魔剣の材料集めは順調に進んでる。
このあたりで手に入る植物や動物から採れるものは大体集め終わったし、ここに住むことになる前に手に入れた物の中にも、材料になるものがあった。
足りない物のうち、いくつかは商人に頼んで調達してもらうことになった。揃うには少し時間がかかると言われているけど、そこは気長に待つことにしよう。
今日は午後から陳情受付の予定だから、午前中は出かけずにニーナの手伝いをすることにした。
今は台所の端で、夕食に使う予定だっていうニンジンを洗ったところだ。このまま皮剥きもやってしまう予定。
「あー、あれはね。疲れた時に食べたくなるようなものを選んだの。なるべくね」
ナタリーたちとマンドラゴラを採りに行った時のお弁当の話。
マリアさんが「かなり工夫しているみたいだ」と言っていたのを思い出して、作業の間の雑談に訊いてみたら、ニーナの返事がそれ。
「疲労と空腹を調味料にするっていう、ニーナの仕掛けだったわけだ」
「ま、そういうこと」
単純なことのように聞こえるけど、それぞれの食材のことや、何より食べるみんなのことをよく知ってないとできない気がする。少なくとも、俺にはきっと無理だ。
「お母さんのレシピ帳にね、料理をおいしくするためのいろんな工夫が書いてあって。お母さん、本当にいろいろ試してて、うまくいかなかったこともあるみたいなんだけど、それも含めてね、すっごい参考になる」
なるほど。ニーナのお母さんか。
ニーナのお母さんは、俺からは叔母さんということになるけど、十年ほど前に亡くなってる。
うちの家族とは離れて暮らしていたこともあって、俺にはあまりはっきりした記憶はない。ただぼんやりとだけど、ニーナと同じ夕陽色の髪だったのは覚えがある。それに、優しそうな人だったな。
叔母さんが亡くなった当時の叔父さんは、料理や家事は全くできなくて、役に立たない感じだったそうだ。今はマシになってるらしいけど、まあそれで、ニーナがそのへんをやるようになったと言ってた。
ニーナの料理のおいしさの秘密が、少しわかった気分だ。
わかったからって、俺には真似できないけど。
「そういえば、魔剣のベースはどうするか決めた?」
ニンジンの皮を剥くのにナイフを手にして、そのことを思い出す。
いま使ってるのをベースにするか、新しく作るなり買うなりするか、ニーナが決めることになってたはずだ。
訊ねると、ニーナは「うん」と頷いた。
「いろいろ考えたけど、やっぱり使い慣れてる形がいいかなって思ってるの」
ん? ……形の話か。
「形って、そこ悩むところ? 包丁は包丁じゃないの?」
「包丁もいろいろ種類があるんだよ? ここにあるのだけでも、ほら」
そう言って、ニーナがいくつか並べて見せてくれたけど……
「ほとんど違わないような」
「えーっ! 全然違うよ。よく見てよ」
そうなのか……。確かに、刃の角度とか長さとか差があるけど……そんなに大きな差になるものなのかな。俺にはよくわからない。
「やれやれ、リオンはおおざっぱだ」
「悪かったね」
ニーナが呆れたように言うけど、わからないものはわからない。
俺がそんな態度でいると、ニーナはため息をつきながらも、どうにか俺に理解させようと再度の説明を試みてきた。
「はいはい、よく見て。いい? こっちは野菜を切るのに良くって、こっちはお肉用。こっちはお魚ね。ね、違うでしょ?」
ふむ。どういう理屈でそういう使い分けになるのかわからないけど、違いがあるのは確かだ。
「それぞれ適した道具があるって話なら、それは、そうだと思うよ」
マンドラゴラを掘りに行ったときもそうだった。
ナタリーは
穴掘りなら短剣よりスコップ。戦いなら短剣で。料理に使うなら包丁。
その包丁の中にも、用途によっていろいろ違いがあるらしい、と。
それは、納得。
どこがどう違うのかは、やっぱり俺にはよくわからないけどね。
「それで、ニーナが選んだのは?」
「え。それは……何にでも使える形のやつ」
がく。
「えぇ? いまの話の流れでそれ?」
てっきり、その『専門の包丁』のうちのどれかにするものと思ってたのに、まさか『何にでも使える』なんてのがあるとは。
それならもう全部その、何にでも使える包丁で切ればいいんじゃないか?
俺にはいよいよわからない……。奥が深すぎる。
ニーナは「あはは」と笑ってる。
まあ、あんまり突っ込んでさらに専門的な話をされても困るから、ここは誤魔化されておこう。
「だってね、ほら、これにしようかなって思ってるから」
ニーナが持ち上げて見せたのは、かなり使い込まれた包丁。俺も見たことがある……というのも当然で、ニーナが昔から使ってるやつだ。それこそ、雷王都市にいた頃から。
「ん? それって確か……」
確か、前に聞いたな。
そう思ってニーナの顔を見ると、彼女は「うん」と頷いた。
「これね、お母さんが使ってたものなの」
やっぱり。どうりで年季ものなわけだ。
でも、ニーナがこれを大事に使ってきたのは知ってる。なるべく長く使いたいと言って、時々は念入りに手入れをしているのも見た。俺も、古くなった柄を取り替える手伝いをしたな。
そうだから、逆に、ちょっと意外に思った。
「いいの? そんな大事なものを。魔剣を作るのは初めてのことだし、今回は試作、みたいなとこあるけど……」
そこはすでにちゃんと説明してあったし、ニーナもそれは理解して、よく考えた上で決めたことだろうとは思うけど。
「私がもらってからでももう十年以上、研ぎ直しながら使ってるから……今後を考えると、これを魔剣化してもらった方が、長持ちするかなって」
確かにそれは魔剣化の利点のひとつだ。実際にどのくらい違うのかは、ステラさんに訊かないとわからないけど。魔剣化すればいくらか寿命が延びるのは確実。
ただ、もし失敗した場合にどうなるかは、よくわからない。
「心配じゃない? 必ず成功するとは言い切れないかも」
不安を煽るようなことを言ってしまったかな、と思ったけど、本心。
自分のことならいい。失敗しても、また頑張ればいい。
でも、ニーナのお母さんの思い出の品だ。もし何かあったら、取り返しのつかないことのような気がする。
それは、俺も両親を亡くしてるからそう思うだけの、感傷的なことなんだろうか。
俺だったら……魔剣化のベースにはもっと当たり障りのないものを選ぶ気がするな。
でも、ニーナは違うみたいだ。
「まあ、その時はその時かな……どうせいつか、実用にならなくなる時は来るわけだし」
その大事な包丁の峰のあたりを、つうっと撫でながらうっすらと笑って、ニーナはそう言った。
「それにね、魔剣化に必要な材料を見たら、次があるかわからない感じだったから。今、やっておいた方がいいと思ったの」
うーん。確かに、手に入れるのが難しい材料もある。それでも大抵のものはお金を積めば何とかなるとはいえ、魔剣化の効果と天秤にかけるとどうなるか。
古王国時代にはありふれていて価格の安かった材料が、今は入手困難で価格が高い……ということもある。それは材料費に直接響いてくる。
最終的な判断は、今回の結果を見てからになると思うけど、ステラさんの試算では「おそらく、費用対効果は非常に低いと想定される」ということだった。
確かに、次はないかもしれない企画ではある。
そんなところまでちゃんと確認してるってことはやっぱり、ニーナが熟考したのは間違いなさそうだ。
だったら……今さら俺がどう言っても仕方ないか。
「わかった。ニーナがそこまで言うなら、もう止めないよ。うまくいくといいね」
ちょっと突き放した言い方になったかもしれない、と思ったけど。
ニーナも「うん」と頷いたから、まあ、伝わったかな。
「俺もなるべく頑張るよ。……材料集めは目処がついたし、あとどのくらい俺が関与できるかはわからないけど」
「うん、ありがとう。……ほんとはね、本音を言うとね、心配は心配。うまくいって欲しいなあ」
そんな話をしているうちに、ニンジンの皮剥きも終わり。
「次はどうしようか?」
「じゃあ、大きいお鍋にお湯を沸かしといてくれる? それと人数分の食器ね」
「はいはい」
ニーナの手元には食材が並べられていて、もう調理を待つばかり。
昼食も楽しみだ。