竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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ものぐさなクレール

 今日は満月。とはいえ、まだ昼だから月は出ていない。ステラさんによると、それでも魔法への影響はあるらしい。瞬間的に発動する術法にはほとんど影響ない程度とはいえ、今回は少し長時間になるから、無視できないんだとか。

 それがいい方向に働くように準備してあるって話だから、心配はないけど。

 今回魔剣化を施すニーナの包丁には、昨日の夜のうちに、ステラさんが下準備を済ませてくれていた。今朝、始める前に見せてもらったけど、特殊な塗料でびっしりと文様が描き込まれていて、ちょっと不気味だったな……。

 預かった包丁を握って霊気(マナ)を込め続けているクレールは、最初のしばらくは落ち着ける場所を探してたようだったけど、当のニーナから「刃物を持ったままうろうろしないでね?」と叱られて、俺の執務室に逃げ込んできた。多分、温泉熱を利用した暖房があるからだと思うけど。

 今はソファのクッションを枕にして、女の子にあるまじき姿勢でだらけている。刃物を持ってる緊張感がないのは、刃物が左手ごと布でぐるぐる巻きにされてるからかな。

「おなか空いたねー。何か食べるものない?」

 だらけきった姿のまま、クレールが呟いた。

「さっきお昼食べたじゃないか……」

 左手が使えないクレールのために、昼食は片手でも串で突き刺すだけで簡単に食べられるようにしてあったし、クレールも大いに満足するまで食べたはず。

「それはそうなんだけど、お菓子は別のおなかに入るからさー」

 そうなのか。よくある言い訳に聞こえるけど、クレールの場合は本当かもしれない。ナタリーほど運動してる感じもないのに、結構食べてても太らないし。

「仕方ないな。ビスケットでいい?」

 こんな時のためにと、ニーナが朝の内に用意してくれたのがある。クレールがここに来ることも、何かおやつを欲しがることまで、ニーナには予想の範囲内だったってことだ。

 ニーナが鋭いのか、クレールの行動が読みやすいのか。

 まあ、どっちかというと後者のような気はする。

「わーい。僕、ビスケット大好きなんだー」

「そうだっけ? 初めて聞いた気がする」

 ニーナは知ってたのかな。それとも、前に作って評判がよかったからってだけなのか。

「甘い物はだいたい好きー」

「そういうことか」

 難しく考えるような話でもなかったみたいだ。

 ソファの前のテーブルに、ビスケットが並べられた小箱を置く。皿に並べた方が見栄えがいいのはわかるけど、俺とクレールだけならそこまでちゃんとする必要もないかな。

「じゃあ、あーん」

 クレールはソファから起き上がりもせずに、そんな風に言って、口を大きく開けた。

「……空いてる右手で取ればいいと思うんだけど?」

「あーん!」

 自分で取るつもりはないらしい。あまりにもだらけすぎじゃないかな、とは思うけど、言い争っても無駄な気がする。

 ……だらけすぎのせいでスカートの裾が上がって結構きわどいところまで太股が見えてるのは、うん、見てないことにしよう。

「仕方ないな……はい」

 ビスケットをひとつつまんで口元に寄せると、クレールはそれにぱくりと食いついた。

「んー、甘くておいしー」

 相変わらず、小動物的な可愛さはある。

「お茶もちょうだい」

「お茶はないよ」

「じゃ、お水でいいや」

 というやりとりを、やっぱり起き上がりもせずにするので、俺は「やれやれ」とため息をつきながら、水差しの水をカップに注いで手渡した。さすがに水の入ったカップは、クレールも空いてる右手で受け取った。

「んー、冷えてておいしー」

 クレールは結局、飲み終わった後のカップの片付けにも起き上がることなく、俺を呼びつけて済ませた。数歩の距離だからまあいいか、と席を立ってカップを受け取ったけど、クレールだって身体を起こしさえすれば一歩もない距離にテーブルがあるんだから、そこにでも置いとけばいいのにとも思う。

「そういうところお嬢様だよね、クレールって……」

 今の俺の素直な感想がそれ。

「えー? そのお嬢様のイメージ変じゃない?」

 クレールはすぐに抗議の声を上げた。寝転がったままだけど。

「そうかな。そりゃあ、クレール以外にお嬢様の知り合いなんていないし、聞きかじりのイメージではあるけど……」

「大抵のお嬢様は、ちゃんと『美味ですわね』って言ってると思うよ?」

「ん?」

 何の話かと思ったら……「おいしー」についてか。そこじゃない。けど、お嬢様は「おいしー」と言うもの、と思ってたならそれはイメージが変だと言われるのはわかる。でもじゃあ「美味ですわね」ならいいのかというと、それもどうなんだという気はするな。

「ん?」

 話がかみ合ってないことにクレールも気付いたらしい。

「俺が言いたかったのは、身の回りのことをお付きの人にやらせてるイメージの方だけど」

「えぇー。それって僕には当てはまらないでしょー」

 改めて説明したところに、改めての抗議。

「今まさにその状態なんだけど」

 俺がそう指摘すると、クレールは「うっ」と呻いて、黙った。自覚はあるらしい。

「えっとー……この魔剣化の作業って、結構疲れるんだよね。力を吸い取られてるような感じで、身体がだるーくなってさー。だから、今日はたまたまじゃない?」

「そうかな」

 まあ、普段のクレールは自分のことは自分でやってる……かな?

「思い返してみると、そうかも」

「んふ。そうだろうと思ったよ」

 まあ、ニーナから禁止されてる食器運び以外は、だけど。

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