「村の近くにドラゴンが?」
夕食の席で、マリアさんがその報告をくれた。
「はい。とは言っても、近くの山の斜面に姿が見えたという程度で、まだ襲われた人はいないそうですけど」
村の自警団の人が魔女の店にそう注意に来て、いざとなったら避難できるように心構えをしておいて欲しいと頼んだんだそうだ。
そういう時は本当は、こっちにもすぐに連絡を入れておいて欲しいんだけどな……。
今回はまだ噂の段階で、しかも緊急じゃなさそうだってことで、マリアさんがこっちにも伝えれば十分だろうってことになったらしい。
「雷王都市にいた頃は、竜が近くを飛んでたらすぐ鐘が鳴らされてたけどなあ」
「あんまり頻繁だから、街のみんなはあんまり気にしてなかったけどね……」
「ですです。見えてはいるけど特級遠くだから、全然危険とか感じなかったです」
「あれって監視所の人は大変そうだけどね」
俺の呟きに、雷王都市出身のニーナとナタリーが返す。
そういうものなのか。ちゃんと警戒していることが逆に油断に繋がってるのは、なんだかもったいない気がするな。でも確かに、俺も一年弱滞在したけど、あの鐘で避難したことはなかった気がする。ニーナが落ち着いてたからかもしれない。
いや、一度だけ避難したな。でもあれは〈剣鬼〉が雷王都市に近付いて騎士団と交戦してた時だった。竜が理由じゃない。正直、〈剣鬼〉のことは今でも完全に恐怖を克服したとは言えないな。
それに対して竜――ドラゴンは、ある程度強くなってから戦ったせいもあるし、何度も倒したからでもあるけど、あまり怖いと思う気持ちはない。むしろ格好の獲物。
ただ……竜と戦うと、
いざとなれば、みんなに倒してもらうしかないけど……さて。
「数は?」
「何頭もいるとは聞いていませんね」
とすると、仔竜じゃないな。仔竜は一頭だけでの行動はしないはずだし。
まだ若い竜かな。獲物を探してるだけならすぐにいなくなるかもしれないし、そいつが魔獣を獲るなら、退治する手間が省ける。
面倒なのは、成竜が新しい巣を作る場合。放っておくと他にも竜が増えてしまう可能性もある。そうなると、村の自警団では対処できないだろう。
古竜って可能性は……まあ、ないな。でももしそうなら、古竜は話も通じるし、平和的な対処もできると思う。たぶん。
「明日、様子を見に行くか……」
村の人に危険があるかもしれないから、対処は早い方がいい。
「そういうことなら僕も行くよ。さすがにドラゴンが相手なら、ちゃんとした術士は必要だと思うなー」
クレールが胸を張ってそう言うと、ステラさんも。
「私も行く。魔術……得意」
「あとはー、あたしみたいな、法術が大得意な子がいないとねー?」
さらにミリアちゃんが立候補。一応、保護者であるマリアさんに視線を送ってみるけど、苦笑されただけ。
マリアさんもこのメンバーなら任せても大丈夫と信頼してくれてるんだろう。
「じゃあ四人で、かな。ニーナとナタリーは?」
ニーナはともかく、ナタリーはこういうの行きたがるかと思ったんだけど。実際、ナタリーはなんだかそわそわしてるし。
「行きたいのはやまやまなのですが、明日は予定があるです」
「館で留守番してるよ。ナタリーとお菓子作りすることにしてたから」
「そうなんだ」
「はい! 特級楽しみなのですよ!」
予定があるなら仕方ない。
……それにしても、ドラゴン退治に参加しない理由がお菓子作りか。平和だ。
「えっ、お菓子いいなー」
クレールもそう言い出したからちょっと笑ってしまう。さすがにクレールが抜けて三人ってことになると、ちょっと対処が難しくなるかな、と思うんだけど。
「ちゃんとみんなの分も作るから、クレールはリオンのサポートをお願い」
ニーナがそう言ってくれたから助かった。
クレールは「やれやれ」という感じのしぐさでため息。
「しょうがないなー。ま、僕って頼れるオトナの女だからね。そこまで言われたら仕方ないなー」
「頼れるオトナの女って……そんな要素は全然ないと思うけど……」
ニーナが苦笑。この件に関しては、他のみんなもニーナと同意見みたいだ。もちろん、クレール本人を除いて、だけど。
その評価を、クレールは無視。
「楽しみだなー、久しぶりのドラゴン狩り」
「……その言い方は何か、戦いに飢えてる感じに聞こえるな」
「みんなで遊びに行くのが楽しみって意味だよ」
クレールとしては、貴族が鹿狩りなんかを娯楽にしてるのと同じような感覚なのかな。
それに対して俺の方は……。
「遊びに行くわけじゃないんだけどね」
これって害獣駆除だよなあ……という気持ち。
「狩るにしろ追い払うにしろ、別に危険なことはないでしょ?」
緊張感がないのはそのせいもあるか。
「普通のドラゴンならね」
それでも、村の人たちにとっては十分脅威だと思う。俺たちにとってはそうじゃないだけで。
そこにマリアさんが追加の一言。
「話を聞く限りでは普通のドラゴンみたいでしたよ。あ、赤かったそうです」
村の人はたぶんそんなに見慣れてないと思うから、わりと興奮気味に話したんじゃないかと思うけど……。
俺たちと一緒に結構な強敵とも渡り合ってきたマリアさん、というフィルターを通して聞くと、そんなに大した問題には聞こえない。
そういえば、サーベルタイガーの時もこんな感じだったような……。
「久しぶりにお兄ちゃんとお出かけできるー」
ミリアちゃんとしてもその程度の危機感。
「……まあ、油断はしないようにね……」
俺の言葉にみんな「はーい」と返事をしてくれたから、まあ、大丈夫だろう。
「あ、お弁当いる?」
「いるいるー」
……たぶん、大丈夫だろう。
*
村の人がドラゴンを見たっていう場所は、村の北にある高台だ。
この東の端に、竜牙館も建っている。
雑草もまばら、というほどに痩せた土地に大きな岩がごろごろと転がっていて、開墾もほとんど進んでいないけど、マリアさんとステラさんの見立てでは、ワインに適した葡萄を育てるにはいい土地らしい。それでこれから、その方向で整備していこう……という計画になってはいる。
目的地はそんなに遠くなかったから、朝食をとってから出発した。夕食までには十分に戻れる距離だ。
その近さだから、竜がいるとなれば、村人が不安に思うのもわかる。
荒れた土地で馬車は使えないから、歩いて行くことになった。必然的に、俺が大荷物を背負うことにもなるけど、まあ、仕方ない。
一応、魔剣は持ってきた。
銘入りで、俺の異名の由来にもなってる魔剣〈
竜を殺すために作られたという伝説がある……らしい。この剣については俺もまだ知らないことが多い。俺のひとり前の所有者のことですら、よくわからないくらいだ。
俺の
でもできれば、普通の剣で済ませたい。
どんな相手か見てからだな……。
前の領主がすでに整備していた東側から、西へと進むほどに土地が荒れて歩きにくくなる。石や岩を取り除いて地面を平らにするだけでも相当の苦労がありそうだ。
まあ、それについてはおいおい、かな。
「そういえば、ドラゴンって食べられるのかな?」
軽やかな足取りで前を歩くクレールが、そんなことを呟いた。
ドラゴンの肉、か……。
「高級食材。美味との噂は聞く」
クレールに答えるように発せられたステラさんの言葉に、俺は首を傾げる。
「あんまりおいしくなかったよ。臭みがあって、固かった。処理の仕方のせいかな」
俺のその言葉に、クレールが立ち止まって、振り返った。
「……食べたことがある?」
そんなに驚くようなことかな。
「あんまりたくさん倒したから、実はおいしかったらもったいないと思って、試しに焼くだけ焼いてね」
見た目から、ヘビと似た感じの味かと思ってたけど、そうでもなかった。他の部位ならまた違う味だったかもしれないけど、ドラゴン一頭分の肉を食べ比べるのも一苦労だしなあ。
「……リオンってわりと何でも食べるよね……」
クレールが呆れたような声でそう言った。
不本意な評価だ。俺だって、そんなに何でも食べてるってわけじゃない……はず。
「あたしも食べてみたいなー」
「興味深い」
ミリアちゃんとステラさんもそう言ったから、ドラゴンの肉の味って、わりとみんな興味あるんじゃないかな、と思う。そもそも、ドラゴンの肉の話を切り出したのはクレールじゃないか。
「ニーナならちゃんと調理できるのかなあ」
包丁も切れ味良くなったし、ニーナならやってくれそうな気はする。
でもそれでドラゴンを美味しく食べられるってことになると、また