは、毒素自体を消し去る作用があるようなんですが……あの子の話す言葉は感覚的で、私も理解できたとは言いがたいので……詳しい仕組みはステラちゃんに聞いた方がいいかもしれません」
「なるほど」
ミリアちゃんはそういうところがあるな。
魔法に関して、俺たちとは見えているものが違う。
ステラさんはそれを「ミリアは
俺たちがリンゴとオレンジを一目で区別できるのと同じように、ミリアちゃんは
本来なら、相当な研鑽の果てに到達する境地らしい。普通の人より魔法適性の高いステラさんやクレールでさえ、魔法に集中していない時には見えないと言っていた。
すごい才能だと思うけど、そのせいでミリアちゃんは、自分が扱える魔法について他人に教えるのは絶望的に不得手、というのもステラさんの見立て。
そこをミリアちゃんがちゃんと理解しないと、『見えない』人向けに書かれた多くの本を理解できないだろう、ということで、ステラさんがいま教えているのはそのあたりのことらしい。
先が長いのか短いのか、いまいちよくわからなくなる話でもある。
「毒消しの話はもういいです! マリアさんの手もきれいになりましたし、はやく食べましょう!」
ナタリーが、もう待ちきれないという様子で訴えてきた。
うん、そうだ。
これからお弁当を食べるんだから、毒消しのあの、一口で吐き戻しそうになる味のことは忘れよう……。
水に濡れた手を拭いてから、大きめの切り株の上にお弁当の包みを開ける。
中に入っていたのは……パン。
「……ん?」
ナタリーが首を傾げる。
「パンだけですか?」
期待していたものと違う……という、残念そうな顔。
ちゃんと予想通りの顔も見られたので種明かしをすると、このパンに乗せる具は別の箱に入れられてて、食べる時に好きなように乗せていい、ってことらしい。
そっちの箱を開けて見せたら、ナタリーの表情もまたパッと明るくなった。
「おにくを乗せたいです!」
ローストビーフがあるな。ちゃんとナタリーが肉を望むことをわかっていたみたいだ。
他にも魚のほぐし身、チーズ、ピクルス、レタス……こっちの瓶はジャムか。ヨーグルトの瓶もある。食べきれるか心配になる量だけど、ナタリーがいるから大丈夫かな。
それぞれ思い思いの具を乗せる。後になれば残ってる感じのを使っちゃおうってことになると思うけど、最初くらいは好きな物だけ乗せてもいいだろう。
三人で軽く食前の祈りをしてから、食べ始め。
「特級おいしいです!」
真っ先にそんな声を上げたのは、もちろんナタリー。
でも本当に美味しい。具材もだけど、まずパン自体がおいしい。これってすごいことだと思う。
俺の故郷で焼いてたパンなんて、堅くて不味かった。あんまり堅いから皿代わりにしてたし。食べ終わってまだ物足りなかったら仕方なく食べるけど、もう十分満腹だったら家畜の餌箱行き。
それとこれは、同じ『パン』って名前で呼んじゃいけないような気がする。
「んーっ! パンはふわふわ! もちもち! おにくは柔らかいし、噛めば噛むほど肉汁がしみ出してきてこれは……これが、しあわせの味! う、う……ウマウマ!」
というナタリーの意見はさすがに大袈裟だとは思うけど、美味しいのは確かだ。
マリアさんもひとくちひとくち、ゆっくりと味わって食べている。
「本当においしいです。具材は全部、冷めてもおいしいようにしてありますし、パンにも何か工夫がありそうですね……」
ニーナ、そういうところまで考えているのか。すごいな。
「私もお料理にはちょっと自信がありましたけど、ニーナちゃんと比べるとまだまだですね……」
「おそるべき才能です……っ!」
ミリアちゃんとは違うけど、これも才能なのか。それとも、研鑽の果てに到達した境地なのか。
いずれにしても、それをこうして享受できる俺としては、感謝するしかない。
ニーナのためにも、魔包丁、ちゃんと成功させたいな。