珍しい。
パァーッというラッパの音に惹かれて前庭の方に目をやると、門の外に配達人がいた。
わざわざ配達人が来るなんて、どうしたんだろう。
大体、遠くからの届け物は、この村宛ての分がまとめられて馬車で運ばれてきて、村の集会所を兼ねてる酒場に預けられる。
村の人たちはその酒場に行って、自分宛の荷物を受け取る……という感じで、俺たちに宛てた荷物も、そうなってることがほとんどなんだけど。
わざわざ配達人が届けに来るってことは、必ずこの館まで確実に届けて欲しい、という強い要請が、送り主からあったってことだ。
一体、何だろう。
思いながらエントランスに足を運ぶと、配達人はもう出て行った後だった。
「返事、来た」
そう言って、先に来ていたステラさんが封筒を持ち上げて見せた。
パッと見ただけでも、明らかに他の荷物とは様子が違う。こんなに真っ白な羊皮紙で作られた封筒は、滅多に見るものじゃない。中身もよほど重要なものに違いない。
「誰から?」
「雷王都市。雷王の印章で封がしてある。重要な手紙」
なるほど、それなら納得。
「きっと爵位のことだよ。開封して確認するね」
俺と同じく、配達人のラッパの音を聞きつけてやってきたらしいクレールがそう言った。
爵位と領有権について俺は、王国法に詳しいクレールの勧めで、三方に申請を出していた。
新王国時代の王都で、今も大きな影響力のある古都、帝麟都市。
自由と光の教団の総本山である天命都市。
それと、この付近では一番栄えている雷王都市。
クレールによると、この三都市に爵位の正当性を認められれば、央州ならどこでも通じるってことらしい。
難しいことはわからないから、俺はクレールが用意してくれた書類に署名をしただけだけど。
「えっとー……うん。申し出は認められたみたいだよ。リオン・ドラゴンハートの男爵位と領有権および付随する権利を認める、って書いてある」
「朗報。村の開発も進めやすくなる」
クレールの報告を聞いて、ステラさんも頷く。
いいことだと思う。確かに。
でも、ひっかかることがひとつある。
「ちょっと待って。……ドラゴンハートってなに」
あまりにもさらっと言うもんだから、危うくそのまま流してしまうところだった。
「領地のある貴族が家名もないなんておかしいでしょ。相談しなかったっけ?」
「聞いてないよ」
「あれー……そうだったかな……」
クレールが「うーん?」と首を傾げる。
「口では言ってないかもしれないけど、送る書類には書いておいたはずだよ? だから僕、ちゃんと読んでねって言ったもん。なのにちゃんと読んでなかったなら、リオンが悪いね?」
そうか。雷王都市が俺にそう付けたわけじゃないんだから、申請の書類に書いてたんだよな。
「そうだったのか……」
確かに、難しい言い回しが多かったから、クレールの事を信頼してたのもあって、署名するだけで済ませてしまった。その署名もリオンとしか書かなかったし。
「……まあ、いいじゃない。かっこいいよ、ドラゴンハート」
「悪くない」
クレールとステラさんがそう慰めてくれたけど、俺としては、ドラゴンハートはちょっと仰々しすぎるんじゃないかと思う。
失敗したなあ。
ちゃんと確認してたら、もっと当たり障りのない、目立たない感じのにしたのに……。
今回のことは仕方がないとしても、このことは胸に刻んで、次からはちゃんとよく確認しよう。
「今後はフルネームで署名する機会もあると思うから、慣れていってね」
「そうするしかないか……」
そういえばクレールもフルネームは長かったな。侯爵家の生まれだとそういうものなのか、としか思ってなかったけど。
確か……クレール・ブランシュ・ベルスタンティン。
それも生まれた家の名前を継いでるわけで、そもそも、名前も親につけてもらったもの。
選べないのが普通、か。
そう思って、ドラゴンハートのことは諦めよう。
「爵位、ちゃんと認められたですか! 特級よかったです!」
「よかったね!」
いつの間にか、ナタリーとミリアちゃんも駆けつけて来ていた。
「ああ、ありがとう。まあ、それで俺の生活がそんなに変わるわけじゃないけど」
「いえいえ! 爵位ですよ! これはめでたいです!」
俺よりよほど嬉しそうに話すナタリー。ちょっと微笑ましい。
ナタリーは貧乏生活が長かったから特にそういうのが嬉しいのかな、と思っていると……。
「そして、ということはー……?」
ということは?
「ということはー!」
合いの手を入れたミリアちゃんがナタリーと肩を組んで、二人は満面の笑みで拳を突き上げた。
そして――
「「今夜はお祝い!」」
……なるほど。
「お・に・く!」
とナタリーが言えば、
「お・に・く!」
とミリアちゃんが返す。
完全にお祭り状態になってしまった。
それにしてもこの二人、ときどき組み方を変えながらくるくる回って、えー、仮名『お肉を所望する踊り』を踊ってるけど、妙に息が合っててすごい。
そして確かに、故郷でお祭りやお祝いがある時には、村の人たちもこんな風に踊ってた。
俺の故郷はもうないけど……。
今は、ここを、そんな風に思ってもいいのかな……。
「帝麟都市にはクルシスが行ってくれてるし、天命都市の大教会にはレベッカが話を通してくれてるはず。返事が届くのが待ち遠しいね」
クレールがそう言ったので、俺も頷いた。
二つの都市は雷王都市より遠いけど、それでも、そうだな……
もうすぐ春になる。
春の間にはきっと、その返事も届くだろう。