来客を告げるナタリーの声を聞いて表に出てみると、荷馬車が停まっていた。
「よう、領主様。元気そうだな?」
声をかけてきたのは銀髪の旅商人、ユウリィさん。俺がここに来る前からの知り合いで、その縁もあって、この館にもよく立ち寄ってくれる。
長い灰色のマフラーで口元を隠しているし、旅装束だと少しわかりにくいけど、女性。その格好も口調も、無用のトラブルを避けるためにやってるんだそうだ。切れ長の目に琥珀色の瞳は、狼を連想させるな。何か底知れないものを感じる人だけど、悪い人じゃない。ただちょっとお金に対する執着心が強いだけだ。
この館にあった無駄に高価な調度品を処分するのに際しては、本当によく手伝ってくれた。もちろん、相応の料金は取られたけどね……。
そのあたりのことは目処がついたから最近の訪問はそう頻繁じゃないけど、定期的に日用品を届けに来てくれる。他に特別な注文があればその時に伝えておくと、だいたい次に来る時までに用意してくれているからありがたい。
とはいえ、前回の注文の多くは魔剣の材料。今の時代でも入手は可能だけど、産地が遠いものだったり、稀少であまり出回っていないものだったり……というものを注文していた。
ユウリィさんがいくらやり手でもさすがにすぐには揃わないだろう。
俺もみんなもそう思っていたんだけど。
「普段通りの日用品の他に、頼まれてた品も揃えてきた。荷台に全部あるから確認してくれ。請求書もそこだ」
ユウリィさんがそう言うから、その場にいた俺たちは顔を見合わせた。
荷台を覆っている布をめくり上げて見ると、確かに注文した覚えのあるものがずらりと並んでいる。
ちゃんと確認してみようということで、日用品の方のチェックはナタリーに任せて、俺とステラさんで魔剣の材料の方をひとつひとつ見てみることにした。
「……数は合っている。確かに揃っている」
ステラさんが、信じられない、という様子で呟いた。
俺には何に使うかわからない物もあったけど、注文通りに揃ってるってのは、確かにその通り。
「すごいな。思ったより早く集まりましたね」
俺がそう言うと、ユウリィさんは目を細めた。
「あんたはうちの一番のお得意様だからな。他よりも優先して揃えたのさ」
「助かります」
嬉しいことだけど、お得意様ってことは要するにそれだけお金を使ってるってことでもあるわけで、農村育ちで元々は貴族でも何でもない俺としては……うーん。ユウリィさんの懐に入ったはずの額をざっと思い浮かべてみると、ちょっと震えを感じるような。
「品質は信用する」
ステラさんはそう言って点検を終えた。ステラさんも、そろそろユウリィさんとの付き合いは長い。値段を吹っかけられることはあっても、品質が悪かったことは一度もないってのは承知してるだろう。
そういう商人だ、ユウリィさんは。
「仕入れた時点で悪いものはなかったな。それは確認した。しかし悪くなりやすいものもないわけじゃない。特に食い物は気を付けてくれよ?」
「気を付ける。皆にも周知する」
「悪くなる前に食べるので大丈夫です!」
ナタリーがそう言ってるから、食べ物に関しては大丈夫だろう。むしろ足りなくなる心配の方が大きいな。
確認が済んだところで、三人で手分けして、荷物を荷台から降ろす。うん、今回はそんなに重い物はない。余裕、余裕。
その間、ユウリィさんはステラさんが用意した今回の取引の代金を受け取って、念入りに確認していた。その財布が仕舞われる頃にちょうど、俺たちの作業も終わり。
「いい買い物したよ、あんた」
ユウリィさんはいつもこの言葉でひとつの取引を締めくくる。買う前はいろいろ悩むこともあるけど、最後にこう言われるとまあ、そうなのかなって気になる。
「……それにしても妙な物を欲しがったもんだな? どれもこれも妖しげな儀式に使いそうな物ばかり。魔女でも飼っているのかね」
ユウリィさんが今回の注文品についてそんな感想を口にした。
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」
確かに普通はちょっと使わないようなものが結構あったけど、魔剣化の材料だってことをどう説明しようか、それともユウリィさんには言わない方がいいんだろうか……と迷っていると。
「飼われているわけではない」
すぐに反論したのはステラさん。……でもその反論が、ちょっと。
「お互いを必要として、同棲しているだけ」
うーん。何かその言い方は、何か、うーん。
「毎晩求め合っている、って話か?」
「誤解を招くような言い方はやめていただきたい」
ユウリィさんの言葉には、俺の方からすぐに抗議。
「……? 事実。私はリオンを必要としているし、リオンも私を必要としている。お互いを高め合う関係。そのはず」
「それは、そうなんですけど」
「?」
「あたしもそうです!」
「……仲間」
「ですです!」
大人びて思えても、ステラさんは俺より年下。ナタリーもそう。正直なところ、このあたりのことをどう説明したらいいのかよくわからない。ニーナかマリアさんあたりからそれとなく伝えてくれるといいけど……
俺から二人にそうお願いするのも何か別の問題になりそうな気がして、ためらってしまうな。
そんな俺たちを見て、ユウリィさんはニヤニヤしてる……気がする。
「お互いを必要としてるってのは、いいことだな?」
「そう思う」
この話題、あまり突っ込んでも分が悪そうだから適当に流しておこう……
と思ったけどそうだ。この際だからひとつだけ確認しておきたい。
「俺が好色男だっていう噂の出所って、まさかユウリィさんじゃないですよね?」
ニーナが村の人たちから聞いたっていう噂。実際はそんなことないんだけどなあ。誰も否定してくれないんだ。クレールでさえ「だってリオン、女の子好きだよね? 特に、困ってる女の子」なんて言ってたし。それは人助けだから。困ってるのが男の子だって助けるよ。ほんと、誤解を招くような言い方はやめていただきたい。
「その噂はオレも聞いてるよ。そんなに嫌なら、美女に言い寄られても全く手を出せないヘタレって噂に上書きしてやろうか? 相応の料金で引き受けるぜ?」
「えぇ……」
あんまりひどい噂は嫌だけど、情けない噂で上書きってのも困る。事実より大袈裟にされるのも嫌だけど、ほんのちょっとくらいは見栄も張りたい……。でもまあ、人の噂ってものがそんなにちょうどいい具合になることなんて、今後も絶対にないだろう。
諦めのため息。