「おかえり、リオン。星読みはどうだった?」
星見の間の外で待っていたクレールが、戻ってきた俺の顔を見て尋ねてきた。
声は明るい調子だったけど、その青い瞳には少しの不安をにじませている。彼女なりに心配してくれていたのだろう。
「まあ……聞きたかったことは聞けた、かな」
話を聞いて完全に解決、とはいかなかったけど、悩んでいたことの一部が解消したのは事実だ。今はこれでよしとしよう。
「そっかー。よかったねえ」
聞いたクレールも安堵の笑顔を浮かべてくれた。
「次は僕の番だね。ちょっとドキドキするなー。よし、行ってくる!」
ふわっとした金髪を揺らして、クレールは元気よく星見の間へと入っていった。乗り込んでいった、というくらいの勢いだ。俺はそれを見送って、傍にあった椅子に腰を下ろした。
クレールは不思議な縁で俺の仲間になった子だ。
俺が〈歪みをもたらすもの〉との決戦のために、聖竜の助けを借りて時空を越えた時だ。
その狭間に罠を張っていた黒貴族によって、俺は異界にとらわれてしまった。
手助けしてくれたのがクレールだった。
その異界でもいろいろあったけど、俺は無事にこの世界に戻ってくることができた。
そしてクレールも、一緒にこちらの世界についてきたというわけだ。
魔術と法術に関しては非常に優秀で、そのちからには俺も何度も助けられている。
性格は子供っぽいところもあるけど、本当に辛いときはその明るさも助けになった。
今日も……はっきりとは言わないけど。
俺が悩んでいるのを察して、ついてきてくれたんだろう……。
と、思う。たぶん。
そんな風にクレールのことを思いながら待つことしばし。
バーン! と扉を開いて、クレールが戻ってきた。
「すごいことを……聞いてしまった……」
「え、なに?」
この世の終わりか、というほど切迫した顔つきでクレールが呟いたので、嫌な予感がした。
俺の星読みもあんな感じだったから、クレールも何か、悪い話を聞いたのかもしれない。
クレールは、大きく深呼吸をして息を整えると、真剣な顔で、俺に言った。
「星読みの宮の祭司の人、ティータって言うんだって! それって、僕の家の近くに住んでた竜と同じ名前なんだよ! もしかしてどっちも、聖竜さんが名付けたのかな?」
「ああ……どうだろう、そうかもしれないな」
表情から心配していたより、かなりどうでもいいことだった。心配して損したという感がなくもない。
ちなみにその『竜のティータ』には俺も会ったことがある。全身ふさふさの竜だった。ふさふさの竜はこの二頭の他には見たことがないから、ここの聖竜の血縁で間違いないだろう。
「いやー、びっくりしたよほんと」
クレールは興奮冷めやらぬ様子……。
もっと大事なことがあると思うんだけどなあ。
と思っていると、クレールもどうやら気付いたらしい。
「あ。待たせてごめんねー。それじゃ、帰ろっか!」
違った。違う方向に察していた。
でもこれは、やっぱり他人には話したくないような、深刻な話を聞いたのかもしれない。
踏み込んでいいものかどうか、少し悩んで……
やっぱり、聞いておくことにした。
「……星読みはどうだったの」
「あ、それね。僕の前途の幸運がとてつもないことになってることが確認できたよ」
「えぇ……」
別に深刻な話でもなく、単に話し忘れていただけらしい。
それにしても、幸運がとてつもないっていうのは、どういう状態なんだろう。
「詳しく話すと星が変わっちゃうかもしれないらしいから、内緒だけどねー。って、なんか、納得いかないって顔してるね?」
……俺の方はいい話ばかりじゃなかったからなあ。
と、そんなふうに思っていると、クレールから頭を撫でられた。
「ちょ、なにいきなり」
「僕のとてつもない幸運をちょっとだけ分けてあげようと思ってさー」
それって、頭を撫でたら分けられるものなんだろうか?
「なーんか難しい顔してるけど、僕が幸せなのはリオンにとってもいいことだと思うよ?」
クレールは俺の頭を撫でながら、そんな風に言った。
「そうかな」
「だって、僕はまだまだリオンの傍にいるつもりだし、その僕が幸せってことは、リオンに何か悪いことがあるはずはないでしょ」
「……なるほど」
理屈は合ってる……のかな?
考え込んでいると、クレールの手は止まった。撫で疲れたらしい。
「んふ。まあ大船に乗ったつもりで、何かあったら僕を頼るといいよ。僕の方がだいぶお姉さんだからね」
そう言って、ふんっ、と胸を張ったクレール。
……どうも泥舟感があるんだけど、何でだろう?
それと、気になることがもうひとつ。
「その、歳のことは公開情報なの?」
クレールはパッと見には俺とそう違わない年頃だし、話し方もまだ幼い。
でも、俺の計算が間違ってなければ、実際に生きた時間で言うと、俺の十倍どころじゃなく、もっと長く生きているはず。
それは年齢で言うと――
「実質十七歳だから、リオンよりひとつかふたつかくらい上だね」
「実質?」
「実質ね」
誤魔化された。正確なところは、あまり他人には知らせるつもりはないということなんだろう。
でも、それにしても、十七歳とは。
「ちゃんと人生を楽しみ始めた時間でいうと、だいたい合ってるはず」
そういう計算になるのか。
「前は十四歳を自称してたような……」
「可変なのだ」
「可変」
その時々で、だいたいそのあたりの都合良さそうな年齢を自称するということらしい。
十七歳というと、いま十五歳の俺よりふたつ歳上ってことになる。
……見えないな。
背の高さにしてもそうだし、浮かべている表情もそう。
絶対に俺より歳下……だと思う。真実を知らなかったなら。
そんな葛藤を抱える俺を見て、クレールは自分の口元を手で隠して、
「んふ」
と笑った。