「それで、何か新しい注文はあるか?」
ユウリィさんがそう訊ねて、ステラさんが頷いた。
「村で春祭りが開催される。竜牙館からも祝いの酒を出すことになっている。注文書を用意してあるので確認して欲しい」
ステラさんが鞄から取り出した一枚の紙を、ユウリィさんが受け取る。館にいるみんなの要望を元にステラさんがまとめたものだ。
「……祭りとはいえ、葡萄酒に、麦酒も……こんなにか? やけに多いな?」
ユウリィさんが少し驚いた様子で言う。
俺も最初はそう思った。うちではみんなそんなにお酒は飲まないし。マリアさんが時々少し多いかな、と思う程度。
今回、そのあたりの注文を出したのはクレール。
「クレールが、そのくらいは必要だと言っている。祭りでは飲み放題にすると言っていた。その上で、村の人口を考慮すると、妥当な量と推定される」
そう。親方が春祭りを盛り上げたいと言っていたのを陳情の場で聞いたクレールが、それならと企画したんだ。ステラさんの言う通り、村の人たちに振る舞うと考えれば、多すぎる量じゃない……と思う。親方とか、かなり飲みそうだし。
「それは大盤振る舞いだな? まあ、理由があってのことならオレは注文通りに揃えるだけだ」
「お願いします」
その他は、普段通りの日用品が主で、あとは少し遠方から来る果物やお茶、お菓子なんかを頼んでおく。そのあたりは、ジョアンさんも珍しい物を届けてくれるけど、あの人はいつ来るかわからないからな……。
「しかし、そろそろ荷役の人員くらい雇わないのかね。この注文量だと、馬車から降ろすのもかなり苦労すると思うぜ?」
その心配はもっともだ。荷台いっぱいに積まれてくる樽。この丘の上まで牽かされる荷馬も大変だろう。もちろん、それを荷台から降ろすのも。
ただ、人を雇うのに関しては、今のところまだ慎重。
「まだ村も発展途上。人手が足りない。館のことはなるべく自分たちでやるべき」
ステラさんが指摘したとおり、村は村で新しいあり方を模索しているところ。あまり館の手伝いに駆り出すわけにもいかない。
手伝いに来てもらうにしてもね。俺たちにとっては『お願い』であっても、こっちから頼むと、村の人たちは『命令』と思うかもしれないし。
よほどの事がない限り、強権は使わないで済ませたいところ。
「俺がやれば済むことは、人を雇うほどでもないですよ」
結論としては、そういうこと。
「働き者だな?」
ユウリィさんは少し呆れたような顔をした。
「ユウリィさんだって、ほとんど自分一人でやってるでしょう?」
「オレはいいんだよ。趣味だからな?」
商売は趣味だったのか。まあ、ユウリィさんらしいか。
それからみんなで、ユウリィさんが荷台に布をかけ直すのを手伝って、今日の取引は終わり。
「せっかくだしうちで夕食ご一緒しませんか」
「お風呂もあるですよ!」
俺とナタリーがそう声をかけると、ユウリィさんは少し迷った様子だったけど、結局は断った。
「魅力的な申し出だが、今日は弟子に指導をしなくちゃならないからな」
なるほど。
「ニコルくんの指導ですか」
「そう、ニコルの」
まあそういうことなら仕方がない。
ニコルくんはユウリィさんの弟子。とは言っても、旅商人のユウリィさんについて回っているわけじゃなくて、今はこの村で雑貨屋を任されている。
お店はユウリィさんの所有で、一応本店。単に、所有してる店舗が他にひとつもないからってだけらしいけど。ともかく、そのお店の経営を全部任せてるんだそうだ。ユウリィさんは「自分でやらせた方がよく覚えるだろ?」と言ってた。実際、そういうものかもしれない。
連れ歩くのが面倒で、もっともらしい理由を並べただけって可能性もあるけどね……。
まあ、俺が伝え聞く限りでは、結構繁盛してるらしい。
「この町はもっと発展するとオレは睨んでるからな。あいつには今のうちに、稼ぎ方をよーく教えておかなくちゃいかん」
ユウリィさんはあちこち忙しく駆け回ってるから、たまにこの村に立ち寄った時には、ゆっくりくつろぐよりも弟子の指導、というわけだ。
「将来はユウリィさんみたいなやり手になるのかな……」
楽しみなような、恐ろしいような。
「もちろん、あんたに損はさせないぜ? ニコルは数字の天才だからな。いつかきっとあんたの助けになる。もちろん、オレとニコルはその分の対価をいただくがな? あんたはそれ以上に得をするはずだ」
その対価が、すごいことになりそうな気がしてるんだけどね。
とまあ、雑談も一区切りして、さてそろそろ……という頃合いに。
「あ、よかった。ユウリィさんまだいた」
そう言ってニーナがやってきた。手には小さな包みを持ってる。
「これ、今朝焼いたビスケット、ニコルちゃんと一緒に食べてください」
あれか。香ばしくて、サクッとした食感で、甘い。アクセントに入ってるのは胡桃。前とは作り方を変えてみた新作らしい。俺も朝に食べたけど、他では食べたことがないくらい美味しかった。
「えーっ! あのビスケット、あげちゃうですか!」
ナタリーがそんな抗議をしたのは、朝のことが原因かな。ナタリーがあまりにも一人でどんどん食べてしまうせいで、途中でニーナに「また後でね」の言葉で止められたんだ。
「まあまあ。また作るからね?」
ニーナに言われて、ナタリーも仕方なく引き下がったけど。
で、包みを目の前にしたユウリィさんはというと。
「ほう、うまそうな匂いだ。値段はいくらだ?」
そう言われて、ニーナは「え」と困惑顔。
「たくさん作ったから、いいですよ、そういうのは」
「そいつはダメだ。あんたは正当な対価を受け取るべきだ」
ユウリィさん、また面倒くさいことを言い出したな。貸しを作るのはいいけど、借りは作りたくない、みたいな感じ。タダより高い物はない、を座右の銘にでもしてるのかもしれない。
「でも、値段って言われても」
ただのおすそ分けのつもりだったニーナはちょっと困ってる。今さら「やっぱりやめた」ってわけにもいかないしね……。
「領主様はもう食べたのか? だったら、いくらだと思う?」
おっと……こっちに来たか。
「確かに朝食の時に少し食べたし、おいしかったけど……値段か……」
「いきなり言われても困るよね……」
「特級おいしいから、特級高くても当然です!」
ユウリィさんに渡したくないのか、ナタリーは勢い込んでそう言ったけど。
「だとしたら、ナタリーはもう今後は食べられなくなるかも」
というニーナの指摘に「えっ……」と絶句。
「価格……」
ナタリーが黙ったと思ったら、今度はステラさんが、黙考から目覚めて呟いた。
「……適正な価格ということであれば、まずは原価を計算する必要がある。その上で、その物品に対して加えた技術や手間を貨幣価値に換算したものと、販売者が得たいと望む利益を上乗せして、最初の価格が決定される。続いて、これを購入しようとする者の多寡により――」
「はい、そこまで」
そう言って、ニーナが割り込んだ。
「……まだ説明が途中」
「長くなりそうだから」
少し不満げなステラさんを、ニーナはばっさり。
確かにニーナの言う通りなんだけど、俺だったらそのまま最後まで聞いてたかもしれない。止められなくて。聞いても理解はできない気がするけど。
ステラさんの説明を止めたニーナは、結局、ビスケットの包みをユウリィさんに押しつけた。
「今日のところはとりあえず、持って帰ってください。で、次に来た時に、ユウリィさんが正当だと思うだけ、お返しをしてくれれば」
「なるほど、名案だな? それじゃ後でニコルと二人、じっくり検討させてもらおう」
ユウリィさんはそう言って笑って、包みを受け取った。
あの顔から察するに、多分、俺たちをからかってたんだろうな。でもまあ、そう約束したからには、ニーナのビスケットに『正当な対価』ってのを支払ってくれるだろう。
ユウリィさんが立ち去るのを見送って、ニーナは館の方に戻った。
俺とナタリーは……
ステラさんから適正な価格をどうやって付けるべきかの長い説明を聞くことになり、最後まで聞いてもやっぱりよくわからなかった。